新たなる道 3
三人とも我が弟子にならんか?
魔王が言った言葉を反芻する。
え!? 何? 今度こそ意味が解らない?
「なんなの?」
ムーア……彼女も意味が解らないのだろう。疑問を口にして問うてくる。
……そんなの私にだって解らない。混乱しているのは私も一緒だ。
しかし、相談できる。という意味では互いに一人しか居ない訳で、
「巫山戯ている訳で無いのとは思うけど……」
口に出して言ってみては何なんだけど、自分の言葉に確証が持てない。
魔王は、完全に混乱した私たちをそのままに、『まだ一人寝ている……まぁ、時間は有る。ゆっくり考えるといい』と言って部屋を後にした。
この部屋に残っているのは、同じく混乱に陥りつつも、私より早く復帰したムーア。未だ意識を手放しているポーラ、規則正しい吐息が聞こえる事から、何の問題も無く寝ていて、起きるのはまだ時間がかかりそう。
そして、部屋の隅に無言で佇むむっつりとした白い仮面が一人。
人型で線は細いが胸が大きい。……多分、女性型の魔人だ。
彼女は魔王が去る前『行きたい所、欲しい物が有るならコイツに言え』と、事も無げに召喚された個体で、召喚されてからずっと同じ姿勢を保っており、直立不動で佇まれると結構な威圧感が有って、監視か何かと思わせる。しかし、気にしては居られない。
別に大きいから意識している訳では無い。……それに私はまだ成長途中、気にする理由は断じて無い。
魔王が座っていた椅子は、魔王の指鳴りで消失し、代わりに小さな石机と人数分。四つの丸太椅子が部屋の中央に鎮座していた。
「まず、話をまとめよう?」
問いかけると、コクンと頷くムーア。
ポーラには悪いと思うが、気の弱い彼女には後でまとめた話を伝えた方が良いだろう。
「魔王の言う事を鵜呑みにするなら、私達が倒れてる間に人は魔族に負けた……。
それで大賢者様は逃亡、みんなは生きて囚われてるし、人もここに居て…」
「何一つ裏付けは取れてないけどね」
「うん、……でも嘘を着く理由も無いよ」
そう言うとダース単位で苦虫を噛まずに飲み干して、苦々しい顔を作るムーア。
きっと、脳裏に掠めるは、数節の詠唱を行使し。惜しみなく使った魔力に昌石。用意出来た媒体の杖。その全てによって増幅された。人が出せる限界を越えた出力の魔術を、問題無いとばかりに全て凌いで無力化した圧倒的なまでの実力。
そんな事は大賢者様にだって無理だ。
そんな事を平気でやる怪物を相手にしたら、どれだけの人が集まろうと意味を成さない。成る筈がない
そして最悪な事に、相対したものだけが解る事は、
ソレだけの実力を示して尚、全力どころか片手間程度と言う事だ。
「もちろん警戒しなきゃいけないよね。……嘘を着く必要は無くとも真実だけってわけでも無さそうだし、
続けるよ」
「……続けて」
明らかに不満そうに口を尖らすムーア。
しかし、彼女もまた歳不相応に精神を落ち着ける術を持っている。
「人を土地は魔王の庇護下に入る事となり、魔王が楔とか言っていたけど‘焔’は魔王が持って回復させるらしいけど……やっぱり本当か如何は怪しいよね」
「何かしら利用する為、奪ったって方がしっくり来る」
「うん。
……そして、ヴォルは魔王と何かを契約を、
今は何処かに居るか解らない……と」
二人同時に溜息を吐いた事で間が空いた。
信じられない事柄が多すぎる。まだ『人は全員血の海に沈めてやった。お前らは更なる儀式の生贄だ。クワッハッハッハ』でも言ってくれれば欠片も疑わずに信じた事だろう。
……逆の問題も出て来るだろうが。
「ヴォルはどうしたんだろう」
「……」
同じ事を思ったのか、返事は無い。
ヴォルマルク……彼は勇者候補では無い、傭兵と言う名の自警組織の一人だ。
