動かず見つめて 2
早速面談したステンノさんは髪の長いとても美人なアラフォー(見た目)で、何と言うか……いかにも幸薄そうな人だった。
「私なんかの為に……こうしてお手を煩わせてしまって……本当にスイマセン……」
どう見ても年下の私に萎縮し、何度もスイマセンと言いながら出したお茶におずおずと手を伸ばす。あまりにもお客さんに謝られると、ちょっとやりにくい。私は気を取り直し、どんな男性がタイプとかと尋ねるとステンノさんは伏せ目がちに答えた。
「こんなおばさんの私がタイプとか……申し訳ないです。……どんな方でもこちらからお願いしないといけない、そう言う立場ですのに……何のとりえも無い年増の私が結婚を希望するなんて……おこがましい、ですよね……」
そう言って彼女は儚げに微笑んだ。
……うわぁぁぁ~、だめだぁ。何かこの人ダメだぁぁぁ。美人なのにここまで自己評価低いと逆にいらつくレベルだわ、女子の友達いないタイプだわぁ、「あの子来ると合コン盛り下がるよねぇ~」って陰口叩かれるタイプだわぁぁ~。
私は心に浮かぶ由無し事をグッと飲み込み、笑顔を作り直して持ち上げてみた。
「そ、そんなことナイデスヨォ~!ステンノさん美人だから、ある程度希望言ってもらって足きりしないと、ステンノさんにお見合い希望者殺到しちゃって、大変な事になっちゃいマスヨォ~!」
よしっ、ナイスフォロー!パートのおばさん達と友好関係を築き続けた私のフォロー術は今日も冴えてるぜ!私は自分を褒めながら、ステンノさんにもう一度希望のタイプを尋ねた。
「……誠実な方……そう言う方だと……嬉しいです。」
小さな声でそう言うと、ステンノさんはまた謝罪をしてから続けた。
「……本当に私なんかが結婚なんて……誰もこんなおばさん相手にしてくれないですよね……ハルさんも無理なら無理と仰ってくださって下さいな……」
ボソボソと呟くようにそう言うと、ステンノさんは荒れた自分の指先をじっと見つめた。
何を言ってもネガティブ発言で返答をしてくれるステンノさんを励まし宥め、どうにかこうにか面談を済ませ彼女を事務所から見送る。
私はどっと疲れ、椅子にへたり込み温くなったお茶を一息に飲んだ。
「ありゃ~、結婚には向かん女じゃな。」
遊びに来ていた(本人は顧問として視察に来ていると主張)お爺ちゃんがボソリと呟く。
「……そういう失礼なこと言わないで下さい。ステンノさん美人だし、控えめないい人じゃないですか……」
お爺ちゃんの暴言を注意してから、お茶のおかわりを足してあげる。お爺ちゃんはお茶のお礼を言ってから、少し嫌な感じに笑った。
「美人じゃが、あんなに暗い女と毎日顔を合わせてみぃ、疲れるぞぉ~。男はなぁ、儚げな暗い美女が大好きだけどのぉ、あんまり頼りない弱々しい女だと自分にかかる責任が重すぎて逃げていくんじゃわなぁ。男はなぁ、寄りかかられるのは好きだけど、背負わされるのは嫌いっちゅう困った生き物じゃからなぁ~。」
お爺ちゃんは頂き物のバームクーヘンを解体しながら解説する。さすがお爺ちゃんは人生経験豊富で、二回結婚しただけあって言う事に重みがある。私は頷きながらも唸った。
「うぅ~ん……でもねぇ、ステンノさんこのまま結婚できないで居辛い実家に住み続けるってのも……ステンノさんも辛いし、ご家族もやっぱ気まずいって言うか……ちょっと複雑だと思うんですよねぇ。どうにか良い相手を見つけて、結婚に持っていくのがベストだと思うんですよ……」
私の意見にお爺ちゃんは「ホッホッホッ」と笑いお茶を啜る。
