プロローグ
広く狭いその世界には。
十の魔王。七の龍神。そして在野には数多の邪神 魔神が蔓延り、魔物の軍勢が跋扈する。神すら逃げだした。人種が住まうにはとても厳しい世界。
しかし彼らは、か弱いながらも身を寄せ合あって存在していた。
だが、在り方は、まるで無人島に流れ着いた孤立無援の漂流者に似ていた。…イヤ、それより悪い。
周りは牙を剥く魔物の群れ。日夜繰り返される彼らの襲撃に、誰かの悲鳴。
人種族にとっては強固な柵にや壁であっても、彼ら魔物にとってはとるに足りない障害物に過ぎない事が。
やる気ならば、いつでも滅ぼせると暗に語っていた。
それでも物を喰わなければ命を落とす。
故にガリガリの身体で荒廃した大地に鍬を突き立て、獲物を求め槍を片手に魔物を狩る為外へ出る。
しかしだ。荒廃したと言うだけあって作物も出来辛く、僅かな収穫しかとれず、狩りに出た者内10人中1人帰って来れば良い方で、死体も残らず魔物の胃の中に収まる事の方が多いだろう。
だが、そんな彼らもまだ良い方で。更に悪い者達となると、道端に人の亡骸が如く眠る彼らだろう。
カラスが啄む彼ら。背中と四肢の先から蛆が沸き。それをカラスが餌とする。
腐臭が漂う中、啄まれながらもその肺運動を続ける者もいた。
そして、その様を隣で膝を抱えて座る、骨に申し訳程度に皮が付いたと形容出来る子供達。
彼はそれを身じろぎせずにカラスの食事風景を諦観に目で視界に納め、次は自分の番だと眺めていた。
当然、全ての人がその様な生活をしていた訳ではないが、誰もその手を差し伸べる程の余力が有る訳も無く、自分の事で精一杯。中には魔王に支配された豊穣なる土地を解放しようと、人を何度となく送ったが。その全てが失敗に終わっていた。
飢餓による空腹。非力な身体を蝕む様々な暴力。諦観から来る無気力。
それら全てが人種に絶望を与えていた。
――――
そこほ人が1000人は悠に入れる大広間。
そこに一人の男に対して、4人の人が囲み、息も吐かせぬ猛攻を繰り広げ。その周りを100を超える何かが見守っていた。
「イヤアァッ!!」
血にまみれた白銀の鎧のを着た少女、その吐き出す気合いと共にその背を越える大剣を、まるで木の枝でも振るうかの如く男に斬りかかるが、男は迫る刃に手を添えると、力はそのままに流れと向きを容易く変え、そのまま地面へと叩きつけた。
ドンッ!
と叩きつけられた地面は鈍い轟音と共に陥没。見た目に通りの破壊を大剣は示した。
打ちつけられた大地、そこを中心にして大規模な振動がまわりへと伝播。常人なら揺れに足を取られる程の揺れから、二人は何の問題も無く次の動作へ移っていた。
「フッ!」
少女は、短い吐息と共に男の間合いを後ろへとステップを踏み離れようとし、男はその胸元に触れる様に手を伸ばして、触れた。
バックステップで距離を取ろうとした少女、その行動は成功することとなる。離れる彼女に対して男は動かず佇んで居たからだ。一歩離れるごとに3M、5Mと距離を取り、
「カハッ!?」
三歩目で少女は膝をついて吐血した。
「セレナ!!」
その状況を確認した大男が叫び、セレナと呼ばれた少女の前に立ち、自分の体を軽く超える巨大な盾を構えて隠し、敵である男を睨みながら周りに指示を飛ばす。
「ポーラ! セレナの治療を…… ムーア!!」
大男が指示を出す前にポーラと呼ばれた、白いローブの少女はセレナの下へ駆けだしており、ムーアと呼ばれたポーラと真逆の黒いローブに身に纏い、彼女と同じ貌の少女は名を呼ばれる前に行動に移していた。
「『火弾と成りて我が敵を討て』」
『ファイヤー・ボール』その名の通り火の球を生み出す最もポピュラー括簡単な魔術、であると同時にその術者の力を現す魔法でもあった。
一般的にその大きさは直径30CM前後……大体バスケットボール位が平均的だが。
彼女のそれは3Mを悠に越え……。
彼女の蠢く魔力は、熱量と速度にも魔力を込め、この一帯を吹き飛ばす破壊力を得て、敵である男一人に行使する。
「ポーラッ!」
その事に気付いた大男は叫び、男とセレナの直線上に立ち来るであろう衝撃に備え。ポーラも言葉無くとも理解し、片膝着くセレナと共に盾の後ろへと身を隠す。
その事を確認するムーア。
当たれば骨ごと焼失する熱量の火球が音速で放たれた。
