あぶれた者達が住まう地
外周区。
それは人種が最も栄えた前時代。その幕が突如として下ろさせる事となったことで、あぶれた者達の置去りの場所。
失われた文明。
失われた技術。
失われた歴史。
失われた秩序。
しかし、命だけは残った。……残された。
発達した魔導技術によって莫大の数を保ち増やして来た人種。その支えで有るそれを失えばどうなるか? それは、後は火を見るより明らかで、その日の糧を得る事すら困難に陥る事となる。
既に技術の向上によって浪費していた土地は新たな実りを宿す事もなく、人種は完全に袋小路に行き詰る。
資源の枯渇した不毛の地。
命綱。生命線であった技術も失われ。人、彼らに敷かれた選択肢は二つ。
残ったモノをかき集めて中へと籠り、確実に少なき命を生かして大半を棄てるか。外へと手を伸ばし、全てを失う覚悟で強大にて巨大な敵と対峙する。
選んだのは前者だった。
利に聡い者若しくは、他を蹴落してでも生に執着する者たちから率先して僅かに残った技術の独占と占有を開始した。それによって外へと向かう事が出来なくなった人、数年で数十倍まで増やした人種は同じく数十分の1まで落ち込む事となった。
残った命は無為に散らす。その時の惨事は言葉にするのも憚られる。
中には共食い等の禁忌に走った奴も居る事だろう。亡命、裏切りによって魔王の元へと下った者も居る。
皆、我先にと生へとしがみ付いたが、そのほとんど振い落された。
その結果、手遅れになる者達が存在の方が大多数占める事となる。……そんな中、生き延びた者達が集うのが‘外周区’。‘中央区’と呼ばれる魔導技術を占有した者たちが住まう地と、その周りに集まった零れ落ちた者達が生きる場。
そんな中に有る。
「お~い。皆揃っているかぁ?」
小屋ともいえない雑居に、勇者育成機関の教官グーストは足を踏み入れた。
屋根は存在するものの、その大半が消失しており意味を成していない。完璧な野晒だ……ここまで来ると、既に小屋では無く柵。
そんな限り無く柵に近い場所に20名近い少年少女が雑多存在し、皆気負う事無くくつろいでいた。
「グースト!!」
その中の一人、出口に一番近かった少女がグーストに気付くと、頭二つは高い彼を恐れる事無く大声を上げた。
その声に、室内(?)に居た全員の視線がグーストに集まるのは当然の事。
目の前の少女は喜び染まる視線と声音を上げ。周りの視線には幾分の怯えが混じった視線なものの、親愛の念が込められている。
しかし、グーストは自分に向けられた視線を気にした風も無く、声を上げた少女へと近付き頭の上に力を込めた手を置いてキツく言うが、
「おい、この馬鹿野郎。
俺は別に構わんが、何処に誰の目が有るか分らんから、教官は付けろと言っとるだろうが」
「ごめんなさ~い」
少女は悪びれた風も無く、いつも通りの言葉と共に、お茶目に片目をつむって見せた。
グーストはいつもの事と浅く息を零して諦める。何より、コイツは前の弟子より要領が良い。今更その程度の失態を晒すとは思えないが、釘はさしおかなければならない。
そして、グーストは足りない部下達の頭数を確認し、
「まぁいいわ。
それよりキュルケ、緊急招集だ。10分以内に居ない奴呼んで来い」
「え!? 何よいきなり、何が有ったの?」
「いいから呼んで来い。
呼んできたら説明してやるからよっ」
キュルケの頭に置いて有った手を、何度か豪快に揺らして頭をシェイクした。
くすんだ色の髪が乱れるが、『あ~~ぁ~~あ~~』キュルケは楽しそうにと声を出すが、この程度の揺れで酔う様な鍛え方は当然してはいない。
双方ともに充分満足するまで手を揺らした後その頭を解放する。
「ハイハイ、分りました。
行ってきます~」
キュルケは乱れた髪もそののままに小屋から出て行った。
その表情を誰にも悟られる事無く……。
キュルケが飛び出してからきっかり10分、キャルニをはじめとする子供たちが狭い小屋(柵?)の中へと所狭しと並んでいた。
「全員集まったか~?」
グーストのやる気の無い言葉が響き渡り、20余名の子供たちは、何を言う訳でも無く彼を見つめて一言一句聞き逃す事の無い様身構えた。
「んじゃ、はじめるぞ」
彼はそう前置きし、
「まぁ、何が有るって訳じゃ無い。
両日中に魔族の大群がやって来るってだけだ」
何でもなさげに言った。
「……」
グーストは大賢者と同じ様に結果から先に言った。違うのは聞き手。この方法、結果から伝えるのは、端的かつより早く伝わる方法だが、しかし内容が解らない。
それは人にによっては少なくない混乱を招く。事実、大賢者から伝えられた者達は、混乱とまではいかず少人数ながらも動揺を露にしていた。
しかし、子供達には何の動揺らしい動揺も無く受け入れている。
「ンで、その数おおよそ10万を越えてる。分っている事はソレだけだ。
編成は不明。何人かの上位魔人が確認できたが、どの個体が仕切っているのも分らん。危機的状況と言える。
……ウチら第11勇者候補育成機関に下った命令は、その上位魔人を狩る事なんだが……。
……ぶっちゃけた話、今更防衛しようとどうしようもないのは自明の理。包囲させる前の今なら逃げられるだろうから、逃げたい奴が居たら逃げて良いぞ-。
戦死した事にしといてやるから~」
少年達に動揺など無いが、暗澹たる雰囲気が纏う。
当たり前だ。
下級の魔族や魔獣ですら、勇者候補が単独で挑むには危険な相手だ。そんな連中が10万、勇者候補と傭兵団全員集めた所で、奴らの百分の一にも届かない。
ましてや唯の人は、魔法を使う魔族に何人束になろうと、的にしかならない。
精々、無駄打ちさせる程度の事しか出来ないだろう。
表情と感情に出さずとも、思考からにじみ出でても仕方ない事だろう。
「教官~。
何、馬鹿な言ってるんっすか? 俺らに他に行く所なんか無いって知ってるじゃん」
「キャルニ、手前ェ場を和まそうとした俺に、馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
その集まる子供達の内で、肌を浅黒く焼き小さな傷が所々にある少年がグーストに大きな声の茶々を入れ、暗く落ち込んだ少年達に、明るい笑い声が上がり。
そして、キャルニの頭目がけて下ろされた拳に更なる笑い声が上るのは、当然と言えるかもしれない。
「っあぁ!?」
「この馬鹿!!
