夜明けから夜まで 第百二話
空は、凄みを帯びた青灰色となってわたしを包み込む。
全身に暴力的な力を帯びた空気が、襲いかかる。
わたしは、陽の光を疎ましく感じつつ、遥かな地上を見た。
地上は、思った以上に荒廃している。
黒十字の帝国が、戦争中に放った熱核反応弾は世界一栄えていたといってもいいニューヨークの街を焼け焦げた廃墟にしていた。
狂った画家の描いた絵か、異星の風景ともいうべき蹂躙されつくした地上が眼下に広がる。
その赤茶色に染まった瓦礫の積み上げられている狂った世界に、たったひとつまともな姿を残している摩天楼があった。
それは、地獄に築き上げられた、天使の塔である。
その摩天楼は、白銀の矢となって蒼い空へ突き立てられていた。
かつては、エンパイアステートビルと呼ばれていたビルだ。
今では、ニューヨーク・プリズンと名づけられている。
地上は放射能が未だ残っていると聞くが、ニューヨーク・プリズンの50階以上は除洗が完了しておりひとが住むことが出来るという。
放射能に侵されたままの地上を通ってニューヨーク・プリズンへ行くことはできないため、空路を使ってしか行き来できない。
特殊な政治犯のみを収容しているというニューヨーク・プリズンから脱出することは不可能といえる。
わたしは、空から堕ちてゆきながら西の空を見てぞっとした。
既に金色に輝く陽は傾き、西の空をピンク色に変えつつある。
日没まで、あまり時間は残されていないようだ。
その薔薇色に染まりつつある空の下に聳えるニューヨーク・プリズンが、次第に近づいてくる。
廃墟に立ち上がった白銀の巨人である摩天楼を、わたしと百鬼は目指していた。
いつしか百鬼は、パラシュートを開き風に乗りながら進む方向をコントロールしている。
わたしは、魔道の力を使い翼を開いた。
それは物質としては存在していない空間に造り上げた次元断層を利用した翼であり、目には見えない。
その不可視である翼を操り、わたしは空を滑走する。
わたしと百鬼は、86階にある屋外テラスに向かって降下していく。
屋外テラスの直前で、百鬼は手にした刀を一閃させるとパラシュートのコードザイルを切断した。
刀を収めた百鬼はテラスに着地すると、床を転がり勢いを殺す。
風を操りながら不可視の翼で滑空していたわたしも、百鬼の隣へと着地する。
わたしたちは、ニューヨーク・プリズンへ着いた。
ここで、後一時間足らずのうちに、フォン・ヴェックのおんなを見つけだし土曜日の本を得なければならない。
気の遠くなるような、話である。