ムーアから放たれた魔術。ファイヤー・ボールの姿を借りた全く次元の異なるモノは次の瞬間、男を焼き尽すだろう。そう、彼女の魔法は低級の邪神すら焼く事が出来る。
その事実が彼らに確信を持たせ、少女達は衝撃と爆炎に備え、敵から視線を外した。
しかし盾を構えた大男。彼だけは他の少女達と違い歴戦の戦士だった。故に、確実に死体を確かめるまでは目を逸らさずに男を見据えていた。
その為、彼だけはコンマ0.1秒にも満たない男の呟きと事象を見逃す事無く出来た。
その熱は、充分に距離を取った彼らにまで届き皮膚を炙る。
放たれる前かられだけのそ威力を持った魔法だ。例え殺せなくとも致命傷を与える事が出来る筈。
「いっけぇー!」
可憐 愛くるしいともとれるムーアの唇から、獰猛な肉食獣を思わせる怒声と共に、発射された火球。
迫る豪炎。視覚を埋め尽くす火弾。
空気を焼く音と匂いの中、男は徐に片手をその暴威に向け小さく呟いた。
「『炎弾よ』」
男の低い声。それと共に手の平に産まれた拳程も無い小さな火球。
それを迫る脅威に向る。ただそれだけでムーアの炎弾は着弾と同時に消失した。
「なっ!?」
その呟きはムーアのものか自分のものなのか大男は分らなかった。だが、二人の経験と本能は自然に今の現象を理解した。
大男は見ていたが故に、ムーアは自分の魔力を通じて理解し、……同時にそれを否定した。
そもそも誰が信じられるだろう。あれだけ火球が掌程度の火球に喰われるなどと。
「フム…、今のは中々のモノだったぞ。」
たった今、荒れ狂う炎を消した男は、そんな二人の精神的衝撃を察してか、未だ掌で燻ぶる炎を消し。指を鳴らすと何も無い所に滲み出す様に玉座が現れた。
「人間がそこまでの力を持てるまでに到れたなら、まだまだ先は明るかるかろうに。楔まで持ち出して我に挑むのは何故か?」
無造作に玉座へと体を預け、目の前の人らへ問いかけた。
問いかけによって生まれた僅か間。
それは、衝撃を逸らし、怪我を治し戦線に復帰させるには充分だった。
「ヴォル、ありがとう。もう大丈夫だからサポートお願い。」
ポーラによって治療が終ったセレナ、彼女は大男に背後から話しかけ一歩前へ出た。
ヴォルマルク…ヴォルと呼ばれた大男はセレナを一瞥。無事なのを確認すると、頷いて後方に居るポーラとムーアの盾となれ、いつでもセレナのサポートに入れる位置へと移動した。
「理の魔王。この度の謁見……
この様な形となりまして謝罪申し上げます。
そして、ここまで非礼をして、尚、問答の機会を頂き感謝いたします。」
セレナはその問いに、構えを崩さず最大限の敬意を払って答えた。
その態度に周りの視線は、「頭を垂らせ」「膝を折るべきだ」等聞こえるが、それを魔王と呼ばれた男は視線一つずらしただけで黙らした。
「そのままで良い。続けよ」
セレナと魔王を見つめ合い、視線を合わせる。
まだ10を越えたばかりであろう少女に、視線だけで、常人ならば命を絶てるだろう。万年を悠に生きる圧倒的強者の威圧。
それを一身に受け怯まず言を続ける。
「王よ、端的に申し上げます。
今、人が住む土地に寿命が尽きかけており、種としての存続出来るかの、瀬戸際におります。
大地は痩せて朽ち、植物は実を成さず、困窮は進み、日々の糧を得る事も難しくなり、人も土地と共に急激な衰退を余儀なくされました。
そんな中、大地に豊穣を取り戻せる魔術の存在を知り、手に入れました。
ですが、私達が持つ微々たる魔力では命を奪う事が出来ても、大地に干渉するような大魔術、命を賭しても行使する事など不可能なのです。そして……」
淡々と告げるセレナ。しかし、その先をからはとても苦々しいものと代わり、言葉を濁した。
「故に、大魔術を行使するに当たって我の魔力の元である心の臓が目的か?
そして、隣の芝である我の土地を、あまよくば手中に入れる。そんな所か?」
言葉を濁すセレナ、彼女の言葉を引き継ぐかたちで魔王はその口を開き、
正鵠を射抜かれたセレナや他の仲間達も驚愕でその目を見開いた。
「図星か…。
そのような事が、例え成功したとて滅びまでの時間を先延ばしかなるまいに……」
「それでも!」
魔王の溜め息混じりの言葉を、セレナの絶叫にも似た叫びが遮った。
「……それでも、今を生きる人達を生かす事が出来ます」
「例えその魔術が成功したとしよう。その朽ちかけた楔では10年の豊穣が精々であろうに」
「今!
