夜から夜明けまで 第十一話
ミハイルは、何がおこったのか一瞬理解できなかった。
間違いなく、アレクセイの剣はロックフィストを斬ったはずだ。
しかし、床に倒れているのは、アレクセイである。
剣を手にしたまま仰向けに倒れているアレクセイは、目を見開いたままだ。
その顔は土気色となっており、なにより息をしているようには見えない。
漸くミハイルの頭に、理解が到達する。
アレクセイは、死んだ。
焔の文字が、頭のなかにその事実を、書き込む。
ロックフィストは石化した左手を、前に突き出している。
その岩の拳に触れたアレクセイは、呪いによって死を得たのだ。
ミハイルは、自分自身をののしる。
ほんの暫くの間とはいえ、敵の前で呆けてしまった。
ロックフィストに殺されなかったのは、僥倖に思える。
次の手を、打たねばならない。
ミハイルが部下達に声をかけようとしたその瞬間に、シックスフィンガーが突然両手を空に掲げる。
天から落ちてくる何かを、支えるとでもいうように。
そして彼の十二本ある指は、空中にある見えない楽器を掻き鳴らすかのごとく、激しく動いていた。
ミハイルは、突然の狂った動きに目を奪われ、言葉をなくす。
そしてミハイルは、驚愕した。
シックスフィンガーの指の動きに合わせて、アレクセイの死体が蠢きはじめる。
ミハイルの心臓を、氷の指が掴んだ。
こころの中に、真夜中の闇が満たされてゆく。
その闇の名は、恐怖であった。
戦場で幾度も生死の境を歩んできたミハイルにとって、それは忘れかけていた感情である。
それはミハイルのこころの奥に封印されていたものであるが、今シックスフィンガーによって無理矢理呼び覚まされつつあった。
ミハイルは、奇妙な仕草をとり続けるシックスフィンガーから目を離すことができない。
シックスフィンガーは、歌っているようだ。
とても奇怪な、夜の歌をうたっていた。
その旋律は複雑に捩じくれ、ところどころ鋭い刺を持つ茨の茎となり、ミハイルのこころを締め付ける。
そしてその歌に応えるように、アレクセイの死体が動き出した。
間違いなくアレクセイは死んでおり、息もしていないというのにその死体は当然のように立ち上がる。
立ち上がったアレクセイの死体は、首を幾度か振った。
それは、何かを思い出そうとしている仕草にも見える。
しかし、一体死者が何を思い出そうというのか。
アレクセイの、姿が霞に包まれる。
生きていたときと同様に、疾風の速度を持ってアレクセイはミハイルへ襲いかかった。
ミハイルは、自分の喉元に剣が突きつけられているのを見る。
一歩も、動けなかった。