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D・M  作者: 詩月凍馬
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浮上・困惑

 瞼に差し込む光で俺は目を覚ました。

 ボンヤリと目を開ければ、そこに移るのは見慣れた自分の部屋の天井だ。

 未だハッキリしない意識のままに体を起こせば、蛍光灯の無機質な光に照らされた十畳程の室内が見える。

 下段に三段程の引き出しが付いた、観音扉の外されたクローゼットを見て、あぁ、そう言えば毎回毎回開くのが面倒になって扉外したんだったなと思いだす。

 首を動かせばスタンドとディスクトップパソコンのモニター、キーボード、マウスの乗っている机と、その隣にあるサイドデスクに乗ったスキャナ、プリンターを合わせた複合機。

 更に首を動かせばそれぞれギッシリと本とアルバムの押し込まれた二つの本棚が見え、その蔵書量とアルバムの数に苦笑する。

 一般高校生の範囲内等と言いつつ、本にしろアルバムに収められたカード類にせよ、良くもまぁここまで集めたものだ。

 いや、まぁ英雄なんぞと言われてからは王陛下に次ぐ金持ちだった訳だから、この程度ならどうとでもなるが、この部屋に居た頃は単なる高校生――

「って、待てよオイっ!」

 そこまで来て漸く違和感に気づいたが、それは遅すぎるだろうと我ながら思う。

 いや、本気で何があった?

 ハッキリした頭で思い出せば、俺の最後の記憶は血の涙を流すクォークの姿。

 そんなクォークに『九つの印』を託し、俺は死んだ筈だろう。

 クォークが使っていたのはバスタードソードと呼ばれる超大型剣で、その刀身は人一人隠せる程に大きいのだ。

 そんな剣で貫かれて生きている筈なぞあり得ない。

 いや、仮に生き延びたとしても何故ここに居る?

 レスディアに戻されたにしろ、俺の屋敷にはこんな近代的な設備なぞついちゃいない。

 あの世界の文明レベルは魔法がある事を除けば中世ヨーロッパ程度でしかなく、蛍光灯はおろかパソコンなんぞ理論の段階ですら出来ちゃいない筈だ。

 なら、今までのは夢・・なんて事はないのは自分が一番良く分かっている。

 両手の甲に浮かんだ『刻印』がそれを教えてくれている。

 鏡でも覗かない事には解らないが、恐らく俺の両目は金銀のままだろうし、服を抜けば両胸の心臓の上、両足にも刻印が刻まれているだろう。

 何よりも――

「エル・・・・」

 シングルでしかない俺のベッド、その隣に眠る彼女の存在が何よりの証拠だ。

 真白い髪にレスディア一と謳われた美貌、巫女としての正装である純白のドレスを纏った細身の体。

 性的な意味でこそないが、幾度となく抱きしめた体だ。

 彼女の体温を、柔らかさを間違える等あり得ない。

 ならば、あれは夢ではなく現実で間違いない。

「ステータス・・」

 まさかと思いながらもそう声に出す。

 別に念じるだけでも出来るのだが、念の為だ。

 もし仮にエルと共に再び世界を超えたのなら――地球に戻ったのであればステータス等表示されない筈だ。

 そう思った俺はそれを確かめようとしたのだが――

「嘘だろ、オイ・・・」

 目の前に表示されたソレに俺は呆けた様な声を上げた。

  NAME:Kuin Shidou

  Class:Crest master

  SEX:male

  AGE:21

  RACE:human

  LV:921

 HP:1/50000

  MP:3/48000

  STR:7891

  VIT:6129

  DEX:6126

  AGI:7953

  INT:8137

 WIS:6311

  LUK:300

  SKILL:刻印術Lv10 体術Lv10 刀術Lv10 超回復Lv10 生存術Lv10

  TITLE:世界を越えた者 理の理解者 救世主 魔王殺し 荒人神

 あぁ、見慣れた俺のステータスだよ。

 今更ながらに思うが、名前までローマ字表記されてる癖に何故かスキルだの称号だのが英語表示されてる意味が全く解らんが、あっちの世界で見慣れた俺のステータスで間違いない。

