夜明けから夜まで 第百二十三話
ミハイルは、呻き声をあげる。
おそらく昨夜自分たちに襲いかかったものよりも、遥に強力な戦士である死体たちが一瞬にして撃破された。
いつの間にかミハイルの傍らに来ていたブラッドローズが、話しかけてくる。
「ほら、ちゃんと終わったでしょ。あっという間に」
ミハイルが苦笑したその瞬間に、ブラッドローズの肩から鴉が飛び立った。
黒い風となって昏い空の下を、鴉は飛ぶ。
そして、死体たちが破壊され血と黒砂がつくり上げた泥濘の中に降り立つと、溶けていった。
ミハイルは、少し奇妙なものを見る。
血の真紅と黒砂の漆黒が混ざりあい、斑の模様をつくり出していた泥濘が生き物のように蠢きはじめた。
次第に真紅は黒砂によって飲み込まれていき、泥濘は濃い闇の色へと変わってゆく。
ついには漆黒の闇が、日が沈んで間もない薄暮の中に立ち上がった。
魔物のような闇は形を整えてゆき、ついには虎の姿に変わる。
そこに姿を現したのは、翼を持った漆黒の虎であった。
ブラッドローズはその虎へ歩み寄る。
そして虎の前でしゃがむと、闇色の頭を抱きしめた。
「よかったじゃないの、フェイフゥー。身体を取り戻すことが、出来て」
闇色の虎が、返事をした。
「魔法式を色々いじられてるけれど、なんとか取り戻せたのね」
ブラッドローズは満足げに頷くと、立ち上がる。
そして、ミハイルを見つめながら言った。
「じゃあ、行きましょうか」
ミハイルは、驚きの声をあげる。
「行くって、どこへだ」
ブラッドローズは、少し呆れたような顔をする。
「決まってるじゃない」
アルケミアの少女は、海のほうを眺める。
「星よりきたりしものが地上に降りてくるときに使った、あの銀色の塔へ行くの」
ミハイルが、息をのむ。
「あの、塔にのりこむというのか」
ブラッドローズは頷く。
「あそこにいるSSEたちをやっつけないと、終わったことにならないじゃない」
ミハイルは、ため息をつく。
確かにそのとおりではあるが、あそこには膨大な魔力があるのではなかったのか。
ブラッドローズは、ミハイルのこころを読んだように薄く笑う。
「いくら無尽蔵の魔力があったって、デルファイから来た百鬼たちがいれば、そんなものに意味はないのよ」
そう言い放つと、ブラッドローズは黒い虎に問いを投げる。
「フェイフゥー、わたしと百鬼を連れて、海の上にある銀色の塔までいけるかしら」
黒い虎は、首を振る。
「ふたりも連れて、そんなに長くは飛べ無いのね。海岸から飛べば、なんとかたどり着くよ」
「判った」
ブラッドローズは、ミハイルのほうを見る。
「じゃあ、海岸まで行きましょうか」
ミハイルは、憮然とした表情になる。
おれたちは今宵、死を迎え自分たちの王国へとたどり着くはずではなかったのか。
いつの間にか、呪い師の小娘に主導権を握られてしまっている。
とはいえ、それで勝てるというのならば、否応もない。
ミハイルは、イリューヒンに向かって叫ぶ。
「馬を、用意しろ!」