メテオキャノン。
圧倒的物量をもって、迫る万を超えた軍勢。それが目と鼻の先に存在する。
その威圧をあなたは想像出来るであろうか?
しかもその全てが人を遥かに超える力をもつ者達の軍勢だ。
それを背後に居る。たった20余名で何とかしろとは……。
何とかしろと言ってくる大賢者も大概だが、一応奇策には分類されるだろうが。正面衝突みたいな作戦を立てたグーストも大概だった。
彼らの心情を分かり易く言うならば。
……想像してほしい。
無力な君や私。それが、たった一人で何も持たずにTレックスやラプトルの巣に放り込まれ、そこに住む肉食獣達の獰猛な視線が全て君に集中した様なものだ。
……私たちは何を考える事が出来るだろう?
尻尾を巻いて心臓が止まるまで逃げうようとするのはまだ精神が強い部類だと思う。
足場に落ちる石を片手に迎え撃てるなら、ソイツは間違いなく強者と言える。
普通の精神力なら耐えられない。
私ならば膝が恐怖で笑うの通り越して岩の様に重く、耐えきれずに膝を折るかもしれない。その際に無様に失禁し、下腹部を濡らすかもしれない。顔をグショグショにして言葉の分かるはずの無い相手に向けて必死に命乞いをするかもしれない。
……ともかく、一歩も踏み出す事など出来はしなしだろう。そうして最後の時まで恐怖に濡れて、言葉に成らない事を呟きながら食い殺されるのは間違いないだろう。
「準備は良いか!!」
魔族達が率いる大群にに対し、若干の怯えの念があるものの、怖気づく事無く構える勇者候補第12支部に面々は各自自分の持ち場へと。出来る事を成そうとする。
--作戦名・キャノンボール--。
だいぶ前に、幼い子供たちの遊びを眺めていたグーストが、この危機的状況下でそのまま転用した狂気の沙汰。
それを自慢げに言われた時は外周区に住まう勇者候補達は目の前の教官の正気を疑ったものだ。
それでも反対意見が出なかったのは、ただ単純に一番危険な役が自分に振られなかった為とそれ以上良い案が浮かばなかっただけ……いや、たった一人この作戦に反対した少女がいた。
ただし、それは反対というより癇癪に近かったのも事実ではある。
「グースト、アンタ馬鹿なんですか!?」
その作戦聞いた少女はこれ見よがしのため息と罵声を浴びかけさせるというダブルアタックを敢行。トドメとばかりに背筋を凍らす視線で、見上げる程の身長差がある筈のグーストを見下した。
「おいおい、キュルケさん……いきなりそれは流石にひどいと思いますよ?」
その隠すことも無い侮蔑の罵倒に、いつも言っている筈の口癖……口調をも忘れてしまう。
「こんなの作戦って呼べるものじゃないでしょう。
自殺をしたいなら勝手にしてください」
「いや、……これは大賢者の命令とお前らの安全。そして外周区の存亡……全てを擦り合わせた上の作戦だと思っていましたけれども……」
決して自殺がしたいわけではない彼は。何かマズかったでしょうか?とキュルケにうかがう。
目の前の少女と中年、教官と勇者候補。その立場は既に半ば逆転しつつあった。
「それでも、奇跡でも起きない限り成功しない作戦を実行する位なら何か良い案が有るでしょう!!」
「って言われてもだな~。
あと数時間後には連中。ここを包囲してしまうだろう?……それまでに良い案がでてくるならそれに切り替えても別に構わんのですよ?」
そう言われては唇を噛むしかないキュルケ。
そもそも時間が足りない。
いつかは来るだろうと思われていた事ではあるが、それがここまで接近されるまで気付けなかった事に臍をかむ思いは、人種族全体の考えだろう。
それこそ中央区が意図的に情報提示を遅らせた気さえするほどにだ。
しかし、今更嘆こうとどうしようもない。
囲まれてしまえば逃げると言う選択肢は存在しなくなり、そして大賢者の命令は絶対順守なのは変わりない。
「それにだ……この作戦が成功するなら魔族たちの足を止める事が出来るかもしれんぜ?
