プロローグ 2
人に対して魔王が侵攻して、4年の月日が経った。
例え人が魔王に支配され様とも、日には関係無く沈んではまた昇る。
鶏が朝を告げ、人々が目を覚ます時間。
掘建て小屋であばら家。そう形容するしかない家。そんな中から、初老手前の中年。そんな感じの農夫が、日の下に出て伸びをする。
ゴキゴキと背骨の小気味良い音が鳴り
「よっしゃっ、今日も畑仕事に精を出しますかな」
あばら家の近く、もっと酷い外装の小屋より鍬を取り出し、何処かへ行こうと歩を進め様とした時。
「少し待って下さいな。
今お弁当包みましたから持ってて下さいな」
農夫と同じ位の歳の女性が小包を持って、あばら家から出て来た。
「おお、すまないな、いつも助かるよ。
……でも少し多く無いか?」
女性から小包を受け取る農夫。しかしいつもと違う事に気付いた。
「ほら、先日より手伝いの方が、来られたでは無いですか。
その方の分と、いつもお世話になっているケンさんの分も入っていますから、皆さんに渡してくださいな。
……おっとそろそろ来た様ですね」
地平線の向こうに米粒程度の大きさの馬が、此処を目指して駆けて来ていた。
女性が耳を澄ますと力強い蹄鉄によって、を踏み砕かれる大地の音が規則正しく鳴り響き、米粒程度の大きさが、瞬く間に、本来の大きさを理解出来る距離まで近付いた。
「よう。待ったか!?」
そうして蹄の音と共に現れた美丈夫な大男。彼は二人の前に着くなり、馬上から気安く手を上げて声をかけた。
「イヤ~、丁度出て来た所だよ」
「ケンさんおはよう」
農夫は、今の状況を言い。女性の方は大男に挨拶を交わす。
「そりゃ、良かった。御婆さんもお早う御座います。」
農夫の言葉を返した後、美丈夫は馬の上に在る巨体を器用にくねらせ、女性に頭を屈めて挨拶を返した。
「今日中に1区画位は畑の整備を終わらしたいし……、
それじゃぁ、ケンさんいつもみたいに良いかね。」
「ああ、構わんぜ」
農夫は馬上に居る大男…ケンさんに手を差し出すと、ケンさんはまるで、子供でも持ち上げる様に、容易く馬上へと農夫を乗せた。
「毎日の事ながら鞍なんて無いからな、乗り心地は悪いと思うが、文句は受け付けないぜ!」
「文句なんてとんでもないわ!
ケンさんのお陰で3時間歩かなきゃ行けない畑に20分足らずで着けるんだ。いつも助かってるよ。それに馬に乗ったこと無いけど、ケンさんのは揺れも感じないからまるで疲れないしな。」
馬上にゆっくりと下ろされた農夫に、爽やかな笑顔を振り撒きつつ、冗談じみた口調で言うケンさんに、農夫笑いながら返すと賑やかな雰囲気となり、そのやりとりを横で見ていた女性は思い出した様に、ケンさんに話かけた。
「ケンさん、ケンさん。 爺さんにケンさんと新しく来た人の分のお弁当持たせたから御昼に食べてね」
「おお、そりゃ楽しみだ。アンタの料理は美味いからな、 今日の楽しみにさせて貰うよ。」
「まぁ! 量は少ないかもしれませんが、楽しみにして頂けるなら嬉しいわ」
「そういや聞いたかいケンさん?」
「ん?」
女性とケンさんの和やかな雰囲気を眺めてた農夫は、ふと思い出したようにケンさんに尋ね。
何の事かケンさんは首を傾げた。
「少し前に隣の家畜が何者かに襲われたそうだよ。
幸い被害者は出なかったものの数匹の家畜の魔獣が餌食になったらしい」
「おっかねぇ話だな。犯人は解ってるのか?」
「それが、夜の出来事で目撃者が居なかったが災いしてまだわかって無いらしい。
ただ、残骸が僅かな部分しか残らなかったのと地面が大きく抉れていることから、地中に住む大きな魔物って話だ」
「ふーん」
その話を聞き。腕を組んで考え込むケンさん。
「じゃぁ、今日の仕事はやめとくかい?」
出した答えは安全の為に仕事を休むことだった。
だが農夫はその提案を蹴り、
「いいや、まだ収穫出来るまでいけてないんだ。行くよ」
その答えに満足したケンさんはご機嫌に鼻を鳴らした。
「それじゃぁ、行って来るな。