この時も失われる命があり、それを止める手段があるなら例え一時凌ぎだろうと構いません。
稼いだその時間で新たな方法を探します」
セレナは自分の言葉で覚悟を決めた。
構えに改めて殺意が込められ、周りの視線にどよめきと殺意が生まれた。イヤ、周りの視線に込められた殺意は元々込められており、最初から魔王の指示あればいつでも八つ裂きにする為に、その異形の力を揮うつもりだった。
そうしないのは、ただ単に魔王本人に止められていたに過ぎない。
しかし、話の中心である魔王。彼は変った空気を気にせずに問答を続けた。
「フム…、大地に干渉する魔術か。
……当然リスクについても知っているであろうな?」
「リスク?」
刃に殺意を込めたセレナ。だが、魔王の一言でその剣先が僅かにゆれる。
「そう、リスクだ。
当然であろう。世界最高の魔力を持つ‘星’に魔法をかけるのだ。その事を予想して……」
「黙れ魔王」
魔王の言葉を、今度はヴォルマルクが遮った。
「セレナ! 奴の言葉に惑わされるな!」
「でも…」
「でもじゃ無い!
奴は魔王だぞ! 人の敵である魔王だ。その言葉に真実等在りはしない! 在るのは人類に対する脅威だけだ。今の言葉もお前の心理を誘導する為の言葉に過ぎない!」
「…………」
寡黙なヴォルマルクの激昂に戸惑うセレナ。
そして、言葉を途中で遮られた魔王。彼は気を害した風も無く、目の前の人の行く末を見守っていた。
「お前も見て来ただろう。魔物に襲われた者たちの怨嗟の声を。
今、此処で奴を打ち取らなければ、被害は増え、また嘆きの声を聞くこととなるぞ。
そして、人の土地はもう限界だとお前も見て来た筈だ。もし、俺達が失敗したとしたら人は近い内に間違いなく滅ぶ。それは、間違い無い!
だから、この決戦で魔王を必ず討ち滅ぼす為に虎の仔の《焔》を預かっただろが!?」
「……そう、ね。
決めたものね」
セレナは自分の持つ大剣を一瞥。
そうして、不安 葛藤等といった感情を振り払って覚悟を決めた。
その様を見守っていた魔王。彼は、問答の終りを感じ、背を預けていた玉座より立ち上がり、人らの答えを問うた
「さて、結論が出たようだな、人らよ」
「はい。決まりました。
魔王よ。……貴方を討ちます。」
セレナの答えに仲間達のは構えた。
「ヴォル。 ムーア。 ポーラ。魔王を討つよ、準備は良い!?」
「おう」
「もとから、アイツは私の獲物。折角のチャンスを見逃す訳無い。」
「もう、ムーアちゃん!! 大丈夫だよセレナちゃん。此処まで一緒に来れたんだもの……、魔王を倒そう!」
周りを取り囲む異形の者たちは、魔王の気まぐれにて襲いかかって来ないが、いつ魔王の気が変って襲い掛ってきてもおかしく無い。
ならば、今が魔王が自身の言葉を覆す前に討ち果たすべき。
そう判断したセレナの声に、仲間はそれぞれの覚悟を決めて返す。
「そうか……、
ならば契約をしてやろう」
「契…約?」
急な話にセレナは訝しみ、周りの者たち。人や異形の者たちもそれは一緒。イヤ周り者たちの方が激しい動揺が走るが、魔王は変らず続ける。
「なぁに、破ることの出来ない約束の様なモノだ。
……皆の者。もし、この戦い。我が討たとしても、一切の報復を禁じる。
良いな!?」
魔王は周りに犇めく異形に向け、声を張り上げた。
その宣言は異形の者たちに少く無い衝撃を与えたが、有無言わさず了承された。
続けて人に向け声を張り上げる。
「人の子らよ。
もし我を討つ事が出来たならば、我が心の蔵をくれていやる。
だが、もし此処で主らが倒れるならば、報復は勇者を手向けた、全ての人に向ける!!
……解ったか?
精々、抗えよ」
今まで一定の口調を保っていた魔王。それが一瞬にして悪意の塊の如き笑みを作り宣言した。
その笑みを見た人は愚か、周りの異形すら、その恐怖に息を詰まられた。
翌日 理の魔王こと クリューエル・ラオが人に対し蹂躙を開始した。
生きる事すらままならない人は、抗う事すら出来ず、開始数時間で人の地は理の魔王の支配下に置かれることとなった。