夜から夜明けまで 第十四話
漆黒の真夜中を支配する夜の太陽が、白い頁に出現する。
それは、他の次元界に繋がる穴であった。
あらゆる光が吸い込まれたままでてこれないような、全き闇である。
彼女は、その穴の向こうへこころの声で呼び掛けた。
想像することも出来ないような、遥か遠い次元界で彼女の呼び掛けに応えるものがいた。
それは、無限にも近い距離を飛翔してこの次元界へやってくる。
頁に穿たれた暗黒の宇宙へ、七色に輝く銀河が出現した。
その銀河は、目紛るしく回転しながらその輝きの強さを増してゆき、やがてひとの手ほどの大きさになる。
それは、水中から魚が水面へ飛び跳ねる様にもにていた。
いわゆるフェアリーと呼ばれる魔法的な存在が、本の中から出現する。
身長がひとの肘から指先くらいまでの長さ位しかない、小さな少女の姿をした存在が蒼ざめた闇の中へと浮かび上がった。
その背には、蝶のようであり、南国の小鳥が持つ極彩色の羽のようでもあり、空を駆ける虹の色を思わせる輝きを放つ翼が生えている。
透明で、綺羅綺羅と幻灯のように輝く羽を翻えらせながら、フェアリーは空中でダンスを踊っていた。
彼女はそのフェアリーがひとの姿を持っているが、その中身はまったくひととは似ても似つかぬものであることを知っている。
その光輝く翼を翻しながらひとのこころを魅了し、いつしかその魅了したひとの生命力を奪いとってゆく少しばかり危険な存在でもあった。
とはいえ、その身体の大きさに見合った量の生命力を奪うだけなので、せいぜいが貧血をおこす程度の影響しかない。
命を奪うほどの力は、フェアリーには無かった。
彼女は金色に光る目を細めて、脳裏にパターンを描く。
フェアリーの翼が描き出す光の輝きは、次元界特有の固有波動に影響されるため彼女の記憶にある光のパターンと異なっていれば、彼女は次元界を越えたということになる。
フェアリーの描く光の模様は、彼女の記憶が脳裏に描き出したパターンと完全に一致した。
彼女は、そっと薔薇の花弁のように紅い唇から溜息をもらす。
そのとき、テントの入り口となっている幕がひらき、ひとりのおんなが入ってきた。
灰色の旅装は、男性のようにそのおんなをみせているが、既に若いとはいえない年齢になりつつあるそのおんなの顔は着飾ればきっと人目をひくであろうと思わせるものがある。
おんなは、彼女に声をかけた。
「まだ、起きていたの。ブラッドローズ」
「目が覚めてしまったのよ、アナスタシア」
ブラッドローズと呼ばれた黒い肌の少女は、アナスタシアに微笑みかける。
そして、本を閉じた。
空中でダンスをしていたフェアリーは、呼び出される前の次元界へと帰ってゆき姿を消す。
アナスタシアは、ブラッドローズが共に旅する隊商の支配人であった。
そして、彼女の保護者でもある。
アナスタシアは、小さく溜息をつくと少し諦めた調子で言った。