夜明けから夜まで 第百四話
わたしは百鬼の言葉を聞き、あらためて箱の中を覗く。
闇に溶け込み静かに横たわるその少年は、やはり死体としか思えない。
華奢な身体は、灰色のマントに包まれている。
目はゴーグルに隠されていて見えないが、薔薇色の唇が闇の中にぽつりと浮かび上がって見えた。
儚げな顎の線は、少女のもののようでもあったが、身体のラインは堅く少年のものである。
その少年は息をしているようには、見えない。
死体ではないというのならば、精緻に造られた人形といったところだ。
まあ、アンドロイドというのなら、そうなのだろう。
「ねえ、わたしには死体にしか見えないんだけれど」
わたしの問いに、百鬼は少し笑みを浮かべて答える。
「遺伝子工学を利用して人工的に造り上げられた肉体に、電子機器を脳へ埋め込みチタンクロームの骨格で強化している。まあ、死体を部品として使ったロボットだと思えばいい」
わたしは、鼻を鳴らす。
さすがボルシェビキだけあって、趣味が悪い。
百鬼は、箱の側面についたパネルを開いて操作する。
箱の底にあるバッテリーより電気が供給され、箱の中につけられたいくつかのランプがつく。
海の底にある闇が満たしていたその箱は、冥界の明かりに照らされる。
百鬼は、パネルについたキーを素早く操作していた。
微かに機械が動作するノイズが、聞こえてくる。
おそらく少年の身体に電気が流し込まれているらしく、少年は幾度か痙攣した。
わたしはそれを見ながら、思いついたことを百鬼にたずねた。
「ボルシェビキは、黒十字の帝国とは敵対していたんじゃあなかったかしら」
百鬼は、少し驚いたようにわたしを見た。
「まあ、そうだが今は不可侵協定が、一応は結ばれている。それに」
百鬼はキーにコードを打ち込むのを止めず、手を動かしながら言葉を重ねる。
「ボルシェビキの敵は、黒十字の帝国軍の敵でもある。敵の敵は味方という原理で、武器を提供したようだ」
百鬼は、少し皮肉な笑みを浮かべる。
「それとN2シリーズは、実験兵器だ。使用することによって、実戦データを提供する約束でもしたんだろうな」
百鬼は、パネルへキーを打ち込む作業を完了したらしく手をとめると少年を見下ろす。
淡いランプの光で朧げに浮かび上がった少年の身体は、不思議と精気が宿ったように思える。
唐突といってもいい動作で、少年の上半身が起き上がった。
機械的な、動作でありロボットのものといえば、そうかもしれない。
少年は大きなゴーグルで覆われた目で、百鬼を見る。
百鬼は、少年を見ると話しかけた。
「解除コード、ヨルムンガルド」
少年は、その言葉を聞くと、突然人間的な動作を始める。
そして、百鬼に言葉を返した。
「解除コード、受領しました。あなたをマスターとして、認識します」
少年は、滑らかな動作で立ち上がり、箱から出てくる。
人間的ではあるが、それでもどこか人形的なところもあった。