黙ってグーストの話を聞きなさいよ」
少女によって落とされた激痛に、眼前に星を瞬かせ蹲るキャルニ。そんな彼を少女はゴミでも見る様な目で見下し、
「キュ……ルケねぇ!?」
激痛に苛まれるキャルニ、彼は滲む視線の中にこの痛みの元、彼にとって暴虐の化身とも言える少女の名前を呼んだ。
「何? もっとして欲しい? ならあげるわよ」
「ひっ!!」
決してそう言う意味で名を呼んだ訳では無いに違いない。
ない筈だが、少女は当然とでも言う様に更に追撃を、止めを刺さんばかり、まるでサッカーボールを蹴る要領で足を振りかぶった。
笑いに包まれていた子供たちが凍りつく、ポカ程度なら笑い話で済む話だが、何事もやり過ぎ笑えない。
そして、それを止めようとする強者は誰も居なかった。
向けられる事は無いだろうが、止める為に手を出した瞬間その矛先が自分へと向けられるかもしれないと思うと、止められないのは仕方ない事だろう。
「待て、まて、マテ!
これから大群が押し寄せて来るって時に、数少ない貴重な戦力を減らしてどうする」
絶体絶命の危機的状況のキャルニ。その命を救ったのは、流石に焦った口調のグースト。
先程までの間延びした口調ではない、一秒をも争う程の切羽詰まったモノで、振り上げたキュルケの足を掴み上げて宙吊りにする。
さしものキュルケも、片手で持ち上げられた事で驚きの表情を浮かべる。
「何よ」
「それ以上は、やり過ぎ」
逆さ吊りのままキュルケは表情を戻し、私は悪くないと睨みつけるキュルケ。彼女に視線を合わせて叱責するも、彼女は憮然と頬を膨らませて、そっぽを向いた。
「お前もキャルニも大事な戦力だ。今失う訳にもいかんだろう」
去りたいと言うなら別に構わんが。と一言付け加えて床へ下ろす。キュルケは器用に開脚。
まるでコンパスの様に、腰の位置を寸分ともに違わず元の姿勢へと戻った事で、周りから安堵の溜め息が周りの子供達から漏れ落ちた。
地に足を着けたキュルケ、彼女は頬をそっぽに向けて元居た位置へと戻って行く。
「さて、話しを戻そうか」
グ-ストはそんなキュルケを見届けて、少年達が見渡せる所へ戻る。
故に、少女の鳥がさえずる様な呟きは彼には届かなかった。
―私がグーストを置いて何処かに行く訳無いじゃない――
「んで、何処まで話したっけ?
……そうそう、逃げたい奴居るか? って所までだったな。
……どうする?」
改めてどうするかを問う。
キャルニが作り出した雰囲気のお陰だろう。先程と違い感情を露にし。何人かは頷き、また視線を俯かせ。
そして、当の本人は痛みが残る頭をさすりながら部屋の隅に身体を預けて立ち。幾分の怯えと警戒の色濃い視線で、一際幼い子供達を囲んで座るキュルケを見ている。
充分に時間をかけて子供たちの反応を伺うグースト。
子供達は誰一人動かない。
それは皆が皆、道を決めたと言う事。
「別に逃げたって良いんだぜ。
死ぬ位なら逃げろって、いつも言っているだろ。このまま数時間後には奴らの包囲が完成するだろう。そしたら逃げられなくなる」
改めて現状を…実状を話し、逃げる為のいい訳を作った所で変わらず、誰一人動かない。その光景に一瞬痛々しいものを見る様に貌を崩すグースト。
それは、幼い子供達が死の覚悟を決めた事を意味する事への罪悪感。
そして、その一瞬に気付いたのはキャルニとキュルケも表情を崩した。
「……そうか。
ならば作戦を話す」
表情を変えたのも一瞬ならば、雰囲気を変えたのも一瞬の出来事だった。
グーストのそれは教官のソレ。張り詰めた気配が子供達に圧し掛かかり、短い悲鳴がキュルケの周りの幼き子らから上がるが、今度は構わずに話を進める。
「作戦と言ってもそれ程大掛かりなモノでは無い単純なモノだ」
作戦の概要は確かに大賢者から下りてくるが、細かな内容まで下りてくる訳では無い。
故に彼は言う。
「決して死ぬなよ」
その可能性が自分に有る事を知るゆえに。
次の回でクリューエル様が出てくる予定です。
次回『魔王邂逅』
の予定。