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D・M  作者: 詩月凍馬
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0 到達地・分岐点

もう一つの作品同様、宜しければお付き合いください

 勇者、召喚者。

 まさか俺がそんなものになるとは思った事もなかった。

 現代日本に居た頃の俺は、至極普通の高校生でしかなかったからな。

 祠堂九印。

 別に代々古式武術を伝える一族でもなく、独自の祭神を祭った家系の末裔でもない。

ごく一般的な中流家庭でしかない祠堂家の長男として生まれ、九印と名付けられただけの一般男児。

 祠堂と言う名字や九印と言う名に少々物珍しい印象は持たれるにしろ、それだけだ。

 特徴と言うか、まぁ目立つ点をあげるとすれば、身長は高い方であったしどちらかと言えば中性的な顔立ちをしている位だろうか?

 身長は兎も角、顔立ちはややコンプレックスがないではなかったが・・・まぁ、腰に届く程に髪を伸ばしていれば女に間違えられるのも無理はなかったかもしれない。

 実際、中学の三年になって一気に身長が伸び出すまでは小柄だった事もあって、女子だと思われる事はざらだった。

 なら髪を切れと言われるだろうが、この歳まで来るとなれもあって今更だと言う気がして切っていない。

 そこまでの長髪は男では珍しい。

 なら何故かと問われれば、親の教育方針・・・なのだろうか?

 幼い頃の俺は兎に角病弱だった。 

 ちょっとした事で体調を崩し、風邪でも引けば普通の倍は軽く寝込む。

 幸いにして免疫不全や先天性の身体虚弱と言うまでに酷くはなかったにせよ、外で遊ぶより、部屋の中で遊ぶよりも床に伏す事が多かった幼少期を送った俺を、両親や祖父母は心血を注いで育て上げた。

 この髪はその一端なのだ。

 日本古来の風習で、男性を女性の恰好をさせて育てる事で健康に成長させる事が出来ると言うものがあるらしいが、病気と回復を繰り返す俺を厭うた家族は迷信に過ぎない筈のそれにすら縋る想いだったのだろう。

 事実、実家のアルバムをめくれば女児の恰好をした俺が納められた写真が飾られている。

 それが功を奏したのか、はたまた単に成長に伴っての代物か、いずれにせよ、小学校を迎える頃には健全な一般男児と変わらない健康を手に入れていた。

 ただ、それでも家族は心配だったのだろう。

 物心つき、幼いとは言え男としての意識を持ち始めていた俺に女装を強要する事はなかったが、それでも髪だけはと伸ばしたままだった訳だ。

 別段、それが悪いとは言わない。

 梅雨時の湿気や夏場ともなれば鬱陶しいものの、それを除けばそこまでの害はないし、そもそもが幼少の時期よりのものだ。

 いい加減慣れもする。

 そんな俺も長髪を除いてしまえば普通の男子生徒に過ぎず、それなり程度に勉学に励みつつ、様々な書物を読み漁ったり、趣味のコンピューターゲームにのめりこんだり、時には友人と遊んだりと、何処にでもいる学生の日常を謳歌していた。

 それは高校に上がってからも変わらず、部活に入らない代わりに始めたバイトで定期的な収入を得られるようになってから、趣味の一つにカードの収集が入った位だろう。

 比較的裕福な家だった事もあり、月々に貰える小遣いとバイト代を含めれば、それなりに欲求を満たせる程度には蒐集が行えたのだから、それで満足していた 。

カード蒐集なんてものは、それこそ嵌り込めば幾ら金があっても足りないものだと言うのは解っていたので、月に一定額と決めてカードを買い、ランダムに選んだ袋の中から俺が持っていないカードが出ればそれで満足、出なければ苦笑して終わる程度に収まっていた訳だ。

当時の小遣いとバイト代等の使用内訳を思い出せば、カード30%、ゲームや本が40%、残る30%が自由に扱うものと区分されていた筈だ。

まぁ、そんな日々が唐突に崩れようとは思ってもみなかったものだ。

小説などでよく言われる様に、『平和とは脆く儚い、薄氷の様なもの』なんて言葉を体現する下のように、ある日バイトに向かう為に家を出た俺は気づけば知らない場所にいた。

それが俺の人生の分岐点になった。

どこもかしこも見知らぬものだらけの世界の中で、それでも親切な人に出会って助けられ、何とか生活を送るうちに目覚めた異能。

光、闇、炎、水、土、風、樹、金、無の九つの印を操り、回復、召喚、攻撃、支援とオールラウンドにこなせる異能は、俺を瞬く間に勇者と言う座に引きずり上げた。

俺を助けてくれた村の人々を護る為に立った筈の戦場は、いつの間にか世界の命運を掛けたものに変わり、小さな魔獣でしかなかった敵はいつの間にか魔軍を率いる魔王へと変わっていた。

