再開
「待って……グプッ!?」
光が視界を埋め尽くし、奇妙な浮遊感の後。猛烈な眩暈と吐き気両方に襲われて、頭の中がグチャグチャする。
「着きました…。
勇者候補の皆は此処に泊められています。事情故に軟禁させて頂いていますが、基本的に皆様自由に過ごさせている筈です。」
地面を踏みしているのも覚束ない。明滅する視界の中、美しい声が聞こえた気がしたが、
「オエェ゛ェ゛」
その声に反応する事の出来ず、何も入っていない筈のお腹から胃液と言う名の、少女に有るまじき吐瀉物を撒き散らした。
――
「呑んでください。落ち着くと思います」
「すいません……頂きます……」
エルさんから渡された手拭を渡されて口元を拭った後、水を手渡された。
彼女は魔人だろうと此処まで世話を焼いて貰ってしまったら、敬語になるのも仕方ないと思う。……例え彼女に原因が有ろうと無かろうとそう思う。……思いたい。
あの後、壁に手をかけて、何とか蹲るのを拒絶にながら、呼吸を整えている間に、エルさんは数体のスライムを召喚して、一帯の清掃を終えていた。
「人の身には、転移の負荷は大きいみたいですね。申し訳ありません。」
その、白い仮面に遮られてその表情を伺う事は出来ないが、謝罪の念はしっかり感じられる。
「い、いえ。大丈夫ですから気にしないで下さい」
だからだろうか? つい下手に出てしまう。
それとも彼女の声には、魔力を通さずに魅了をかける事が出来るのだろうか?
……だとしたら彼女の種族はセイレーンか何か……イヤ、彼女らも声に魔力を乗せていたな。
現実逃避のお陰で、有る程度落ち着き周りの状況を確かめられる程度には回復した後、最初に視界を埋め尽くしたそれは、威圧を伴って鎮座していた。
左右両方共に遮る物無く伸びる石造りの廊下で、たった一つだけ存在する。外界へと繋ぐ岩戸。
人が通るには、充分すぎる大きさを持つ扉だった。
戸に有る筈の継目も鍵穴も無く、無骨な外観。……それは扉と言うより、壁を扉の様に彫った彫刻の様を呈していた。
それ以外にも複数の術式で守られており、資格を持つ者以外術式の根幹に手が届かない事だろう。
百人前後の勇者候補で、この術式の破壊を試みたとしても、破って巨扉を突破するのは至極困難なのは、見ていて解る。
「只今解呪致しますので、少々お待ち下さい」
「あ、はい。
お願いします」
自分を10人並べた所で到底足りない程の巨扉の威容に圧倒されて、少々呆けていた。
エルさんの言葉に引き戻されたが、彼女に声をかけられなければ、後、数刻はその場で立ち尽くしていたかも知れない。
エルさんはいつの間にか、手にカギを持ちて鍵穴の無い扉に、一切の躊躇いも無く突き立てて詠唱し、
『塞ぐ役割を持つ者よ。今、一時その役目を止めよ』
突き立てた鍵を反転させた。
ガコンッ
と、何かが動き、落ちる音が響き。
そして、継目が無い扉は、自らの体を割る様に真ん中から裂け、そして、意思を持つかのように、両開きの戸と成りて重苦しい音を響かせて開いていく。
中は大きな空洞を利用した大広間。
天井は高く屋根は洞窟空洞を利用している事から地下だ。
勇者候補全員入ろうと悠々余裕があり、全員が訓練をするにしても幾分余裕が余りそうな程にスペースが存在した。
今、入った出入り口以外の壁三面に、等間隔で無数のドアが備え付けられており、その全てが軟禁の為の部屋なのだろう。
大広間には何人かの知り合いがそれぞれが思い思い何かに没頭していたり、時間を持て余していたりと様々だ。
全員が私と同じ黒い患者衣を着させられていて、捕らわれの身という事が分かる。
閉じられた空間が解放された事で、それを成したエルさんに視線が集中し、そのまま隣に居る私へと移行した。
広い空間の中、全員の私に集まる視線。
その視線に込められた様々な感情に僅かに気圧された。
「皆様の体調を考慮し、個別の部屋を用意して頂きま」
「セレナッ!?」
エルさんの説明の為の美しい声が、元気一杯の大声に掻き消される。
「キャルニ!」