 まぁ、レベルやら能力値やらが色々間違ってる気がしてならないが、実際こうなのだから仕方ない。

「しっかしまぁ、これで無双出来なかった魔王の奴ってなぁ、ステータスどうなってたんだよ?」

 と、これは本気で疑問だ。

 俺のステータスでさえ、普通にゲームに出てくれば明らか過ぎるチートキャラだと言うのに、このレベルにいるのが+三人。

 最も回復に長けたエルを欠いていたとは言え、そんな理不尽レベルに至った連中が四人掛かりでギリギリ勝利とかどうなってるんだよ。

 あれか?

 MMORPGにでも出てくるイベントボスか何かか?

 しかも裏ボス仕様の超が付く位の理不尽レベルな。

 いや、まぁ魔王の所に辿りつくまでに数えるのも嫌になる数の魔軍と戦い、それらを束ねる魔将軍数体と闘ってるにしても、色々間違ったレベルに居たのは間違いないだろう。

 ・・・そう考えると、今更ながらに良く勝てたよな、俺。

 切り札と言うか、俺をレスディア最強たらしめていた刻印術の発動に必要なMPは完全に底をついているしな。

 HPが1しか残ってないのはクォークの一撃を喰らったからだろう。

 まぁ1でもなんでも残ってる時点であり得ない気がしてならんが。

「それにしても、良く解らん事態になったな・・」

 レスディア最強の名を欲しいままにしたステータスのまま地球に戻って来たとか、一体どうしろと言いたい所である。

 レスディア・・・と言うか、あちらの世界であるカルトゥスに置ける平均レベルは成人男性で10程度、後は騎士団の連中が30あったかないかであり、カストゥルに渡った時点の自分を基準に考えるに、地球に置ける成人男性のレベルは7か8と言う程度だろうと思われる。

 そんな世界に行き成り900台に踏み込んだ俺とエルが現れたとなると、色々騒動が起きるのは間違いないだろう。

 何しろ、どれだけ体を鍛えようが勉学に励もうが踏み込めない領域に居る訳だしな、俺とエルって。

 やる気はないが、もしフェルマーの最終定理やらとやらも解こうと思えば今の俺なら片手間で解けそうな気がしてならない。

 まぁ、確りと理論を学べばと言う前提は付くが、INT値四桁後半と言うのはそう言う事なのだ。

 ハッキリ言って今の俺が学ぼうと思えば、分野を問わずあらゆる学問が簡単に理解できるだろうし、未発見の領域にも到達は容易いだろう。

 運動能力で言えばもっと酷い。

 全力の十分の一を出せば、その時点で前人未到、更新不可能な新記録が生まれてしまう。

 そんな人間が世に出て普通の生活を営めるか等、それこそ火を見るより明らかだろう。

 そういう意味では、地球と言う世界は今の俺とエルには住みづらい事この上ない世界なのだ。

 と、其処で違和感に気づいた。

 そう、窓だ。

 この部屋の窓に掛けられたカーテンは、今開けられている。

 大方、行方不明の息子が何時帰って来ても良い様にとお袋が換気ついでに開けているのか、それとも俺がカストゥルに転移した日のままなのかは解らないが、兎に角カーテンは開いており、ガラス戸が覗いているのだが、その外が問題だ。

