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動かず見つめて 5

「だから!さっきから言ってるように、テーブルに肘をつかないで!みっともないですよ。」

「えぇ~っ?!ステンノちゃんって、お嬢様系?結構細かい事気にする系のヒトなんすかぁ?」

「細かい事じゃなくて、常識でしょ!肘ついてご飯食べないのは!!あぁっ!零れて……姿勢が悪いから……ちゃんと背筋伸ばして!」

「えへへへ~、なんか、ステンノちゃんって、家庭的ッつうか~お母さん系?オレ、女子にそういうのされるの嫌いじゃないッすよぉ!……あっ!でもでもマザコンって訳じゃないッすからね?!オカンとかぁマジうざい派なんでぇ~。」

「ちょっと、私の話聞いてます?肘つくなって言ってるんですよ?!」

「えぇ~~っ!ナニナニ!この肉、パネェわ!マジパネェ!よくわかんねーけどパネェうまさだわ!ステンノちゃんも食いました?この肉、パネェっすよ!!」

「だから、肘つくな!フォークを人に向けるなっ!!」


 何だこの会話……噛み合うって言うか……アホな男子高校生と生活指導する女教師、いや、おバカな幼稚園児とお姉さん先生、ですよねぇ……。

 お見合いしてる男女が「趣味」だの「休日の過ごし方」だのとモソモソ相手の腹を探り合う、そんな会話とは程遠い、半ばけんか腰(一方的に)の会話に私は首をかしげお爺ちゃんの顔を見る。

「……まぁ、悪い方に『特別』なようではありますよね……」

 私の正直な感想にお爺ちゃんは「ホッホッホッ」と笑い、サバランの上の生クリームをフォークで掬って舐めた。

「ハルちゃんも、まだまだじゃのぉ~。アレじゃ、アレ。『いやよいやよも好きのうち』って奴じゃ。ここから、劇的にステンノちゃんがデレ期突入じゃわ!ラブコメ定番の流れじゃわい!」

 明らかに野次馬的感想のお爺ちゃんの意見に私の右と左の眉はグッと仲良くなる。

 ジジィ、「いやよいやよも好きのうち」はイケメン限定だ。大抵は本当に「マジで嫌」の一択だ。世の中イケメン無罪なんだよ。あのチャラ男はイケメンではない、だから本当に「嫌」なんだよ。つまりチャラ男は有罪なんだよ。

 そんな心の声が漏れそうになったが、グッと耐える。

 百歩、いや五百歩……いや42.195キロ譲って奴がステンノさんの目にはイケメンに映っていたとしても、だ!アレはない!お食事マナーをアレほど注意されるお見合いなどない!

 もう、大人の男女としての関係はあの二人には築けないよ!あんだけ食事マナー注意されたジャックさんがステンノさん好きになるわけないじゃん!ステンノさんもジャックさんの事好きになるわけないじゃん!

「……いや、ステンノさんの長女的性質による母性本能の発露にしか私には見えませんが……」

「そういう母性本能くすぐる男が立派な『ヒモ』になれるんじゃわい。」

 ふざけた発言をして笑うお爺ちゃんを私は睨む。ヒモ紹介する婚活があるかよ?!

 このお見合いは失敗に終わるだろう。だったら「お見合い失敗」でステンノさんを無駄に傷つける前に、早くタオルを投げ込んでやるってばよ!

 私は変な緊張でプルプルしながら二人の会話に聞き耳を立て、お見合い中断のタイミングをはかってみたがステンノさんたちの会話は意外にも途切れず、私は介入のポイントを掴めずにいた。

 あ、あれ?これって本当に「いやよいやよも~」のデレ期突入なのか?

 私が判断に迷っているうちに、ステンノさん達のテーブルにはデザートが運ばれ、お食事も終わりが見えてきた。

 もう、このまま食事が終わったら速攻でステンノさんを回収しよう。そんでもって面談してすぐにジャックさんに断りを入れれば、「ステンノさんが断られた」と言う形は避けられる。そうしましょう。折角だから、ステンノさんもデザートを食べてもらいましょう。ミルフィーユ、大変美味しゅうございました。こんな美味しいデザートを食べずに帰るのは気の毒だ。

 そんなふうに私の緊張が少し緩んだ隙に事件は起こった。


 ジャックさんとステンノさんがケーキを食べ終え、ステンノさんがコーヒーを飲みだすと、ジャックさんはへらへら笑いながら話し始めた。

「いやぁ~、それにしてもステンノちゃんってマジ綺麗ッすね!オレェ、実はメドゥーサちゃんとオナチューの二個下なんで、メドゥーサちゃんの事も知ってんですけどぉ。ステンノちゃん達ってマジ美人姉妹ッスよね☆」

 なんか雲行きの怪しい会話になってきた。

 それまでけんか腰に言葉を返していたステンノさんの表情は強張り、無言になる。「デザート」なんて言ってないで、介入したほうが……そう思った私を嘲笑うように、次の瞬間、ジャックさんは笑顔で爆弾を落とした。

