夜明けから夜まで 第百十五話
ミハイルは、澄んだ瞳でおとこたちを見ていく。
不思議な笑みを、浮かべていた。
そして、少し掠れてはいるがよく通る声で話を続ける。
「おれたちは、今宵死ぬだろう」
淡々とした、しかしあきらめた訳ではなく、単純な事実を突き放して語るような口調であった。
「そして、遠からずひとの世が終わりを迎える。だが、恐れることはない」
ミハイルは、力強く吠えるように言った。
「おれたちはついに、誰にも奪われないおれたち自身の王国へと帰る。今宵こそ、その時なのだ!」
ミハイルは、強く目を光らせ戦場で号令をかけるような調子で語る。
「死を恐れるな、恐れるのであれば戦わずに死ぬことを恐れよ!」
そしてミハイルは、穏やかな笑みを浮かべた。
「おれたちが死んだ後、そこのクロソウスキーが死体を綺麗な灰にすると約束してくれた。おれは、共和国の元騎士の約束を信じることにする。おまえたちも、そうすることだ。おれたちの死体は、決して立ち上がり歩き出すことはない。安心しろ」
ミハイルは、口を歪めてにやりと笑うとデリダのほうを見る。
「さて、最後の指令をおれたちの総督閣下から発していただこうか」
デリダは、楽しげな笑みを浮かべてそれを受ける。
美貌の伯爵は、野獣のように瞳を輝かせ盃を掲げた。
ミハイルは、その姿を見て満足げに頷く。
それは、彼のよく知っているミシェル・デリダである。
美貌に獣の笑みを浮かべ、血塗られた戦場へ先頭をきって飛び込んでゆく、気高き戦士であった。
昨夜の迷路に迷い込んだような表情は、微塵も見せない。
こいつなら生命を預けてもいいと思わせる、狼の誇り高き姿を持つおとこであった。
デリダは、よくとおる美しい声で語る。
「おれも隊長と同じく、多くは語らない。ひとことだけ、言わせてもらう」
沈みゆく太陽が最後に放つ輝きを瞳に受け、燃え上がるような目をした美貌の伯爵が野性味たっぷりの声で叫ぶ。
「野郎ども、思う存分ぶちかましてやれ!」
その叫びは夕闇迫る中庭全体に、響き渡った。
そしてデリダは盃の火酒を一息に飲み干すと、盃を放り捨てる。
残りのおとこたちも、それに倣い酒を一気に飲み干して盃を捨てた。
そしておとこたちは、野獣のような叫びをあげる。
その叫び声は、津波のように中庭全体を渡っていく。
目に見えない焔となった高揚感が、砦の中庭を支配しはじめたことを感じる。
ミハイルは、昏く光る目でそれを見ていた。
彼は、満足している。
今宵は死ぬのに、うってつけの夜ではないかと思う。
ミハイルは、クロソウスキーから受け取った袋を机に投げ出す。
その口から、小指の先より小さな黒い木の実が溢れていく。
キハの実である。
共和国が、様々な古の技術を使い生み出したものだった。
一粒食べると意識が鋭敏になり、感覚が極限まで研ぎ澄まされ、それが何刻も続く。
翌朝になると激しい頭痛と、酷い脱力感が身体を襲うことになる。
しかし、翌朝まで生き延びるつもりは無いのだから、そこはどうでもいい。
長く食べつづけると廃人になるキハの実を売って、ミハイルたちは生き延びてきた。
売り物には、余程のことが無い限り手をつけずにきたが、最後の夜となれば売り物だろうが関係は無い。
ミハイルは言った。
「野郎ども、一粒食べておけ。長く戦いを続けるつもりであればな」
おとこたちは、無言のままキハの実へ手をのばしてゆく。
その時、評定の場へひとの若い兵が割り込んできた。
ひどく切羽詰まったような表情を、している。
確かダークという名であったその若い兵に、ミハイルは声をかけた。
「どうした、何があった?」
ダークは、ミハイルの前に立つと緊張した声で叫ぶように言った。
「アルケミアの娘が、目覚めました」