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放蕩魔王  作者: blue
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新たなる道

「……精々抗えよ」

 その魂までも震わす微笑。そしてそれを認識した瞬間、意識は闇に呑まれた。


「ツッ!!」

 意識を取り戻した時、初めて視界に入ったのは無骨な石天井だった。私の下には、藁を引きその上に布を敷いた簡素のベットがひかれ、今の状況を混乱させた、しかし、直ぐに今の状況に思い当たり動かずに周りの気配を探る。

 それと同時に自分のコンディション。状態を確める。


(左右に1人づつ)

 意識が覚醒したばかりで動きにブランクのようなものを感じるが問題無い。

 それを理解したなら目の端を開いて気配の元を…。


 そこには、知った顔が同じ様に、簡易ベットにて寝かされていた。

 たまらず声に出してその名を呼びたくなるが、寸での所で留まった。声を出す前に今の状況を確認するのが先だ。

 私たち以外居ないのを確認する。

……ならばと、遠慮なく体を起こして周りを見渡した。


 小さな部屋だ。6畳一間程度の石に囲まれた1部屋。窓は無く出口も一つだけ、出口の近くには誰も居ない椅子が寂しく佇み、奥には私たちが寝かされていたベット一人一つづつ合計が3っつ。もし、出口に柵が下ろされていたなら、捕らえた者を閉じ込める牢屋だ。

 機関から受け取った剣は手元に無く、鎧も黒いガウン式病衣の様な服に着替えされていた。良く見れば、周りの二人も同じ服に着替えさせられている。だがソレだけだ。拘束具も無ければ動きを束縛する類の物も無い。ただ、部屋の光源は灯りの代わりに壁が薄く明り発している。が、そう言う魔法か、素材か、私には判断出来そうにない。

「ポーラ。ムーア。起きて」

 誰も居ない事を確認した私は二人に小声で、意識の覚醒を促した。


「ッ!」

「う…ん……」

 もしかして安置所かと思っていただけに、二人が生きていてホッとする。

 ムーアは私と同じ様に意識を取り戻すと直ぐに身構えて状況確認をするが、ポーラはまだ意識がはっきりしていないのかもしれないが、上体を起こして周りに視線を巡らすと、自分たちの置かれた状況を察して顔を青ざめた。

 後一人、仲間が見えない。…自分たちが生きているなら彼も生きている。何処かに囚われて居る筈だと、心に言い聞かせて平静を保つこととする。

 そして、最初に声を上げたのは私と同じ様に状況確認を終えたであろうムーアだ。彼女も今の状況をすぐさま理解していた。

「ここは?」

「解らない。気が付いたらここに……

 魔術で解らない?」

「……試してみるわ」


 喋っている途中。ある魔術を思い出した。反響(エコー)という魔術。特定の範囲に細かい魔力を打ちこみその場の情報を得る

 今回彼女が遣うのは波探知(ソナー)と呼ばれる自分を中心に魔力の波を放ち周りの情報を得る魔術だ。

 この二つの術は幅広い応用が利きとても便利。

 例えば魔力の質を薄くし、壁の向こうにある魔力を持つ者や生きている者を調べたり。逆に濃くして壁を伝って建物の構造を把握したりと、何度も世話になっている。

 ただ、周りで発光している壁が魔術を阻害する類のものならばソナーやエコーで知れる範囲はこの部屋の中だけになってしまう。

「ポーラ。その壁の光は何?」

「…その壁は灯りを灯すだけの簡単な術式だよぅ」

 ポーラなら解ると壁の術式を聞く、彼女は青い顔しながらいつの間にかベットの隅まで移動していて、震えながらも壁の術式を教えてくれた。それを聞きムーアは力強く頷くと手馴れた動作で魔術を行使する。


ピーン


 何かが、自分の中を走る感覚が有った。

 ムーアを見れば、石で出来た床に手を付き魔力を流したのであろう。真剣な表情で床の一点を睨み。ソナー中はピクリとも動かない、そして、当然どう言う魔法かを知っているポーラも私も彼女の邪魔にならない様、何も言わずにその結果を待つ。


