動かず見つめて 3.5
業務時間が終了してからは作戦会議は居酒屋に場所を移し、なんやかんやで何故かお爺ちゃんのお友達のメフィストさんも参加していた。
メフィストさんはロマンスグレーのいかにもお上品な老紳士で、とても事情通で物腰柔らかい大変良い人だ。事務所に遊びに来るときはいつも手土産を持参し、この間のバームクーヘンもメフィストさんの差し入れだ。
メフィストさんの紳士ぶりは凄まじい。さり気無くカバンを持ってくれるし、ドアも開けてくれるし、席に座ればさっとドリンクメニューを差し出してくれる。勿論笑顔で。
我先に店に入り、店構えに文句をつけ、メニューを独り占めしていつまでも注文を決めない若頭はメフィストさんを見習っていただきたい。つうか、お前何勝手に付いてきてんだよ。そんな気持ちで若頭を見てからお通しのピーマンのきんぴらをつつき、キンキンに冷えた梅酒サワーを飲んだ。
メフィストさん情報によると、ステンノさんのお宅の事情は思っていた以上に悪くなっているようだった。別に経営が悪いわけではない、所謂内部抗争が起き始めているらしい。
石材店の従業員さん達が「ステンノさん派」と「メドゥーサさん派」に分かれてしまい、石材店の中がギスギスしているらしい。
確かにメドゥーサさんには石材加工の技術もあるし経営にも明るいかもしれない。でも、全くのプライベートな事で石材店を窮地に落とし、再建途中で駆け落ちして飛び出していったメドゥーサさんを快く思っていない従業員も多い。苦しい時に駆け回ってくれたステンノさんの方が後継者に相応しい、と彼女を跡継ぎにしようと立ち回る従業員のグループが出来てしまっているそうだ。
ステンノさんは、あくまで「メドゥーサさんの補佐」の立場を貫いているらしいが、その態度がステンノさんを支持する従業員さん達には健気に見えるらしく、余計に熱く「ステンノさんを後継者に!」と叫ばせている。
こうなってくると泥沼だ。ステンノさんがメドゥーサさんを庇えば「やっぱり跡継ぎに相応しい!」の声は高まり、逆に攻撃すれば「やっぱり跡継ぎ狙ってるジャン!」と見られる。何をしてもステンノさんはメドゥーサさん達と対立してしまいギクシャクしてしまう。
「まぁ、あの通り、ステンノさんは妹さんを押しのけて跡継ぎになりたい!ってタイプでもないですからね。お辛い立場だと思いますよ。」
そう言ってメフィストさんはハイボールを飲みホッケを解した。私は暗澹とした気分でその話を聞き、ため息を漏らした。
うわぁぁぁ~、その状態でお見合い三連敗だったのか……。こっちが落ち込みそうな案件だわ、ウツ入るよ。
「何にせよ、ステンノのお見合いを早くまとめるっつうのは最初から方針変えてねぇんだからよ。後はどれくらいの精度出した、ピンポイントの相手ぶつけれるかって事だけだろ?あっ!ニイチャン、生中追加な!!」
モフ太郎は砂肝をカミカミしながら、ジョッキに残ったビールを飲みきった。
「……全くその通りなんですが……そのピンポイントが難しいから悩んでるんですよ!……『明るい人ぶつける』って作戦だって、これ一発で決めれる!って思ってないって言うか……あくまで『相性を見る』くらいのお試し部分もあるって言うのが本音で……正直、ステンノさんがどんな人となら結婚したいのか、私には全然見えてこないんです……」
私は熱々の揚げ出し豆腐を睨み、考えながら途切れがちに話す。
「……ステンノさんには結婚したいって気持ちは確かにあるんですよ!でも……具体的にどんな人とって言うのは……あんまり無いみたいで。……私も、ステンノさんの境遇聞いて『結婚して早く逃げたほうがいい!』って思いましたよ。でも、結婚だけ出来てもダメなんじゃないかって……ちゃんと納得して、この人と結婚したいって思えて、それから結婚して。それでちゃんと幸せになって……そうなりゃなきゃ、逃げ出せた事にならないんじゃないかなって……思うから……」