その声の主の名を呼びながら、魔王の言った事の一つ、皆が無事捕らえられていた事が、本当だった事に人知れず安堵の溜息を零した。
この分だと死者は居ないという事も期待出来そう。
これから、どういう扱いになるか分らないが、命さえ有れば如何にでもなる。
広間に居た数十の仲間の間を、大声を上げて走り抜けるのは唯一人。
私やムーア達と同年代の少年キャルニ。
「「無事でよかった!」」
彼は駆け寄る勢いそのままに両手を広げ抱き、男の子特有の力強い重圧が体にかかるが、それに耐えて私も両の腕を回して、互いの無事を喜び抱き合った。
「それでは門の外にてお待ちしていますので、戻る時は声をかけて下さい」
感動の再開のお陰で、エルさんの美しい声は思考の片隅に引っかかる程度にしか認識出来ず。これから聞く事が出来ないと思うと少し残念だ。
「良かった……。良かった。……良かった……」
「私は大丈夫だから……」
抱き合いながら嗚咽と共に零す呟き。
その私より幾分背が高く筋肉がつき始めて、男性らしくなってきたが、私の胸元で小さく泣く姿は、幼く見える。
背に手をまわし、何度も撫でて落ち着くのを待つ。
私はついさっき起きたばかりだからだろう。体感時間は1日も経っておらず、落ち着いていられるが、彼らは数か月間、私達の安否を危惧していたのだろう、その本人が目の前に現れれば感情を持て余してしまうのは仕方ない事だ。
抱き合っていた私とキャルニ。
その二人に急に影が挿す。
「セレナ。
無事で何より、半年近くも音沙汰無いからもうダメかと思ってたが、ホンマに良かったわ。
……他の二人はどうしたん?」
「教官!!」
キャルニの後ろより、私達より頭二つ分は高い位置から低い男の声。聞き覚えのある、その声の主に出会えた事も喜ばしい事だ。
魔力も無く、勇者候補の出来損ないの烙印をおされた私に戦う術を教えてくれた唯一の教官グースト。
彼も無事だった事に、安堵のため息を零す。
「教官こそ。
ご無事でなによりです」
「ああ、
……すまんな。もう少し感動の再会を演出させたい所だが……。
いきなりで悪いが報告を頼むわ」
無精ひげの濃い教官の顔に陰が挿して申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「ここ最近ワケ解らん事が多すぎてな……知ってそうな奴から聞かった所だったんだ。
少し良いか」
その申し出は私にとっても必要な事。断る理由など無い。
「解りました。
それでは報告します。
……大賢者様や他の教官方を集めて貰っても宜しいでしょうか?」
魔王から聞いていた話を信じられず、仲間……教官からに口から真実を聞きたかった。
嘘だと信じたかった。
「あッ……イヤ、すまん。
他の指導役は居ないんだ」
グースト教官は相変わらず、顔に感情が出る。
今度は陰が挿すどころか、何処か怒りや呆れを内包した。何とも言い難い表情。
ソレだけで言い難い事柄、大体の事実を把握出来た。
「教官達は、みんなお亡くなりに……」
彼の顔から読み取っていたとしても聞かずにはいられない。
「そうじゃないんだ……。
それについても話そう。
……キャルニ、もう良いか?」
いつの間にか泣き止んだキャルニが心配そうにグーストを伺っていた。
魔王の言った事が本当なら、それを言葉で告げるのは酷ではないかと伺っているのだろうか。上目づかいのキャルニとグ-ストは目で会話をしていた。
「大丈夫……」
目の前のキャルニの肩を叩いて、彼にどんな事実でも問題無いと意思表示する。
「教官、報告しますので人が居ない所にお願いします。
……キャルニも来る?」
過酷な訓練の中生きる勇者候補達、共に生死の境を彷徨い、より成績の高い者が優遇される中で、常に貶め蹴落とされてきた。その中でも何人かは、死にかけている時に手を差し伸べてくれた。特に目の前の二人は常に味方でいてくれた。心強い仲間達だ。
少なくとも、魔王との会話を彼らには相談したかった。
「……ああ、分った。
キャルニも同席しろ。」
その意図を汲み取ってくれたグースト教官。
やはり、この人は話が早い。