 数分間、高い緊張を伴う沈黙が流れた。

 その沈黙もムーアの宣言で瓦解する。


「ふぅー。もういいわ」

 肩の荷が下りたとばかりに腕を振るムーア。その事に息を吐いて緊張を解すポーラは今の状況聞いた。

「ムーアちゃんどうだったの?」

「魔王城ね。ヴォルの居場所は解らないけど、私たちが戦った謁見の大広間が近くに有ったわ。

 ……何でここに居るか解る?」

「…魔王に挑んで負けた…」

「そう負けたわ。でも何故か殺させずに生かされているの?」

 確かに私たちは人にとっての最後の希望。利用価値は有るかもしれないが、魔王は契約までして報復すると言っていた。

 人質として私たちを生かしておく意味は無い。

 ならば

「…実験……」

 ポ-ラの震えた一言に私を含めた全員の喉がゴクッと上下する。機関の結晶でもある私たちの利用価値は、その辺りしか思い浮かばない無い。

 そして思い出させるは機関での日々。

 ポーラはそれを思い出してか顔を真っ青にして震え。ムーアも力の限り拳を強く握り締め、その柔らかそうな拳からは血が滴りそうだ。


「ヴォルを助けて逃げよう」

 そう自然と口から流れ出た。当然、仲間の同意を言葉を得られる筈が、その言葉は貰えなかった


「うん。

 別に構わないよ、ただ楔は回収させて貰うけどね」


「なッ!」

「ツッ!」

 寸前まで自分たち以外誰も居ない筈の部屋に現れた闖入者。私たちはその存在に素手ながらも身構えるが、彼は出口に備え付けられた椅子に悠々と腰を下ろして、その手に有る手帳の様な物に羽ペンを走らしていた。

「……理の魔王…」

 たった今まで無人だった椅子に突如として現れた忌むべき相手に、そう言葉にするのがやっとだった。


いつからそこに。


 そう言葉に出して聞きたかったがどうしても口から発する事が出来ない。ムーアもポーラもきっと同じ心境だろう。どうしても目の前の魔王には勝てない……。イヤ勝てないどころか何も出来ずに終わるという事が理解出来ていた。

 そして歯向かった末の捕虜。ならばさっきポーラが言った事が現実となる。

 恐怖で手足が震え口を開ける事が出来ない。今にも心が折れそうだ。

「ん? ああ、君たちの魔力を感じたから急いで来たんだが、……ベットが硬くて寝起きが悪かったかな?

 我々には必要無いものだからな。急いで似たような物を作らせたが駄目だったようだな」

 何も言わない私たちに魔王は何でも無い風……イヤ、むしろ友好的に言うが、その言葉を聞きムーアが無表情の下で、奥歯を噛む砕きそうな程噛みしめた音が聞こえた。


 きっと、見付からない様、微量の魔力と精緻な術式で行ったに違いない。それを事も無げに指摘され、そして先の戦いで見せた圧倒的なまでの格の違い。それを見せ付けられて尚、ム-アは何時でも戦える様にその手に詠唱を破棄した魔術を込めていた。

 対しポーラはベットの上で両腕で体ごと膝を抱いて震えている。元々優しくも気の弱い子だ。その溢れんばかりの才能で今まで助けてくれていたが、魔王に対して何も出来なかった事、そして実験体になった者たちの末路を知ってしまっているゆえに完全に折れてしまっている。


 しかし、彼の言葉を信じるならば、監視はされてはいない事になる。

 そしてこちらに殺意をむけている感覚は無く、ムーアの魔術を気にすることなく私たちに会話を望んでいる節がある。ならば今すべきことは争いを避けて会話を続け、情報を引き出す事。

「…ヴォルは何処……、さっき構わないって言っていたけどどう言う事。」

 会話で情報を聞き出すと決め、問いかけたが、あえて魔力を込めているムーアには何も言わない。

 会話を優先させたといっても、既に相手の懐の中。無駄だとしても戦える準備はした方が良い。何より後ろから感じる心強い魔力の波動は、折れかけている心の支えになる。


「ああ、彼な。

半月位前かな? 君たちより早く気がついてね健康そのものだよ、それにその時には大体の会話は済んでいるから問題無い。

契約自体も君たちが起きるまでだ。なら起きた時点で契約は完遂された。後は彼次第だ。」

「な……うそっ!」

今、魔王が語った内容には、耳を疑うべき事が多すぎた。

それは後ろに居る姉妹も同じで、後ろを見ずとも動揺しているのが手に取る様に分かる。


 契約。魔族は本能として嘘を言わない。それは星に産みとされた、祖からなる者たちから決められた物だと言うが、それ定かでも無ければ、今、必要な事でも無い。

 だが契約となると話は別だ。更なる執行力をはらむのが契約。

 それは双方の同意、若しくは双方の利点と対価が無いと基本結ぶ事の出来ない物。


 魔王はヴォルと契約を結んだと言った。


 ヴォルマルク、私たちの仲間の中で一番、魔王、魔族を恨んでいたのは間違いなく彼だ。その彼が魔王の利になる事を結ぶとは思えない。

 なら嘘か? ……イヤ嘘をつく理由が思い当たらない。

 契約の件はヴォルマルクに問い詰めるとし、他の事を聞く。


「半月くらいって…私たちはどれ位眠っていたの」

「ああ、大体一ヶ月過ぎ位かな?

 ごめんね。まだ、小さい君たちにはアレはキツかったみたいだ。彼は比較的直ぐに起きたが、君たちは完全に抜けるまで時間がかかったな」

「アレ……」

 背後でポーラがガタリと震え。ムーアが呟く声が聞こえた。きっと思い起こすは私と同じ、魔王との戦いの最後、意識を取り込んだ闇。現存する魔術ではあり得なければ、見る事も叶わなかった脅威。

 今、私たちの中で一番高い魔力を持つポーラですら抵抗すら叶わなかった魔法。

 確かに一ヶ月以上意識を失っていたとしても不思議ではない。


 ……一ヶ月!?


