夜明けから夜まで 第百二十五話
百鬼は、刀の柄に手をかける。
死体たちに、さざ波のような動きが走った。
百鬼は薄笑いを浮かべて、その様を見ている。
明らかに、死体たちは百鬼を認識し標的としていた。
「二階堂流の始祖である松山主水は、大名行列の見物にきた百人近いひとびとを金縛りにしたというが」
百鬼は、突き放したような乾いた声で言う。
「いつか始祖を越えているか、試してみたいとは思っていた」
百鬼は、刀の鯉口をきる。
「どうやら、その機会がきたようだな」
群れなす死体たちは、一斉に手にした弓をかまえ、矢を番える。
機械仕掛けのように、同期がとれた動作であった。
全ての死体たちが、ひとつの意志に基づいて動いているようであり、その意志の先にいるのが百鬼である。
百鬼は、ブラッドローズに声をかけた。
「アルケミアの娘、魔法で光をおこせるか」
「ちょっと、まって」
ブラッドローズが慌てて本を開くのを見て、百鬼は静に言葉を重ねる。
「今すぐやれ」
血が、本の上に滴るのと同時に、百鬼が叫んだ。
「目を閉じろ、意識を失いたくなければな」
そう言い終えると、百鬼は一息に刀を抜き放った。
既に日は沈み濃さを増してゆく闇の中を、白銀の輝きが疾る。
死体たちは弓をひき、矢を一斉に放った。
百体は越える死体たちは、舞踏を演じているがごとき同期がとれた動作で動いている。
百を越える矢が、奔流となって百鬼へと向かう。
ブラッドローズの持つ本から、光の球体が出現する。
それはあたりを真っ白な輝きで、満たしてゆく。
百鬼の抜いた刀は、その光を浴びて異様な輝きを見せていた。
それを見ているもののこころに、破壊的な力を捻じ込もうとしているようだ。
ミハイルたちは危険を感じて、目を閉ざす。
それでもミハイルは、頭の中で何かが爆発したような衝撃を受け、呻き声を漏らした。
再び目を開いた時、死体たちは動きを止めていたが、矢の奔流も百鬼に届こうとしている。
刀をかまえる百鬼は、矢を打ち落とそうとしているようだが、百を越える矢はとても落とせるものではない。
その時、百鬼の前に黒い影が立ち塞がった。
死の天使が持つ漆黒の翼を広げ、後ろ足で立ち上がったフェイフゥーである。
矢は鋼鉄の硬さを持つフェイフゥーの翼に阻まれ、百鬼には届かない。
それは、偶然のことのように見えた。
ひとつの矢が、フェイフゥーの目を貫く。
目には鉄の硬さが無かったらしく、矢が突き刺さってしまう。
その瞬間、フェイフゥーの身体が小刻みに痙攣した。
おそらく矢には、なんらかの魔法が込められていたのであろう。
フェイフゥーの尾が鞭となってしなり、百鬼に襲いかかる。
百鬼はその尾を右手で受けたが、鋭く尖った尾の先は百鬼の右目を貫いていた。
フェイフゥーは、明らかに意識を失い操られているようだ。
少し呻きをあげた百鬼は、フェイフゥーの身体に刀を突き刺す。
その瞬間、フェイフゥーの身体を造り上げていた魔法が失われ、漆黒の虎は黒い砂となって崩れ始める。
ブラッドローズが、悲鳴をあげた。
「フェイフゥー、駄目、消えないで!」
ブラッドローズの叫びも虚しく、フェイフゥーは風に吹き散らされてゆく。