そうなれば、副次的にだが傭兵達がより多くの人を逃がせることが出来るだろう。そうなれば、死ぬかもしれない状況にも救いがあるってモンじゃねぇ?」
考えるように黙り込んだキュルケに、そのおかげでいつもの口調を戻しつつグーストは口を開く、
「それにだ! この作戦が成功したなら、流石に中央区の連中や他の機関もウチらを馬鹿には出来なくなるでショ」
「そんなことどうでもいい!!」
「はい! すいません!」
静かになったキュルケに大丈夫だと思っていた為、彼女の皮膚を震わす大声に、大きな驚きと共にキュルケの怒声にグーストは背筋を伸ばした。
……いまだ逆転した上下関係の修正は、成されてはいないようだ。
痩身ながらも大の男が、自分の半分も年端のいかない少女にビクビクすると言うのはとてもシュールな光景だと、その場にいる全員が思うが、決して口には出さない。……この場で出してしまったらその矛先が自分に向きかけない。それだけは避けねばならないというのが、その場に居る全員の共通事項。
それは目の前の教官より、今声を荒げている少女の方が危険だからに他ならない。
しかし中には命知らずの強者も存在する訳で、
「で、どうすんの?」
二人のやり取りを眺めていた少年たちの向こう。壁に背を預けた少年がやれやれといった風にあきれ声を零した。
グーストとキュルケ以外声を出す事が出来る者が居ないと思われていた時に、投げ出された言葉。その声の主に全ての視線が殺到した。
先ほどキュルケに仕留められかけた少年、そして、この場で居る存在でグーストを抜かし、唯一彼女に意見できる少年。
「俺は教官の作戦良いと思うぜ。ここまで来たら戦うしかないんだしさ」
「そうだなぁ」
黙ってなさい。と、射殺しかねない視線でキャル二を睨みつけた事で、僅かに出来た隙にグーストは助かったとばかりに考えをまとめる事にした。
「時間もないし。
今から10分間考える時間を与えるからキャノンボールより良い作戦を、何か思いついたら言って。……優先事項の、
1、指揮している上位魔人を狩る。
2、出来うる限り外周区に被害を出さない。
3、犠牲を出す作戦は却下。
この三つを極力守れそうなヤツで良いからなぁ」
そうして、10分の休憩を挟んだものの。状況が状況だけにより効果的な意見などでよう筈もなかった。
魔獣達の最前列が薄らと目視できるほどに迫る中。
戦場の最前線にして正念場に集まる、グーストを含めた勇者候補達が合わせて20余名。
彼らは天文学的な数値の可能性に賭けて構える。
「準備良いかぁ!?」
|今にも飛び出す事が可能の姿勢で固まり、周りに居る子供たちに大声をあげるグースト。
彼のすぐ後ろには、まだ納得していないと。不機嫌さを隠そうともしないキュルケが、頬を膨らませて、教官を挟んで対角線上のキャル二とその向こうに存在する魔獣達の群れを睨めつける。
作戦の要を担う彼女のぶーたれた態度に、相手に接敵する前に失敗するかもしれないと思ってしまうのは仕方ない。
そうなったら俺は確実に即死する。
流石に実行段階になったら機嫌はともかく、しっかり役目を果たしてくれる筈だ。
……果たしてくれるよな?
……作戦を立てた時は、これしかないと思っていましたが、こんな投身自殺まがいの蛮行を考えた当時の自分をぶん殴りたいが気分。
だけど今更だな。
「もう時間もねぇし、チャッチャとやってチャッチャと終わらそうか!」
「「「おお!!」」」
全員の士気を下げ無い為に、気安く問題無い。という風に号令をかけ。
皆、一様に声を上げた。
バリケードの方から少年少女達から猛る声が響き、作戦を実行するには十分な士気を保っているのが分かる。
相変わらずに頬を膨らませて返事を返さないキュルケに、一抹の不安が残るものの仕方ない。
「レディ~」
キャル二の声が響いて、重くなっっていた腰を上げて、いつ『ゴー』のサインが出ても良いように踏ん張る。
(グースト…)
キャル二の『ゴー』の前に、まだ不機嫌な声が、耳朶を伝わずに聞こえた。
空気を伝い音を拡散させ鼓膜の振動にて聞こえる言葉とは違い、魔力に声を乗せる魔術。
幅広い応用力を持つこの高等技術を扱えるの存在は、グーストの知る中で二人。大賢者とキュルケしか知らない。
「ん? なんだ?」
直接脳に響いた幻聴と、錯覚しかねない行為をされたグーストだが、別にいつもの事と手慣れた返事で返すものの、グーストが同じ術を使えるわけがなく、声に出して応えることになるのは当然といえる。
(…………)
「ゴー!!」
期待したキュルケの返事が返ってくる事無く、発射のゴーサインが出てしまった。
後ろ髪を大量に引かれるものの、ここで自分が作戦を放棄する訳にもいかない。
構えるキュルケに向けて全速力で駆けだした。
「『大気に住まいし小さき絶対者。形無き世界の要を担う者達よ』」
背後から聞こえる『空気砲』の詠唱を確認。
なら何の問題もいらないと。前に立つキャル二にむけて更に加速。
体力ならまだしも、速度はケンタウルスにだって負ける気はしない。
その体当たりしかねない速度を保ったままに、グングンと二人の距離を詰め。
「1・2の…!」
最後に歩幅を調整して、踏み台となるキャル二とタイミングを測り。
「3!!」
キャル二の組んだ組んだ両指を、何の遠慮も無く足をかけて踏ん張る。
「うぅりゃぁ!!」
微妙に力が向ける気合と同時にかかる、下から上に向かうキャル二の力。それに合わせて膝に込めた力を解放する。
一切の減速をしなかった事により生まれた大跳躍。
それに伴って起きた空気による抵抗を肌で感じながら。一人では出せない高さまで飛翔した。
「『その力を束ね集いて力となせ!』」
最頂点まで一気に跳ぶグースト。その頂点にたどり着く前の彼にむけてキュルケの詠唱が完成し、何の遠慮も無く解放された。
本来『空気砲』は限界まで圧縮された空気刃の砲丸を放ち、どんな鉱物をも削り斬り裂き抉る攻撃術。それを直接普通の生き物であるグーストにぶつけたならば臓物を撒き散らせてミンチになるだろう魔術。でも、それだとただ死体が出来上がるだけで意味がない。
グーストを飲み込むほど巨大な空気。
圧縮の工程を省略した事で、巨大な空気の球体となった『空気砲』は彼を包み込むと同時に大群へと向けて吹き飛ばした。
「ぐぅ……ぁ!!」
圧縮の工程を省略したとはいえ、その空気に籠る熱と圧力に、
彼の食い締めた唇から洩れる苦悶の声と骨の軋む音。
(生きて帰ってこないと許さないから!)
そしてキュルケの念話が脳に響いて。
その全てを飲み込んだ。