今日も遅くなるだろうから、先に寝ててくれて構わんぞ。
それじゃぁ、ケンさん行こうか」
「おお、飛ばすから、しっかり掴まってなよ」
そうして力強い蹄鉄の音と共に、ケンさんは御爺さんを乗せて、彼の持つ畑へと駆けだした。
「さて……、私もそろそろ行きますかね」
あっという間に、姿すら見えなくなる二人。その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、女性は自分の仕事に取り掛かる為にその場を後にした。
――
農夫はいつもの事ながらに不思議な感覚を感じていた。
そこらじゅうに転がる剥き出しの岩。
所処を陥没した荒野。
場所によっては泥濘や砂状地帯を、強靭な4本脚で、まるで整地された道が如くに駆け抜ける。
それだけなら別に問題無いのだが、それだけの道を高速で走りながら、農夫に揺れや衝撃といったものを全く感じさせない、唯一かかる風圧もケンさんの強靭な肉体に阻まれて感じれないのだ。
その感覚は、まるで目的地に向かって落ちて行く様で、最初に乗せて貰った時は、あまりの恐怖に彼にしがみつきながら気を失って居たものだ。
今では慣れたもので、凄まじい速さで移り変る、周りの景色を楽しむ余裕すら有るが、やはり不思議なものだ。
「相変わらずケンタウルスって凄まじいな」
農夫の吐き出すような独白。
「そりゃ当たり前だろ。
……そう言えば。さっき、御婆さんが新人がどうとか言っていたが新しい奴が来たのか?」
それを聴きとめたケンさんは気を良くしながら答え、気になっていた事を聞いた。
「ん? ああ! ケンさんは会った事なかったか…
この間ケンさんが他の畑のに手伝い行った時に、ドルイドだかエルフだかの魔術師さんが手伝ってくれてね。
仕事が終わった後、少しの間ウチで働かせてくれって言うからさ。
別に断る理由も無いし、お願いしたんだ。……不味かったかい?」
農夫は勝手に決めた後ろめたさか、少し気まずそうに言うが、
「別に良いんじゃないか」
ケンさんは別に気にした風も無い。
「ここは既にクリューエル様の土地だ。他の魔王は手出し出来ない筈だ。
流れの魔術師なら少し気になるけど、クリューエル様の民に手を出したならどうなるか、魔族なら誰でも知っている事だし……。
大丈夫だろ」
ケンさんのやや軽い言葉を聞いて農夫は安堵の息を吐いた。
「良かった。
確か転移魔法だっけか?
一瞬で畑から家まで連れてってくれたし、治療もしてくれた良い魔術師さんだったから、ホントに反対されなくて良かったよ。」
「へぇ~、転移魔法か。
そんな高等魔術使える様な魔術師なら名のある魔導師かもしれないな。
名前聞いた?」
それを聞いたケンさんは、高位術を使える有数の魔術師の名を浮かべ、農夫に尋ねるが、
「ん~。
マオさんって聞いたけど…」
「知らん名だ。
ならば流れの魔術師だ。ま、気をつけておけば問題無いだろう」
そもそもの話、高位の魔術を使える様な眷属は、理の魔王ことクリューエル・ラオの命により各地に点在しており、魔王の命無く動く事は滅多に無いし、それに東の境界線を監視する幹部からは、何も連絡されていない事をみるに、他の魔王の眷属が侵入した訳でも無さそうだ。
そうして、『マオ』と言う名と、『高位の魔術』この二つのキーワードに僅かに後ろ髪を引かれるものの、ケンさんは知らない名前を、流れの魔術師と決めつけた。
「お! あれがマオ君だよ。 …もう、作業始めてるみたいだ。」
そうこうしているうちに農夫の畑が見える位に近付いていた。
畑には既に人の成人男性程度の大きさの人物が、既に鍬を持ち懸命に振るい精を出しており。
その人物は近付くと、此方に気付いて手を振ってきた。
「おーい!マオくーん」「何故あの方が!?」
陽気に手を振る人物が視認出来る距離まで近ずくと、間延びした農夫と驚愕に染まったケンさんの声は奇しくも重なった。
「クリュッ!!?」
その人物の名を叫ぼうとした瞬間。
何の前触れも無く。
土色をした筒状の何かが、青年の足元から丸呑みにした。