作戦や相談じゃなくて完全に愚痴だ。私は落ち込んだ気持ちで、踊らなくなった揚げ出し豆腐の上のシオシオの鰹節を見ていた。
ステンノさんとお見合いをした三人は似たタイプだったかもしれない、でもそれぞれにちゃんと個性的だった。それでも、ステンノさんは三人共に同じような態度で受け答えをしていた。心動いた様子も無く、特別好意も嫌悪も見せず。相手が引こうが押そうがステンノさんは動かず受身のまま。相手が親しく近づけば嫌がりもせずただ受け入れるから、端から見ると「親しくなった」ように見える。
私は恋愛物を読むのは好きだけど、恋愛至上主義ではない。結婚するなら激しく愛し合わなきゃダメだ、何てことは思ってない。でも、ステンノさんの相手に対するある種の興味の無さは「ダメ」だと思った。一緒に住むかもしれない相手に対し、「興味が無い」のなら結婚相手ではなくてルームシェア相手の方が健全だと思うからだ。
この気持ちを上手く言葉にまとめられないけれど、ステンノさんのお見合いに対し色々思うところがある、とだけは皆に伝えたかった。
「すぐに結婚に持ち込むことが大事だって判ってるんですけど……それがちゃんとステンノさんにとって正解になるのか……判んなくなっちゃってるんです。」
私のしょうもない愚痴にお爺ちゃんは少し笑い、頭をナデナデしてくれた。
「結婚して幸せになれるか!なんて事まではハルちゃんがどうこうする事じゃないて。ステンノちゃんが何とかする事じゃ。ハルちゃんの仕事は『きっかけ』を作る事じゃ。それ以上の事は本人達がしなくちゃならん。そこまでハルちゃんがやったら、ステンノちゃんの人生はステンノちゃんのものじゃなくなってしまうからのぉ。」
お爺ちゃんは自分のお皿の焼き鳥を私のお皿の上において、「お食べお食べ」と勧めてくれた。
「俺もよ、ダチん中から良さそうな『明るい奴』探しとくからよ、そう心配するなって!」
そう言ってモフ太郎もサイコロステーキを分けてくれた。そして、なぜかメフィストさんもカキフライを分けてくれる。
私のお皿の上はカオスな取り合わせのおつまみでテンコ盛りになったが、ちょっと嬉しくなった。「アリガトウゴザイマス」と俯いて言うと、「どーいたしまして」と三人が笑った。
三人と私のやり取りに出遅れた若頭はもぞもぞしながらメニューを差し出す。
「好きなものを頼むといい、私のおごりだからな。」
そっぽを向いたまま若頭はそう言った。この人もこの人なりに励ましてくれてるらしい。
私は若頭の好意を素直に受け取ることにした。
「すいませ~ん、オーダーお願いしまぁ~す!この一番高い舟盛りと大吟醸を一升!!大至急お願いしまぁ~ス!!!」
よろこんでぇ~!と威勢のいい返事が返されると、私達四人は笑顔で「ごちになりまーす!」と若頭に礼を言った。若頭は何か言いたげに「ぐぬぬぅ」と唸った。
最後の方はただの飲み会になってしまったけれども、「とにかくステンノさんの見合いを頑張ってまとめよう!」と駄目な経営会議の結論みたいな締めをして、会はお開きになった。
若頭の家(家って言うか城って感じなんだけどね)に間借りしている私は、若頭と一緒にタクシーに乗って帰宅した。
話す事もないのでボーっと窓の外を眺めていると、若頭は小さな声で独り言のように話しかけてきた。
「……お前、結構真面目に仕事してたんだな……」
若頭の口調はいつものような皮肉っぽいものではなく、真面目なものだった。
お前と違ってな、そう返したかったが、言ったらまた不貞腐れるだろうから、グッと飲み込みまじめな返答をしておいた。
「……人の人生に係わる仕事ですからね。適当にやったら不味いでしょ。」
私の答えに若頭は何とも言えない顔をしてから、そっぽを向いて窓の外を眺めだした。相変わらず変な吸血鬼だ。
私も窓の外を眺め、帰ったら魔界通販のカタログで部屋着でも頼もうかなぁ、と結構どうでもいい事を考えていた。