「わわ、私たちの土地は?」

 最後使った魔法。一ヶ月の生命維持。焔の場所に、ヴォルマルクの居場所等、答えてくれるか分らないが、聞きたい事は色々ある。

 しかし、震える声でそう聞くのが限界だった。

 頭の中をチラつくのは限界を迎える土地、そこに住む私たちの仲間の行方。そして戦いの最後に宣言した魔王の報復。

「ああ、報復は済んだ。君たちは滅んだ」


 報復は済んだ。君たちは滅んだ。報復は済んだ。君たちは滅んだ。報復は済んだ。きみたちはほろんだ。ほうふくはすんだ。きみたちはほろんだ。 報復報ふく ほうふく 滅んだ滅び ほろんだ。

 その言葉は脳を通り、中でゆっくり噛み砕いた。 


 他の二人もその意味を咀嚼し理解した。

 ポーラは真っ青にしていた顔を、燃え尽きた灰の様に白く変え、震えていた体は細胞分裂を止めたかのように動かない。

 手に溜めた魔力を暴走させながら散らすムーアは、今、この時、この部屋の全てを消滅させてにおかしく無い。


あああああァァァァァァあ


 冷静に考えれば不意を突こうが、虚を突こうが私のこの手が届かない事は理解していた。しかし復讐と言う名の狂気は、冷静な思考を根こそぎ奪い愚行ともつかない行動へ駆り立てる。

 気付けば叫びながら魔王に飛びかかっていた。

 そこには何の工夫も加護も無い。無様と言って差し支え無く真直ぐ一直線に。


 勇者なんて言われていたが、正直他人の事なんかどうでも良い。 

 ただ、機関で共に過ごした仲間を失った事だけが脳髄に再生される。

 ムーアと良く喧嘩していた一つ上のキルケ。どうやっても魔力の宿らない私に戦う術を教えてくれた教官グースト。よくポーラに悪戯してはムーアに黒焦げにされたキャル二。私たちを率いて生きたルエリ。彼らが居たから、自分は、自分たちは、過酷と言うのも生温い地獄を耐え抜けた。

 その全てが目の前の魔王に殺された。…壊された。


 例えこの身が朽ちようと構わない。コイツを殺す。

 そうして伸ばした手は、


「ああ、またやってしまったか」パチンッ


 魔王の何気なく呟き鳴らした指と共に、空に縫い付けられた。


「あああアアァぁァ。殺す!殺す!殺す!殺す! お前!お前!お前だけは!!」

 必死に指を伸ばそうと手を動かそうとするが、指は空を切る事すら許されない。

 目の前のこの男を殺す事が出来るなら、骨という骨が砕けようと、肉という肉が千切れようと構わないのに……その体は動かない。思い通りにならない。

 まるで操り人形(マリオネット)に宙に括りつけられ、


「ムーア!ポーラ!」

 動けずとも私には仲間が居る。例え復讐の狂気に呑まれようともソレだけは失わない。信頼出来る仲間に声をかける。

 ムーアは暴走していようとその手に宿る魔力を放出して焼き殺せ。

 ポーラはこの身を縛る魔法の解除を。

 例え言わなくとも伝わる。その事に何の疑いも無く疑問が沸くはずもない。

 しかし、信じてやまない仲間からの援護はいつまで経っても届かない。


 ――まさか。


 体は動かない。しかし、数々の修羅場を乗り越えて来た五感は今の状況を正確に把握した。

 この部屋を覆う程に荒れ狂ったムーアの魔力は、いつの間にか跡形も無く霧散し私と同じ様に拘束され。

 震えすら無くしたポーラは、精神の許容を越えたのか魔王の術か、とにかく意識を失っていた。倒れていないのは魔王の魔力で留めているのだろう。


「姉さん!」

 どうしようもない現状に感情が絶望に染まる前、背後から焦燥したムーアの声が響いた。

 音も無く浮くポーラの身体は私の目の前……つまり魔王の下へと運ばれていた。


 その一連の動きが狂気に染まった思考を真っ白にする。


 それが次なる獲物を手にかける行為に見え、思うより先に声を張り上げ。

 「な!や、止めて魔王! も、もうこれ以」「少し静かにしてな」

 上、何も奪わないで。そう発したかった言葉は魔王に遮られて言葉にならなかった。…イヤ、遮られたどころではなく今まで許容されていた、口を開く事すら出来ない。

 体を動かす事も。声を上げる事も。外への伝達手段を失った私の体は、外部からの情報しか得る事が出来なくなった。


 開いた視界。そこに映るのは宙に浮くポーラの額に手をかける魔王。


 止めて止めて止めてやめてやめてやめて。と開いた瞳から涙に濡れ、歪む視界で必死に願った。そして、


「この娘は後にするか」

 そんな願いを嘲笑うかの如く、その魔王の一言と共にポーラの体は消失した。


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