 何もない。

 そう、文字通り何もないのだ。

 塀を越えて俺の部屋の窓にかかりそうだった隣の家の庭樹は愚か、確実に見える筈の空さえも見えない。

 あえて言えば、無職の空間が見えていると言う不可思議な状態だ。

 慌てて二か所ある窓に駆け寄ってみれば、そのどちらからもかつて見慣れていた風景は見えず、何もない無色の空間が広がるだけ。

 ならばとドアを開けば、そちらも同じく無色の空間が広がっている。

 茫然としながら手を伸ばすものの、ドアから先に手を伸ばす事が出来ない。

 まるで、見えない壁にぶつかった様な感じだ。

「・・・カストゥルに飛ばされた時以上に訳の解らん状況だな」

 あの時は少なくとも空と大地、それに見覚えはなくとも植物があり、少し歩けば運よくではあるものの村に辿りつけたが、今回はその希望すら持てない。

 何しろ、この部屋から出る事すら出来ないのだ。

 これでは情報収集も何もあったものではない。

「いや、それ以前に命がヤバいか・・・」

 ついさっきまで死ぬ覚悟は決まっていたし、実際に死んで行く筈だったお前が何を言うと言われそうではあるが、何の因果か生き残った以上は早々死んでやるつもりはない。

 ないのだが――

「・・・俺の部屋、飲食物の類は殆どないからなぁ」

 そう言う事である。

 親が宛がってくれた部屋は比較的広かった事もあり、クローゼットや本棚、机にベッド等の家具以外にも、中型の冷蔵庫と電子レンジ、電気ポットは置いてある。

 置いてはあるのだが、肝心の中身が問題だ。

 確かあの当時はバイト代の支給日だと言う事もあって、趣味のカード以外にも色々揃える積りだったので、冷蔵庫の中は空に近かった筈である。

 電気ポットの方はリビング等で見かける様なポットがたのものではなく、薬缶の様な形をした小さなもので、必要な時に必要な分だけ沸かす事にしていた。

 ・・まぁ、あれから5年近くたってる訳だから、例え冷蔵庫の中身があろうと食えない可能性が高い訳だが。

 等と思いながらも一応は確認の為と冷蔵庫を開けて――

「は?」

 一瞬、意識が硬直した。

 ハッキリ言ってこっちも意味がわからん。

 冷蔵庫の中には俺が入れた覚えもない二リットルのパックジュースに牛乳、ミネラルウォーターがそれぞれ一本、卵一パック、トマトやニンジンなどの野菜が数種類・・とギッシリと中身が詰め込まれていたのだ。

 しかも、牛乳を手に取って確認してみれば賞味期限も切れていない。

 ならばと冷凍室を開けば、こちらにもやはり幾つかの冷凍食品が納められている。

 ・・・いや、この際理由は後回しにするとしよう。

 取りあえずは暫く食い繋げるだけの食糧と飲み物が手に入った事を喜ぶべきだ。

 と、そこで漸く俺は自分の服装に気が付いた。

 血こそ何故か付いていないものの上衣は前後に大穴が開き、ズボンもまたアチコチが切れていたりと結構な有様になっている。

「・・・取り合えず、着替えるか」

 カストゥルに飛ばされた四年前と、身長的には余り変わっていない筈だから、何とか前の服も入るだろうと思われる。

 問題は婚約者とは言え、女性の前で下着姿になるのは躊躇われると言う事だが・・・まぁ、深く眠り込んでいる事だし大丈夫だろう。

 血が付いていないにせよ、さっきまでは自分の血と返り血とを吸い、戦場の埃に塗れていた服を着続けるのは精神衛生上宜しくない。

 あぁ、そうだ・・。

 服を着替えたら何か腹に入れよう。

 紙皿はあった筈だし、冷凍食品でも温めれば簡単に済む。

 そう考えると少し楽しみになってくるから不思議だ。

 まぁ、五年近く口に出来なかった故郷の味・・・と言うにはチープに過ぎる代物だが、それでも懐かしい代物に変わりはない。

 それに、食事を意識した事で一気に腹も減って来た。

 当然と言えば当然だが、ほぼ半日近く戦い通しだった訳だからある程度の水分補給は兎も角として門を潜る前にとったもの以来の食事である。

 HPやMPを回復させる為にも食事は必要不可欠だ。

 さぁ、何を食べようか等と考えながら、俺は久しぶりに着る地球の衣服に袖を通した。


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