夜明けから夜まで 第百九話
春妃は、挑むような目つきでわたしを見た。
わたしは、無言のまま春妃を見つめ返す。
わたしは、少しだけ微笑んで見せる。
春妃は、獲物を威嚇する獣の目でわたしを睨んだ。
そんな様子をなぜかわたしは愛おしく感じ、さらに笑みをひろげる。
春妃は、あきれたように声を発した。
「あんた、わたしに何をしてくれるのか、言いなさいよ」
「そうねぇ」
わたしの呑気にも聞こえる口調に、春妃は少し毒気を抜かれたようだ。
春妃は暗い瞳を闇色に輝かせたまま、そっとため息をつく。
わたしはゆっくりと、春妃に話しかける。
「あなたって、後悔しているように見えるんだけど」
春妃は、驚いた目でわたしを見た。
わたしは微笑みながら、春妃へ問いを投げる。
「えーっと、あなたは何をしでかしたの? 春妃・フォン・ヴェック」
春妃は、夜空に穿たれた真っ黒な穴の闇を持つ瞳でわたしを見る。
そして、答えた。
「あんた、空からこのニューヨーク・プリズンへ降りてくる時、廃墟となった地上を見たんでしょう」
「ええ」
春妃は無感動な声で、血を吐くように言った。
「地上をあんなふうに変えたのは、わたし」
「ふうん」
わたしは、笑みを浮かべて先を促す。
「それで?」
春妃は、瞳を冥界に続く穴へ変えて言葉を吐き出す。
「わたしは一千万くらいのひとを、虐殺したの」
「うん」
わたしは満面の笑みを浮かべて、頷く。
「それが、どうしたのかしら?」
わたしの問いに、春妃はうんざりしたような眼差しを向ける。
「どうもしないわ、それで終わり」
「なるほど」
春妃より百鬼のほうが少し苛立った目でわたしを見ていたが、それは無視する。
わたしは、額に指をあてて眉間に皺をよせると少し考えた。
そして、拳を手のひらにぽんと当てて笑みを浮かべる。
「判った、あなたは褒めてほしいのよね、春妃」
春妃は、拗ねた子供のような顔になったが、わたしは気にせず言葉を続ける。
「一千万のひとを殺すなんて、大魔道師にだって簡単にできないものね」
上機嫌に言ったわたしの顔を、春妃と百鬼は多少呆れぎみに見ていた。
わたしは、あれっと思う。
どうやら、正解では無かったようだ。
わたしは、もう一度額に指をあてて考える。
そして、再度拳を手のひらにぽんと当てて笑みを浮かべた。
「もしかすると春妃、あなた間違ったことをしたんじゃあないの?」
春妃は、ようやくかという顔でわたしを見つめる。
わたしは、笑みをひろげて言った。
「あなた、食べなかったんでしょう、その一千万のひとを」
春妃は、きょとんとした理解し難いものを見る目でわたしを見ていた。
わたしは気にせず、上機嫌に笑いながら続ける。
「駄目よ、それだけの哀しみ、恐怖、憎しみ、絶望を食べないで無駄にしてしまうなんて。ああ、あなたの後悔を今理解できた。そりゃああなた、とんでもなくもったいないことをしたわね」