別にそれが不満だった訳ではないさ。

産まれた世界とは違うとは言え、この世界の人々に触れていつの間にか愛着さえも沸いていたのだから、その為に戦えるのなら悪くはなかった。

この世界で最初にあった、貧しくとも互いに支えあって生きていた村の人々、旅をする中で出会った優しくも温かい人達。

当然、気に入らない奴もいた。

地球とは違い亜人やエルフと呼ばれる種族が暮らし、奴隷制度があるこの世界では『亜人等、人間の家畜に過ぎない』と言い切る輩やら、『見目麗しい貧民を囲って何が悪い』とのたまう貴族等、人を人とも思わない塵芥にも劣るだろう屑だっていたさ。

それでも、世界の全てがそんな奴らではないと知っているかこそ、俺は戦えた。

仲間だっていた。

村で知り合った剣士志望の少年クォーク、見習い魔術師の少女パーラ、見習い神官の少女フェン。

そして聖国ストラディアの第一王女にして『導の巫女』エルミナ・ザライ・ストラディアス。

村を出た時はクォークだけだった仲間も立ち寄った街の酒場でパーラと出会い、『世界を回るなら』と冒険者ギルドに登録して三人でパーティーを組んで・・・。

クエストをこなして資金を稼ぎながらあちこち巡り、フェンと知り合ったのは確か・・・4番目に立ちよった村だったか。

あの時は参った。

何せ、行き成り「勇者様! 私をお供に加えて下さい!」だったからなぁ。

何度勇者じゃないと言っても聞く耳を持たない彼女に根負けしてパーティーに加え、クエストと移動を繰り返して王都に着いた時にエルとであったんだったな。

こちらもこちらでフェン顔負けだった記憶があるな。

『導きの巫女』として本来なら次期国王となる伴侶が見つかるまで『導きの塔』から出られない筈のエルが、何故か塔を抜け出して俺達の前に現れたのだからその日は大急ないが大騒動なんて騒ぎじゃなかった。

そんな王城に幸せそうに俺の腕に抱きついて離れないエルが姿を現わせば・・・。

その先は思い出したくもない。

驚天動地なんて騒ぎではない大騒ぎの後には、何故かエルの婚約者と言う立場と『勇者』の肩書を送られた俺が居た訳だ。

まぁ、エルにはエルの事情があった。

『導きの巫女』として世界神とやらから下された『神託』に従って、塔から抜け出した先に神託の内容そのままの姿の人物――俺がいたのだそうだ。

 それからは・・・あぁ、色々あったな。

 単なる一冒険者だった筈の俺達は一晩にして世界の希望足る勇者パーティーへと変わってしまい、気楽な世界巡りだった筈の冒険は『六魔王』を倒す為のものへと様変わりした。

 とは言え最初の数カ月は何が変わった訳でもなく、只エルと言う少女が一人パーティーに加わっただけに過ぎなかった。

 王女でも巫女でもない一冒険者として動く事にした世間知らずの御姫様の、その余りの世間知らずぶりに呆れたり困らされたりしつつも、あちこちで情報を集め――魔王の一人を倒した事で本格的に魔王達との対決に移った。

 各地で暴れまわる魔軍を討伐しながら『転移の門』を探し出し、魔王の本拠地に殴り込んで魔王を倒し、そして次の門を探し――

 あぁ、あれだ。

 今考えてもイベント量が半端じゃない。

 これがゲームなら余りの期間の短さにブチ切れた所だな。

 いや、まぁ、それが現実になるともはや理不尽だのと文句をつける気すら失せるレベルな訳だが。

 そして今、遂に第六魔王・・即ち、最後の魔王を討ち果たし――同時に、俺の命ももうすぐ尽きる。

「ゴフッ・・・」

 傷つけられた内臓から上がって来た血を吐き出す俺の前には、血を流す程に唇を噛みしめて涙を流す青年――クォークの姿。

「すまねぇ・・クイン、すまねぇ・・・っ!」

 俺の腹に突きささる剣を伝った血が剣を握るクォークの手を赤く汚す。

 そんな目の前で苦悩と罪悪感に顔を歪める親友に、俺は血を吐きながら笑って見せた。

「気に・・する、な・・解って・・るから」

 あぁ、解っている。

 クォークは俺を裏切ったのではない。

 こうしなければ、大切な者を救えないのだと知っている。

 だから・・・驚いた様に目を見開く親友の手を、俺を貫く剣を握るその手を包む様に握る。

「だから・・俺からの“祝福(呪い)”を持って行け・・・」

 そう言うと同時に、俺の両目と両腕、両足、両胸と心臓にある九つの印が光を放ち、クォークに吸い込まれた。

 一瞬の光の後には、俺と同じ様に両目、両腕、両足、両胸と心臓に服や鎧越しでも解る『刻印』が浮かびあがる。

「これ・・クイン、お前・・・」

 ここまで俺が勇者として絶対的な力を振るって来た源である九つの印が、自分の体にきざまれたのを見たクォークが茫然と声を洩らす。

――何だ、肝心な時に察しが悪いのは相変わらずか。

 そう思いながら、俺は小さく笑う。

「・・解ってるって、言った、ろ?」

 あぁ、くそっ、段々言葉が出なくなってきた。

「気をつけろ・・・奴は・・こふっ、ヴォードは色々厄介・・」

「お前っ!? それ知って・・・・」

「当然、だろうが。 ・・エルだって、気づい、てるさ」

 当り前だろう?

