選択
「何してんの?」
急に立ち上がったと思ったら隅に立つ仮面の魔人に声をかけ。そして、数秒の間。呆けて立ち尽くして居たと思ったら、その後ジャンプして机の上に跳び下りた。
元より奇行の目立つ奴だと知っていたが、囚われて磨いているのか今回は一段と酷い。
「で、何がしたかったの?」
しかし、その行動自体はスルーしてやるものの、理由位は聞いておいてやらねばならない。
その奇行をした下手人は、忙しなく視線を巡らして何か考えて居る様にも見える。どんな言い訳が出るか少し楽しみだ。……しかし、目の前で暴れられて微動だにしないどころか、微細の魔力すら感じさせなかった仮面の魔人。元より強い威圧感を感じていたが、全く動かないと成ると不気味だ。
「……その魔人さんに道案内が出来るかどうか聞こうと思って……」
彼女が一生懸命に頭を絞って零した言い訳。何か思う事もあってか言葉は尻に行くほど小さくなっていく。
……道を尋ねるだけどアクロバティクっなジャンプを披露する意味が有るのだろうか? 掘り下げて聞きたい所だが、機嫌を損なっても面倒だ……スルーすることとしよう。
うん。
ジャンプの件は棄て置いて、確かにそれは良い案だ。
今の所最初に想像した実験や拷問、それに類する様な行為が私達に行われる気配は無い。
ただ弟子にしたいだけのか?
魔王の言う事を真に受ける訳ではないが、他に囚われている勇者候補が居るなら会いに行くだけで必要な情報が手に入る。
「そうね、道案内出来そうならして貰うのが良い……どう?」
「別に構いません。
それが私の仕事です」
隅に立つ魔人へと声をかけると、しっかり聞いて居た様だ、欲しい返答を返してくれる。
美しい声。
しかし、美しい声だと思うが別にソレだけだ。特異の発声器官を持つ訳でも声に魔力が乗っている訳でも無い。
監視の意味合いで置かれた魔人かと思ったが、返答の内容で、彼女の存在は、魔王の言葉通り私達の要望に応える為に召喚されていたらしい。
……益々魔王の考えている事が訳分らない。
しかし、ここを離れると言う事は、別の問題が出て来る訳で。
「じゃあセレナ。
そこの魔人と皆の所に行って」
「え!? 一緒に行くんじゃないの?」
奇行といい、とぼけた反応といいこの子は稀にめんどくさくなる事が多々ある。……稀なのに多々……。
――内心に内心で突っ込みを入れ、
「姉さんを一人置いて行けるわけ無い」
頬が攣きつくの強引におさえて真顔で言う。
そう、未だ意識を失い床につくポーラ姉さんを一人ここに残して行く訳にはいかない。
そして、まだ、情報不足の今の状況で無理に起こすのも良くないと考えるのはセレナも私も一緒だ。
提案を咀嚼する様に何度も頷くセレナはすぐに決断した。
私達は知識を持つ生命だから迷うのは当たり前だ。そして、彼女は例え迷ったとしても可能な限り迅速な対応を下す事を出来、最善の結果へ導く為に、最大限の努力を惜しまない彼女を気に入っていた。
それこそ人らの命運を握る選択ですら。
「……うん、じゃぁ行って来るよ。
(どうなるか分らないけど、暴れないでね)」
隠しているつもりだが、施設時代からの長い付き合いは、互いの事を把握するには充分な程の時間を共にしている、私がセレナの事を知っている様に、セレナは私の気性を分っていた。
小声で私を案ずる彼女に頷いて、取り敢えずこの場では暴れない意を示し。
その態度に満足してウンウンと顎をひいてから再び魔人の下へと歩を進めるセレナ。
「じゃぁ、エルさん。皆の下へ連れてってくれますか?」
「解りました。お一人だけ転移致します。
……お気をつけ下さい。
『常世なる土、全てを覆う宙、熱を持ちし加速、熱を奪いし停滞、星を織り成し異なる源を纏めを結ぶ界』」
「ちょ!?」
その美しい声音で、流れる様に数節の詠唱を紡ぐエルと言う名の魔人。問答無用に転移の詠唱を唱える事に焦る声を上げたセレナ、しかしそれは既に遅かった。
「『閉じて精緻なる身を砕きて門を開き、我を運びたまえ。』」
セレナが声を上げた時には既に遅く、詠唱と共に足元から広がり輝く魔力陣。
その光が一部屋全てを包んだ時には、セレナとエルの姿は消失していた。
魔王とは比べるまでも無いが、その魔人も相当な実力を有しているのが解る手際だった
……魔族と言うのは言葉が足りない。
―――――――
エルと言う魔人とセレナが皆の下へと行って数刻、
代わりの魔人が来る訳でもなく部屋に残ったのは私と未だ意識を戻さないポーラ姉さん。
逃げ出すと考えないのだろうか?
……無駄か。最初のソナーに気付かれたことから、この城で魔力を使った場合気付かれると思った方が良い。そして私は魔術師、魔力を使わなかった場合、普通の人より少し早く動ける程度の体力しか持たない。
今はまだ何もされてないが、機嫌を損ねれば今度は倒されるでは済まないかもしれない。
部屋の扉の無い出口を眺めながら、ぼんやり考えていた。
時折思い出すのは魔王との戦闘。……イヤ、戦闘と呼べるようなものでは無かった。まるで獅子が鼠の一咬みを期待して手を伸ばしてみた。と、言った方が正しい。
そう思わずには居られない。
回避できない最短の魔術を無力化させ。
最大限魔力を注ぎ込み、詠唱と昌石による補助を受けた魔術は、奴の簡略した数段階下の魔法に掻き消し、全て撃たせてから対処していた。
ギリッと奥歯に力が入る。
力も技術、奴を殺すには両方とも足りない。圧倒的にまで足りない。
そして、現状の……人の中で最高の魔術を持つと言われた私でも奴には届かない、届く様が想像すら出来そうにない。それはつまり、人の業では奴に届かないと言う事だ。
「ふう」
血の気が引くまで握り込んでいた手を、開いて握るを繰り返して筋肉を弛緩させる。
「姉さん……私は決めました」
そう、届かない。
なら、毒だろうと何だろうと飲み干して、更なる力を手に入れる。
全ての人に後ろ指を差されようと構わない。目的の為なら泥を啜ってでも遂行する。
ただ、
「姉さんなら解ってくれますよね」
たった一人の肉親にだけは誤解されたくない。
それだけが憂い。
ムーア視点でした。