夜明けから夜まで 第百一話
「パラシュートは、お前の分もあるぞ」
わたしは、百鬼の言葉に嘲笑で答えた。
「夜の眷属をなめるんじゃないわよ、魔道とはこういう時にも役に立つ」
百鬼は、無言のまま少し肩を竦める。
操縦席でレーダーを監視していたヤンが、叫ぶ。
「シュヴァルベが、戦闘速度に入りました、迎撃してください!」
「了解した」
キャプテン・ドラゴンは酸素マスクをつけると、砲座の側にあるレバーを引き船底を開いた。
ごぉっ、と空気が音をたてて、流れていく。
高度は5千くらいのはずだから、外は気圧も気温も低い。
船内を荒れ狂う暴風を気にも止めず、キャプテン・ドラゴンはさらにレバーを操作して高射砲を外部へ出す。
わたしは、外を覗き込んだ。
巨大な二機のジェットエンジンを主翼につけたシュヴァルベが、上昇してきている。
ディープオリーブグリーンに塗装された機体は、上からだと見えにくくはあるが時折キャノピーが鋭く光を反射するので位置が判った。
かなりの速度で、上昇してきている。
おそらくこちらの上に出て、上方から一撃離脱戦法をとるのだろう。
シュヴァルベがこちらと同じ高度まで、近づいてきた時にキャプテン・ドラゴンは、無造作とも見える動作で高射砲を撃った。
轟音が船内を蹂躙し、反動で砲身が後退する。
爆煙が一瞬、船内を満たす。
砲の後方から排出された薬莢が、地上に向かって落ちていった。
光の矢が青灰色の空を切り裂きシュヴァルベへ向かうが、シュヴァルベはとっくにこちらの意図に気づいて回避運動をとっている。
戦闘速度に入れば旋回できないなんて、見当外れもいいところだと思える機敏な動きで機体は翻った。
しかし、光の矢はシュヴァルベを追って軌道を変える。
ありえない、動きであった。
フレイニールが、風の道を造り上げ無理やり砲弾をねじ曲げたのだ。
わたしは、シュヴァルベのパイロットが感じたであろう、驚愕と絶望を想像する。
しかし、実際にはひとの思考速度では、ほどんど何も考える余地がなかったに違いない。
アハト・アハトの対空炸裂弾がシュヴァルベの近くで爆発し、空を銀灰色の爆炎で覆った。
切り裂かれた主翼が、ジェットエンジンごと吹き飛ばされ、地上へ落ちてゆく。
片翼を失ったシュヴァルベは、焔に包まれ回転しながら墜落していった。
百鬼が、酸素マスクごしに叫んだ。
「いくぞ、夜の眷属、ニューヨーク・プリズンに向かって降下する!」
百鬼は、刀を片手に提げ高射砲を外に出すために開いた船底に向かって飛び込む。
わたしも慌てて、それに続いた。
キャプテン・ドラゴンが、グッドラックのサインとして人差し指と中指を交差させたのが、ちらりと視界の隅に見える。
わたしは、はるか彼方の地上に向かって飛び出した。
フレイニールが、別れの咆哮をこころの中に響かせる。