魔王邂逅。
この身は既に、白の景色を突き破った程の高さで世界を俯瞰する。そして、後は落ちるだけと言うこの状況。
……もう完全に後悔していた。
そもそも竜や鳥のように、翼を持つ生物と違い。2本の足しかない人種族にとって、空は見上げるものだと、今更ながらに現実逃避の思考遊びをする。
そして、雲の超える高さからの自由落下。
声をあげる事は勿論、呼吸をする事すら難しい程に吹きずさむ風。この落ちる体を押し留めようと吹きつけては、人一人の体を支えるには力足らずと後ろへと流れていく。重力による加速はとどまる事を知らない。
そして、見下ろす視線の先。
広い地域に対して無数に点が分布しているのは外周区の家屋だろう。人種族程度のサイズのモノなど既に識別出来そうに無い。
そして外周区のすぐ近く、黒い影としか形容できない魔族の大群が迫る。
上から見た所。僅かな歪みも狂いも無い十数キロにわたる綺麗な正円形を保った黒い影は、ゆっくり前進を続けているようだ。
その様はさながら黄泉へと繋がる奈落穴に見えて。今からしようとしているのは、キュルケの言う通り投身自殺だなと思って笑ってしまう。
着弾。
それは、砲弾の様に。
隕石の様に。
巨人が踏み鳴らす様に。
それは魔族の大群の心臓部に着弾とともに、大地を大いに揺らし、それに伴う衝撃が辺りを吹き飛ばした。
その、突如として発生した爆発によって起きた暴虐に、黒影と化した陣形に生まれた隙間が如きの砂塵。
全体としては大したことの無い少ない被害。その筈だった。
だが、残念な事に場所が悪い。
「何事だっ!!?」
目的のすぐ横に居る……側近なのだろう。この衝撃に吹き飛ばされなかったようだが。急に発生した衝撃波。それに伴いできた砂塵の目隠し、
それによって、隊列が乱れたであろうせいで、女の荒げた声が聞こえた。
その明らかに焦りを含んだ声に、ここまでの作戦が無事に上手く行った事を確信する。
(ならば、最速最短で俺の役割を遂行する)
この場に存在する魔族の中で最大の魔力を持ち、全ての魔獣達に魔力を行き渡せる為に、大群の中心にに居る魔族。
奴が指揮者!
目的に向かい流れる動作で肩のホルダーから、ナイフを引き抜いて一直線に疾走。
「何かいるぞ!!?」
「陣を立て直ぉせぃ!!」
「大将を守れぇぇーー!!」
しかし、そこは敵陣のど真ん中。吹き乱れる混乱の中でも、ウチの存在はすぐにでもが明らかとなり、次々と上がる怒声と指揮に流れる様に立て直しを図らろうと、動き始められた。
本来なら発見される前に目標を撃破。若しくは姿を見られる度に口を封じるべきなのだが、今はその時間すら惜しい。
(チッ!)
苦々しく舌打ちを打つ。
後、3歩分は近づきたかったが仕方ない。
片刃のナイフ握る右手に限界ギリギリまで力を込め。両靴に仕込んだ昌石の魔術を抽出する。
「『弾ける靴底ォ』!」
靴底に埋め込んだ、昌石に仕込んでいた爆発の魔術が、特別の韻を読む事で爆発。
指向性を持たせた爆発は、その身を疾走から弾丸に変え、
視界を埋め尽くす砂塵の中に尾を引いて、一気目標との距離を無いものとする。
奴とウチの間に、邪魔は居ない。……邪魔できる奴は居ない。
「ッな!?」
先ほどから度々聞こえる側近だと思える女が、ウチの存在に気付いて驚愕に顔をゆがめ。それでも瞬時に、目標との間に無詠唱で魔力障壁を張ったのは流石と言える。
何者の通さない不可視のブ分厚い力場が間に発生。
このままならば、その力場に衝突し、壁にぶつけられたトマトよろしくにペシャンコになる事請け負いなのは間違い無い。
弾丸が如く低滑空しているこの身は、減速など出来よう筈も無ければ……するつもりもない。
この場で足を止めたならこの作戦はその場で失敗に終わり。ウチの命は勿論の事、このまま大群は直進を続けて、ウチを信じてバリケードを守っている。勇者候補達をも飲み込むだろう。
そんな未来を享受など出来るはず無い。
(本来ならギリギリまで使いたく無かったが仕方ないな)
右手に持つナイフと言うには僅かに重く長い。刃渡りのそれを、魔力で出来た力場の壁へと渾身の力を込めて突き立てた。
――一瞬の拮抗も存在しない――
分厚く、魔力の密度も申し分なかった彼女の障壁は、その役割を果たす事無く。まるで、ガラスでも叩き割る音が響き、砕けて霧散して、一切の妨害、障害にならなかった。
「!!?」
2度目の驚愕。
彼女は、かなりの力を持った魔族なのだろう。
自分の技術に自信と誇りをもち、同格以上の力を使わなければ砕く事など不可能と。それ故に、魔力を持ち得ない人種族にそんな芸当等、出来る筈がないと。
その思い込みが側近の女の次なる一手の邪魔をした。
(いける!)
