夜明けから夜まで 第百十三話
「わたしの立場としては、取引相手を失うのは困るのでね」
ミハイルは、皮肉に口を歪めた。
「あんたは、あんたの商品を捌くつてを失うことになると思うが」
ミハイルは、真っ直ぐクロソウスキーを見つめた。
「しかし、大した問題じゃない。売り手も買い手も、ほどなく皆死ぬことになるからな」
クロソウスキーは白黒に塗り分けた道化の顔をして、ひどく厳かな雰囲気で頷いた。
ミハイル、驚いて道化を見る。
「我がクワーヌ共和国のギルドも、同じ意見だね」
「ほう」
ミハイルは、呆れ顔でクロソウスキーを眺める。
「あんたらは、判っていて静観するつもりなのか」
クロソウスキーは、薄く笑って頷いた。
「わたしたちは、王国を捨て新たに共和国を造った」
クロソウスキーは、静かな口調で語る。
「この滅びゆく次元界を捨て、別の次元界へ逃れることに躊躇いは無い」
ミハイルは、鼻で笑った。
「どの次元界に逃げようとも、同じだと思うぜ。おれたちは、動く死者によって滅ぼされることになる」
挑発するように笑うミハイルを、落ち着いた眼差しでクロソウスキーは見る。
そして、言った。
「それは、やってみなければ、判るまい。それに、まともに戦うよりは生き延びられる可能性はあるはずだ」
ミハイルは、肩を竦めた。
そのミハイルに向かって、クロソウスキーはひとの頭くらいの大きさはある麻の袋を放り投げる。
怪訝な顔をして、ミハイルは袋を受け取った。
クロソウスキーは、穏やかな顔をして言葉を発する。
「隊長様、あんたの言うように、わたしたちは商品を売り捌くことはできなくなる。冥土の土産に、ただであげるよ」
ミハイルは、袋を覗き口を歪めて頷いた。
これだけあれば、売れさえすれば一年は遊んで暮らせるはずだ。
けれどと、ミハイルは思う。
おれたちは、今夜死ぬ。
そうであっても、ただで死ぬ気はない。
最後の夜を派手にするのに、袋の中身にあるものは役に立つだろう。
ミハイルは、上機嫌な笑みを浮かべながら歩き出した。
そして、クロソウスキーに声をかける。
「あんたらも一緒に来い、クロソウスキー。おれたちの最後の評定を、見物していけ。それと、頼みがある」
歩き出したミハイルの後に続きながら、クロソウスキーは答える。
「できることなら、なんでもやってやるよ」
ミハイルは、朗らかに言った。
「おれたちは、今夜死ぬ。多分、あんたはそれを見届けて共和国へ報告するんだろう。それでだ」
ミハイルは、気楽な調子で言葉を発する。
「あれたちが死んだ後、おれたちの死体は焼き払って灰にしてくれ」
クロソウスキーは、静かに答える。
「判った、あなたの願い、聞き届けよう」
ミハイルは、礼を言う代わりに拳を振り上げて答える。