夜明けから夜まで 第百二十六話
ブラッドローズは、膝をついて泣き始める。
百鬼は、失った右目の後に血止めや化膿止めを塗り、手当てをはじめた。
しかし、その顔は蒼ざめ生気はない。
ブラッドローズは、地面に手をつきすすり泣き続ける。
その彼女の前に、白黒に塗り分けた道化の姿をしたクロソウスキーが立った。
クロソウスキーに気がついたブラッドローズは力なく、顔をあげる。
「何よ」
ブラッドローズの言葉は、力なくなげやりだ。
クロソウスキーは、顔になんの表情も浮かべずブラッドローズに語りかけた。
「おまえは、あの銀色に光る塔に行きたいのだろう」
「そうよ」
呆然とした顔で答えるブラッドローズに、クロソウスキーは淡々とした口調で言った。
「おれが、おまえをあそこに連れていってやるよ」
ブラッドローズの、問いかけるような眼差しを無視してクロソウスキーは自分の後ろに立っているおんなに声をかけた。
「アリシア、飛行形態に変化しろ」
おんなが頷くと、その身体は金色の光に包まれる。
突然、夜の闇に夜明けの輝きが降臨した。
ブラッドローズは、腑抜けた顔でその光を見つめつづける。
金色の光はやがて変形し、龍の姿へと変わってゆく。
変形は急速に進み、気がつけば黄金の龍が海岸に立っていた。
その身体は、見上げるほど大きい。
黄金に輝く龍の皮膚は、金属でできている。
確か、流体金属と呼ばれるもののはずだ。
魔道であれば、メタルギミックスライムを使用するのであろうが、共和国は古の秘技で同じことを行う。
ブラッドローズは、驚きに満ちた顔で立ち上がる。
そのブラッドローズに、百鬼が声をかけた。
「おれたちはまだ、負けたわけではないぞ、アルケミアの娘」
ブラッドローズは、強く頷いた。
百鬼は、右目を包帯で覆いながら、言う。
「まず、おまえの魔法で死体を焼き払え。いつまでも死体は、麻痺状態でいる訳ではない」
ブラッドローズは頷き、本を開くと血を垂らす。
そして、叫んだ。
「古に結ばれた血の契約に基づき汝を召喚する、出よサラマンダ」
本の中から紅蓮の焔が出現し、闇を真紅に切り裂きながら地を疾る。
本来であれば、目眩まし程度にしか使えないような魔法ではあったが、死体を焼き払うには十分であった。
浜辺に倒れている死体たちは、焔に包まれる。
魔法を終えると、ブラッドローズはクロソウスキーに向き直った。
「共和国のものが、わたしたちに手を貸すなんて一体どういうこと?」
クロソウスキーは、少し笑みを浮かべる。
それは、自嘲の笑みに見えた。
「おまえたちに手を貸すということは、おれは共和国の命に背くことになる。おれは、国に帰れば粛正され死ぬことになるだろう」
クロソウスキーの口調は他人事のように、乾いている。
「けれど、おまえたちに手を貸すことで世界を救えるのだろう」
ブラッドローズは、その言葉に頷いた。
意外にも、クロソウスキーは満足げに微笑んだ。
「世界を救ったおとことして死ぬのも、悪くないと思ったのさ」
ブラッドローズは満面の笑みで、その言葉に答える。
そして、百鬼に向かって叫んだ。
「百鬼、いくよ。あの塔へ。一緒にその龍に乗りなさい」
百鬼は、苦笑を浮かべる。
「おいおい、おれがまだ戦えるとでも思っているのか」
ブラッドローズは、眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「13号をつれて行けばいい」
百鬼は、穏やかに言った。
「今のおれより、役に立つ」