既に射程圏内。
手の内を明かせてしまったが、魔力を主力にしている魔族にこれの対処など出来る筈か無い。
既に全ての障害は取り払われた。このままイケるとそう思い。確信すら持ってこの大群を率いる長へとナイフを突きて様とした時。
「ほう♪
……これは珍しい」
今まで、何の行動も起こさなかった目標は、鼻歌でも口ずさむように静かに呟いた。
狙いは心臓。全ての生命がその活動停止にて命を落とす器官。
……既に目の前に存在する魔力の強大さに、捕獲は不可能と考えて殺害に切り替えた。それ程に強大な魔力を纏った怪物が目の前に居る。
それに今なら踵返して逃げ帰る可能性もある。この大群の最前列ですら、外周区のバリケードまで幾分の距離がある。頭を失った魔獣達が暴走状態に陥っても外周区にたどり着くのは数百匹の可能性も有る。……ならこの場で仕留める事に躊躇いは無かった。
……どっちにしろ帰還は不可能だろうが。
ズンッ!!
「ッ!? ラオ様ぁ!!」
砂煙の向こうに、確かな手応えを感じたグースト。
しかし、次に感じたのは異様な違和感。
相当の速度を持った体によって、対象を突き飛ばせると思っていた。
けれど、その予想を裏切り、体はその運動エネルギーを一切消失して急停止。縫いつけられた様に動かなかった。
……自分の体。周りの景色。その全てがビクリとも動かない間延びした感覚。
その異常さに全ての毛穴から、冷たい何かがしたたり落ちた。
そして目のに映るのは、目標の肉を確実に貫き、噴き出た血流。止め処無く流れる液体は赤く、確実に一刺報いる事が出来た事知らしめた。
その光景に。作戦の成否を考える前に、そういえば、魔族の血液は赤かったなと愚かにも思い。
ド太い丸太のフルスイングが直撃した様な衝撃を腹部に受けた事に気付けたのは、既に蹴り飛ばされた後だった。
「っが!?」
キャノンボールに耐える為、魔術により硬質強化された体が二つに千切られかねない程の衝撃に。ズルリと手のひらから抜け落ちるナイフ
そして息を吐き出す事も出来ず、地面に叩きつけるよう蹴り飛ばされて、何メートルも大地を抉りて、やっと止った。
彼以外の人種族ならば、そのまま動く事すら出来なくなるだろう衝撃。
しかし、英雄とまで称された。彼は反射的に跳び上って瞬時に構えて応戦しようとした。
……跳び上がったものの。五体がバラバラになったと錯覚しても尚、足りない激痛が襲い。膝を屈しそうになる。
足元が覚束ない。
それは数々の修羅場を潜り、痛覚から感情において、完全に肉体制御する術を知るグーストにおいても、痛覚遮断を突き破って危険信号を知らせる程に激しい激痛。
「ご無事ですか!!?」
側近の女魔族が、目標に向けて駆け出して行くのが魔力で分かる。
「貴様ぁ!!」
ウチの近くに居た人狼が人種族を遥かに勝る五感を使い。正確に状況把握したのだろう。その鋭い爪を隠すことなく振りかぶって襲いかかる。
この場を動かなければ、脆弱なこの身を、数枚におろし切りする事など悠に可能と、そう思える程の筋肉が詰まった剛腕。その先にある生物に似つかわしくない鉱物を思わせる尖爪が、既に回避不能な射程に入り込まれていた。
それに対し激痛に苛まれた体は、自分の体と思えない程に言う事を聞かない。
(ッチィ!)