「オレらの間でも、メドゥーサちゃん一番人気っつうか、カワイ過ぎて付き合える奴いなかったんすけどぉ、その点ステンノちゃんとなら気楽に付き合えるっつうか~☆ぶっちゃけ、メドゥーサちゃんよりは庶民的レベルッすよね!」

「フガァァァァ~~~ッッッ!!!」

 その言葉が聞こえた瞬間、私の身体は勝手に動いていた。

 私は意味不明な叫びを上げ、手元にあった本革の分厚いメニューをすかさず投げる。自分でも目を疑うような好投でメニューはジャックさんの後頭部にめり込むようにクリーンヒットした。

「ば、ば、バカじゃないっ?!庶民的とか気楽に付き合えるなんて言われて女の子が喜ぶと思うなッ!!」

 完全な狂戦士バーサーカー状態で怒鳴る。

 いきなりメニューが飛んできて目の前の男が倒れるという、突然すぎるシュールな出来事に呆然となっていたステンノさんの手を引っ張り、私は店を飛び出した。勿論この間の私は、アドレナリン大放出中なので周りなんか見えてない。

 後で聞いたのだが、私は慌てて駆け寄ってきた店員さん達を蹴散らして店を出て行ったらしい。お爺ちゃんは通報レベルで騒ぐお店の人達を何とか宥め、みんなの分のお支払いをして(後で経費として請求されました)、モフ太郎は昏倒したジャックさんをおぶって事務所に戻ったそうだ。



「本当に申し訳ありません!!」

 私は地面に擦り付ける勢いで深く頭を下げてステンノさんに謝る。

「いえいえ、もう、本当にそんなっ!……もういいですから、顔を上げてください……」

 ステンノさんは困った顔のまま、頭を下げる私を止めた。

「本当に、本当にごめんなさいっ!!……わた、私、お、お見合い、ぶち、ぶち壊しに……」

 喉の奥が苦しくなって、言葉がうまく出ない。

 本当に何やってんだろう。ステンノさんの境遇に勝手に同情して、何も出来なくて空回りして、挙句ステンノさんの希望とは全然違う相手とお見合いさせて、勝手にキレて自分でぶち壊す。最悪だ。職業人としても人としても、サイテーだ。

 零れそうになる涙をグッと我慢して、もう一度謝罪する。私は泣いていい立場じゃない、寧ろ一番泣いてはいけない事をした。とんでもない暴挙をした私は、泣いて謝るなんて押し付けがましい謝り方は絶対出来ない。

 私が何度も謝っていると、ステンノさんは小さく笑いだした。

「……確かに、あまり謝られると困ってしまうものね。」

 そう呟いてから、頭を下げたままの私の手をとった。

「ねぇ、ハルさん。コーヒーでも奢ってくださらない?私、さっきの店で半分しか飲めなかったの。」

 ステンノさんの優しい提案に私は申し訳ない気持ちと有難さで胸が一杯になった。

「お、奢らせてください!何杯でも!!」

 私の答えにステンノさんは微笑み、美味しいと話題のカフェに連れて行ってくれた。


 小奇麗な店の一番奥の席に座り、ステンノさんと私はカフェラテを注文した。ラテが届くまでステンノさんはテーブルに飾られた花を見つめ静かに微笑んでいた。

 お待たせしました、と湯気を立てたラテがテーブルに置かれると、ステンノさんは私の顔を見て改めて微笑んだ。

「私、こういうカフェにお友達と来たの学生の時以来よ。」

 ステンノさんの穏やかな表情に私は何を言ったらいいのか判らなくて、とにかくもう一度「ごめんなさい」と謝った。ステンノさんは私の謝罪に困ったような笑みを浮かべ、小さな声でポツポツと話し出した。

「……私ね、学校を卒業してスグに実家で働いてたから……よそで働いたことがないの……」

 珍しくステンノさんが自分の事を自ら話し出した。私が話す彼女の目をじっと見ると、ステンノさんは照れたように視線を彷徨わせてからいつものように荒れた自分の指を見つめ、また話を続ける。

「父の手伝いして石材加工したり、細々な事務をしたり……メドゥーサの営業事務なんかもしてたわ。ずっとウチの家族と店の従業員さんと……そう言う『身内』の中だけで仕事して、生きてきたから……よその事、あんまり知らないの。」

 ステンノさんは恥ずかしそうにそう言ってから、少し悲しい目をした。

「……だからね、私は本当に『外』の仕事についていけるのか……よその人に評価してもらえるのか、……判らないし、不安なの……」

 次の言葉を探すステンノさんを、私はじっと待つ。私はようやく彼女の本当の不安が何だったのか判る気がした。

「……エウリュアレやハルさんが、私の結婚をすごく応援してくれてるの判るし、何で応援してくれるのか、その理由もちゃんと知ってるわ。……私も結婚して、あの家から逃げたかった。……ただ逃げ出すために『結婚』がしたかっただけ。『結婚』すれば、誰かの『身内』になれて……多少仕事が出来なくたって、『身内』としてなら受け入れてもらえる。そんな事思ってたのよ……そんな理由で結婚を考えてた。」