 世界の進退を決める最後の戦いだってのに、最も回復に長けたエルが同行を許されないなんて時点で大体見当が付くってものだ。

 大方、本当に世界が救われる見込みが出来た時点で次期国王の座に未練が出たんだろうよ。

 王族、貴族なんてやからには珍しいとは言え近親婚を行う奴らはいるし、実例が存在する以上は許されない訳でもない。

 エルの婚約者である俺を殺し、エルをどうにかして娶る事が出来れば自分が次期国王だ、なんて野心が出ても可笑しくないし、元々、俺がこっちに来るまでは奴が次期国王候補だったらしいからな。

 今更逃がした魚が惜しくなったんだろうさ。

 そして、俺を確実に殺したいのならば、この一瞬しかない。

 魔王との戦いで消耗し、勝敗が決した瞬間に信頼する仲間からの一撃で致命傷を負わせる。

 生死を掛けた戦いだ。

 俺が例え帰らずとも不思議はないし、俺の戦死報告をもってくるのが勇者パーティーの一員にして俺の親友でもあるクォークなら、国民も疑いを持たないだろうしな。

 その上で傷心のエルの弱みに付け込んで誑し込めば・・・そんな所か。

 だが、その位は解ってるんだよ、俺達は。

 だから、俺は『九つの印』(コレ)をお前に渡すんだ。

 お前が本当に助けたい奴を――お前の大切な妹、そして俺やエル、パーラとフェンに取っても大切な妹分であるユミリを助ける為に。

 そしてヴォードの横暴を許さない為に。

「ぐっ・・」

 ちぃっ、本気でヤバいな。

 だが、あと少し、あと少しで良いからもってくれ。

 まだ伝えなきゃいけない事がある。

 それを伝えるまでで良いから・・・もってくれよ、俺の体!

「帰った、ら・・・ヴォードに会う前に・・エルの所に・・・場所はいつものアイツが知ってる、からさ・・・」

 あぁ、言えた。

 もう目も見えないな。

 だが、良いさ。

 後はエルが居るからな。

 だから最後に一つだけ・・・。

 まだ声が出せるなら、これだけは・・・。

「許すから・・・護り抜けよ、親友」




 この日、レスディアの民達は齎された二つの知らせに大いに喜び、そして大きな悲しみにくれた。

 最後の魔王の死に歓喜の涙を流し、その為に命を散らした二人(・・)の英雄の死に慟哭の声を上げた。

『刻印使い(クレストマスター)』クイン・シドー

『導きの巫女』エルミナ・ザライ・ストラディウス第一王女

この二人の死と遺された勇者パーティー――

『震剣』クォーク・ガーフダイン

『魔導姫』パーラ・フルーレ

『大神官』フェン・セイル

 この三人は魔王討伐を祝う宴にも顔を出さず、レスディアから姿を消した。

 歴史家は後に言う。

 この時こそが、レスディア崩壊の始まりだったのだと。

 これより、世界は乱れる。

 故にこそ、人々は思い出すだろう。

 例え六魔王が討たれようとも、所詮平和は仮初のものでしかないのだと。

 人の敵は何処まで行っても、我欲に呑まれた人なのだと思い知るだろう。

『平和は儚く脆い』

 だからこそ人はそれを求め足掻くと知るだろう。

 何故なら、ヴォードを王として頂いた事によって始まる暴政とそれが齎す地獄を終わらせる為に立ちあがったのは、他ならぬ『震剣』『魔導姫』『大神官』だったのだから。

 今は亡き二人の英雄の意思と想いを継いだ彼らは、暴政を敷くヴォードへの反旗を翻す。

 これが後に『血刻印』と呼ばれた戦乱の始まりとなるのだ。




 友を想い、自らの命を散らした英雄と英雄の想いに準じた巫女。

 自らの大切な者を護る為に友を手に掛けた剣士。

 彼らの道は完全に分たれた。

 友を手に掛けた剣士は、己の大切なものを護り、友との約束を果たす為に再び戦乱へと身を投じる。

 それを助けるのは、二人の英雄の想いを知るかつての仲間達。

 故に、剣士は挫ける事等ないだろう。

 何故なら彼の隣には志を共にする仲間が――共に親友の遺志を継いだ友が居る。

 その身には自らが手に掛けた――それでも自らを親友と呼び、許した無二の友に託された『刻印』がある。

 故に、挫ける事などあり得ない。

 その身に如何なる傷みが、苦しみが襲いかかろうとそれを上回る痛みと苦しみをその心が知っている。

 故にこそ、かつて親友の命を絶ったその剣は、幾百の敵であろうと揺らぐ事等あり得ない。

 かつて友と話した世界を作る為に。

 剣士と魔法使い、神官はその願いを胸に戦地を駆け抜ける。

 今は亡き二人の友が願ったものは、その先にこそあると知っているから。

 


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