舌打ちと共に裾に隠された。袖に隠した奥の手を腕を振うよう投げつけ。
その結末を見届ける事無く、その場に蹲るように転がった。
防御を考えずその爪で斬り裂く事だけを考えていた人狼。そのの胸に、グーストが投げつけたビー玉球は、叩くようぶつかり弾かれた。
コツン。
と擬音が響きそうな、人狼の硬質かつ屈強な筋肉には、痛みすら感じぬ一撃。
その程度痛くも無い! 蚊に刺される程度しか感じれない。と言いたげな人狼は、構わずグーストにその手を振り下ろそうとした。
瞬間。
「『爆ぜろ!』」
「ガァアアアアッ!!?」
グーストの呟きにより爆破を埋め込んだ昌石は、その役割を果たして、人狼の体を吹き飛ばし。伏せたグーストの体を転がした。
転がる体を無理やりに起こして構えて、スペアのナイフ
ナイフというよりチャクラムと呼んだ方が正しい武器を、腰のベルトから引き抜いて目標に向けて構えて周りの状況を観察し、思考する。
たった一回のチャンスは失敗に終わった。
なら、次の手を考えなければならない。
……たった今使った。小型なれど、昌石に起きた爆風によって、視界を隠していた砂塵は大分吹き飛ばされて、周りの見渡せる程度に晴れた荒野。
開けた視界に映るのは、既に魔族の大群は既に立て直し、とり囲まれていた。
この状況で、無暗に目標へと攻撃をしたところで、たどり着く前に、周りの魔族たちに囲まれて圧殺されて終わりだ。
自分と目標。その間を中心に、二度目の昌石の爆発できた十メートル足らずの空白地帯の外、次の爆発を警戒しているのだろう。今にも飛びかからんとする魔族共、その全てに視線を巡らせ。
そして、そのあまりの多種多様さに息をのんだ。
獣人種族のケンタウルスやウェアウルフ。
死人種族のヴァンパイアにアインヘル。
精霊種族のドルイドとフェアリー。
他にも多数の種族がひしめき合った混成群。その全ての視線がグーストに集約されていた。
高い魔力を有すれば、魔獣を使役するのは容易。ただ、魔族はそうはいかない。
吸血鬼と人狼をはじめ、天敵となる種族が多く、更には種族間抗争が絶えない魔族達。そんな連中だ当然、他種族で徒党を組む事等基本的に在り得ない。
しかし、周りの魔族たちから敵対している気配は感じられない。
……それは、つまり強力な奴らを、まとめられる程の力を持った主導者が存在する事に他ならない。
「魔王様ぁ!」
黒いコートを着込んだ人種族にしか見えない青年へと手を伸ばす女、声からして度々聞こえた側近の女だとわかる。
彼女を例えるならば
彼女は、今の爆風を防いだのか。やり過ごしたのか……吹き飛ばされる事は無かった様だが。世界の終りかの様にとり乱し、脇目もふらず、ナイフが刺さった青年の手へと手を伸ばし、恐る恐る手のひらに突き立てられたナイフを抜こうとするが、ナイフに触れる度、仮面の女の美しく白い手が焼ける音が響く。
……魔王。古に神々を放逐した最強最悪の災厄。
あまりに状況に世界の理不尽さ。そして、唯一殺せたかも知れない機会を逃した。自分の未熟さに自殺したくなる。
「申し訳ありません!! 私めが不甲斐無いばかりにこの様な者を御前に! ……あまつさえ貴方様のご体にこの様な傷を……っ!」
仮面の女はここまで聞こえる程に奥歯を噛締めて言葉を一旦区切り、顔をグーストに向けた。
仮面に隠されている筈の視線。
その中から発せられる。如何なる憎悪も内包した眼光が居抜く。
「この責は、この不埒者を誅した後、如何なる罰も甘んじて受ける所存!
少々お待ち下さい。すぐに終わらせます」
あまりにも分かりやすい剥き出しの殺意と魔力。それだけで数秒後の自分の姿を幻視。
今、自分が持つ昌石の数を確認して、なんとか対策をとろうするが。
女の殺意につられたが如く。動き出そうとする周りの魔族たちの気配で、時間稼ぎにしかならない事を理解する。
作戦は失敗。
生存帰還は限りなく零に近い。
しかし、‘痛み’は既にコントール出来。魔術の恩恵だろう。骨が一本も折れていない体は、すでに問題無くの力を出せる。
魔王まで僅か数メートル。そして、それは断崖絶壁にも近い絶望的な距離。しかし、諦めるという選択肢は存在しない。
ここで討ち取らなければ外周区は確実に消滅する。
それだけは許容できない。
常に踏み込みを浅く保って、何時でも魔族の群れ《ひとごみ》に突っ込める様一瞬の隙を探す。
その為せわしなく視線を周りへと散らすグースト、
「『神砕く永久の顎門』」
その彼をあざ笑うかのように、仮面の女によって紡がれたあまりにも短い詠唱。
それにつれて仮面の女の背後に、目に見える筈の無い魔力が、禍々しい色を色を帯びて膨れ上がりて蠢き天をも貫いた。
直撃したら影も残さないであろうと思える程にあまりの強大さ、濃縮さに喉がカラカラに乾き、
(……すまんキュルケ。約束、守れそうにない)
己が知る誰とも比べる事すらおこがましい魔力、何よりその魔法を行使しようとしている魔族が側近にすぎない事に力無く目を瞑ったグースト。その彼に対して、魔族たちは圧倒的力の誇示に興奮する。
ここに居る全ての魔族が、主を傷つけた下手人の処刑の光景を脳裏に浮かべて怒声を上げるなか。
「あ~…、エル? 別に気にしなくて良いぞ」
女の殺意。
グーストの決意。
魔族たちの興奮。
その全てを挫く気安い声が、まるで散歩でもするような声が響き渡った。
作戦名¦キャノンボールの概要!
①対象者を超突風の風魔法で空高く吹き飛ばす。
②対象者は、上空からの目標目掛けて自然落下。
③地面に着弾前に自信の体をアスト○ンよろしくに硬化し、地面に激突する直前(タイミングにして0,01以下)に、対反動になるよう地面を魔術ないし昌石にて爆破。対反動を得ると同時に辺りを吹き飛ばし安全の確保。
④綺麗に着地。←{ここ重要! メモの準備。}
以上。
一言で言うなら弾に放物線をえがかせるよう射出する。人間砲弾です。