 ステンノさんの言葉が私には理解は出来ても、同意できないものだった。

 ステンノさんは傾いてグチャグチャになった実家を建て直し、従業員さん達が『後継者』に押すほど人徳も支持もある。それに彼女はとっても綺麗だ。どうしてそんなに自己否定が強いのか判らない。たとえ、妹のメドゥーサさんがとても綺麗で仕事が出来るにしても、だ。

 私は素直にそれを問うてみた。

「……私、判りません。……ステンノさんはとっても綺麗ですよ。綺麗だし、ちゃんとしてる。……私が『地球世界』で働いてた会社にも独身の……その……年上の女性、結構いました。皆さん、こう言っちゃなんですが、ステンノさんより綺麗じゃないし、仕事だってそんなに出来なくたって、もっと自分に自信ありました。……ステンノさんみたいに自分を卑下したりしてませんでした。」

 私の言葉にステンノさんは少し照れたようにはにかんでから、「アリガト」と小さく笑った。

「……私ね、一度も『主役』になった事ないの。ずっと『脇役』だった。……メドゥーサって言う『主人公』の『引き立て役』にしかなれずにいた。」

 ステンノさんは罪の告白のように苦しそうに眉を寄せ、言葉を吐き出していく。

「……妹のメドゥーサはね、小さい頃すごく身体は弱くて、いつも病気をしてた。父さんも母さんも体の弱いメドゥーサにいつも掛かりっきりで、とても年上の私が『構ってほしい』なんていえる雰囲気じゃなかった。……私達も大きくなってメドゥーサも元気になって……今度は彼女がとても『かわいい』事に皆が夢中になった。かわいくて社交的な彼女と真面目さだけがとりえの私は、いつも姉妹として比べられて、正直窮屈だった。……何をしてもよく出来て綺麗な妹は、いつもみんなの真ん中にいて、私は端からそれを眩しく見つめているだけだった。……本当はとっても妬ましく思ってたのよ。」

 私は軽く相槌も打てず、ただ黙って頷くだけで聞いていた。私がこくりと頷くと、彼女は言葉を続ける。その繰り返しをしながら話は先に進んで行った。

「メドゥーサがポセイドンさんと不倫した時だって、羨ましかった。ちょっと年上で海運王のセレブと激しい不倫愛なんて昼メロや小説の『主人公』みたいな恋をして……物凄いセレブで美人のアテナさんに嫉妬されて……それだって『ヒロイン』みたいでしょ?……私は光の当たらない『脇役』だから、誰かに嫉妬される事もない。……数合わせの『その他大勢』の私は誰にも見向きもされなかった。」

 聞いてる私も苦しくなる告白は、ステンノさんにとってはどれくらい辛いのだろう。そんな想像をしてまた苦しくなる。

「……メドゥーサが家を出ていった時、私ちょっと嬉しかった。……やっと私も『主役』になれるんじゃないか、そんな卑しい事を考えてた。……でも、メドゥーサのしてた仕事を引き継いでみて解ったの。私はメドゥーサみたいには全然出来なかった。私はあの子の傍で補佐して知ってたはずなのにね……あの子は昔から人一倍努力してた。小さい時も腕が注射の針で穴だらけになっても人前では絶対泣かなかった。商品について何聞かれてもスグ答えられるように夜遅くまで勉強して、最新の情報にいつもしてた。営業だって、あの子は色んな人にすごく気配りして……だからかわいがられていたのに……私はそれを見ない振りして妬んでた。あの子はかわいいから皆に愛されるんだって……私は何の努力もしないでただ羨むだけだった。そんなふうだから私は本当に『脇役』で『その他大勢』だって、『主役』には敵わないって思い知らされて……それから自分がダイキライになっちゃった。」

 ステンノさんはそう言い終えると、やっとラテに口をつけた。

 ステンノさんは少し落ちてきた長い前髪をそっと耳にかけると、綺麗に笑った。

「私ね、ハルさんが私のために暴れてくれた時、本当は嬉しかったんだ。だって、あんな風に庇ってもらえるのって『ヒロイン』みたいじゃない?」

 私は鼻水を垂らして泣きながらラテを飲んだ。自分の不甲斐なさがステンノさんのすごく柔らかくて痛み易い部分を晒させた。ステンノさんが大事に隠してた傷を日にあて風にさらし、ここが痛いのだと自覚させてしまった。私は彼女に対し、暴力以上の恐ろしい力を振るってしまった。

 なのに彼女はそれを「嬉しい」と言って赦してくれた。

 温いラテは泡が荒くて美味しくなかったけど、私は「おいひぃです」とみっともない声でお世辞を言って誤魔化した。

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