軍と言う名の防衛組織は、私が生まれる前、十数年前に維持が困難となり、霧散したと聞いている。
代わりに生まれたのが。戦上手の狩人が、日々の糧を分ける事から始まった‘傭兵’。
彼らは生存率5%以下で、成功率が1%前後の魔物狩りを何度も成功させ、日々の糧を分配させているプロフェッショナル。当然、見返りは存在し、人の地で僅かに獲れる昌石を優先して回されるが、それを入れても名前とはかけ離れた高潔な集団。彼らが居るからまだなんとか人は保つ事が出来ていると言える。ヴォルはその中で一番の腕を持ち、高い指揮能力と冷静な思考を併せ持つリーダーに相応しい人物だ。
そして何より、苛烈に魔族を嫌悪し、率先して魔物を狩ってきた人物。
しかし、魔王の話に傭兵の話が出て来なかったのも気になる。
魔物が近付いて来たなら、率先して傭兵が出て来そうなものなのだが……。
…………
「うがーー!」
頭を強引に掻いて、ぐるぐるエンドレスして、熱暴走起こしかけてる思考を切り払う。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、解らない事が多すぎる!!」
「そうね……どうしたものかしら」
長い付き合いだ。私のふとした奇行に対してはスルー、必要だ事だけ聞いてくれる仲間に感謝したい。
……情報は得た、しかし魔王。……敵からの情報だ。信憑性に欠け、とても信じられる内容では無く、裏をとらなければならない。
しかし、ここには私達しか居ない訳で……
「あ!」
一人いる。
「何?」
ムーアは急に声を張上げた私に対して、訝しげな視線をよこすが、その視線を無視して部屋の隅に立つ人物へと歩み寄る。
「えっと……。
名前を聞いても宜しいでしょうか?」
そう、魔王が召喚した白い仮面の人型魔人。
魔王は確か言っていた。『行きたい所、欲しい物が有るならコイツに言え』と。
なら答えを得る事は難しく無かった。
しかし。
「紛い物の存在。……エルと呼び下さい」
声だとは思えなかった。何の用意も無く事は失策だとしか言えなかった。
色を持った風が鼓膜を振るわせて、脳に甘美な刺激が到達する。
膝は震え、その場で崩れ落ちてもおかしく無い。
思考は前後不覚。彼女に何を聞くべきか、今の状況を咄嗟に忘れ、数秒……イヤ、数分……イヤ、数時間、……イヤ数日、この場に立ち尽くしていたのかもしれない。
魅了やそれに近い精神魔法を使う者達は散在するが、これは、そのどれもが届かない程の極致に到った魔の美声。
気を持ち直したのは、自己防衛本能。倒れ傾いだ体を立て直す為に、自然と出した左足。
気がつくまで、どれくらいの時間を要したか不明だが、無様に倒れ伏す事は無かった。
この状況でも無ければ冷静に対処出来ただろう。
例えば、精神魔法なら防衛本能も動かず、倒れた程度の衝撃では気がつかない。
例えば、彼女を取り巻く魔力に行使された形跡は全く見付からない。
例えば、声をかけただけで追い剥ぎ宜しくに先制攻撃を仕掛けてくる訳が無い。
しかし、状況が……ここは魔王城で、魔王の懐で囚われていて、私は勇者で弟子、そして声。
……とにかく冷静では無かった。
(精神魔法!?)
気がついた時、行ったのは跳躍。
瞬時にエルと名乗った魔人から距離をとる。
僅かな浮遊時間でも相手からは視線を離さない。
仮面からは何を考えているか不明だが、少なくとも追って来る気配は無い。
既に、この部屋の配置は記憶に留めており、予想外のアクシデントでもない限り私の動きを止める手段は無い!
内心ほくそ笑む私は華麗に着地して、さぁムーアと私で反撃だ。
……
「何してるの?」
そして、部屋の隅に突っ立ったままのエルを置き去りにし、机の上に降り立った私に、ムーアの冷たい声が直撃した。
ホント何してんでしょうね?