「まぁ、ハルちゃんの言う通りなんじゃがなぁ~。結婚っちゅうのは、一緒に生活していくって事じゃからのぉ~、難しい事じゃて。……ステンノちゃんは、アレじゃ、『愛人向き』じゃ。週に2回くらい会うくらいがちょうどエエ『重さ』じゃ。週二くらいなら、あの暗さも燃える要素になるじゃろうて。ちょっと歳いっておるが、ワシの知り合いのお金持ちに紹介でもしてやろうか?マンションくらいは買ってくれるから、実家からは脱出できるぞ?」
うぅ~んお爺ちゃん、さすが二回離婚された事だけはある。発想がゲスだ。
私はしれっとした顔でバームクーヘンをつつくお爺ちゃんを軽く睨んでから、男性登録者の資料を広げだした。
「どういう人が、ステンノさんにはいいのかなぁ……」
私は広げた資料を睨み考え込む。
ステンノさんの希望は「誠実な人」という、ぼんやりとした難しいものだった。年収なり身長なり学歴なりは具体的で数値化も出来る。しかし「誠実さ」なんて人柄はあくまで主観でしかない。ステンノさんが相手の男性を「誠実」だと感じなければ、「誠実な人」とはならない。
人柄を第一希望にする案件って結構難しいな。
私はプロフィールからして「真面目そう」「大人っぽい」人を何件かピックアップして並べてみた。
一本だたらさん、この人は鍛冶職人だ。職人さんって何となく無骨で真面目なような気がするし、ステンノさんのお宅も石材店だから加工業同士話も合いそうだ。……が、一本だたらさんの希望は「年下」となっている。ちょっと難しいかな……。
ケイロンさん、この人はお医者様で趣味は音楽。知的で落ち着いてるし、包容力もありそうだ。希望の年齢制限はないし、いいかもしれない。……が、枠外に女好きってモフ太郎の字で注意が書いてある……地雷物件か?
ロイチェクタさん、この人はボランティア活動をしているらしい。悪霊払いをしながら国境なき医師団って……多分、すごくいい人だ。希望も「穏やかな気性の女性」ってなってるし!……が登録書類についてる写真が……ちょっと、イヤ、すごく怖い顔だ。まぁ、外見よりも内面重視ってことで……。
私はとりあえずこの三人を本命にして、他にも年上OKの人を何人か選んでおいてお見合いの予定を立ててみる。よし、仕事してる感あるぞ!
自称顧問のお爺ちゃんに資料を見せ、お伺いを立ててみた。
「ふぅ~む、この中じゃと、ケイロンの奴がちょっと問題あるかも知れんのぉ~」
「やっぱ、『女好き』ってヤツがネックですか?」
「いやなぁ、メドゥーサちゃんと不倫してたポセイドンと、石材店に嫌がらせしてたアテナちゃんの会社がケイロンの病院の経営母体じゃからなぁ~。その辺の関係がちょっと気にはなるが……まぁ、遠いって言えば遠い関係だからのぉ。」
私はお爺ちゃんに聞いた注意点をメモして付せんしておく。これはお見合いの予定を伝える時に注意事項として先に伝えたほうが良さそうだ。
「何じゃったら、ワシのお友達のメフィスト君が事情通じゃから……その辺の事も含めて、この三人の人柄も聞いといてあげるて。」
お爺ちゃんの提案を私は有難く受ける。御礼を言うと、お爺ちゃんは「フォッフォッフォッ」とそれっぽく笑った。
「えーてえーて、どうせ今度のバスツアーの打ち合わせで飲みに行く約束しとったからのぅ。ついでじゃて。」
お爺ちゃんは自分のカバンからバスツアーのパンフレットと「地獄の歩き方コキュートス編」というガイド本を出してパラパラと捲りだした。
ちなみにお爺ちゃんの本名はゲオルク・ファウストでドイツ人だ。本人は「地球世界でも結構な有名人じゃよ!ワシのファンのゲーテ君がワシの小説書いちゃうくらいに!」と言っているが、私は全然知らない。お友達のメフィストさんとよく旅行に行ったり飲みに行ったりしている。
ステンノさんのお見合いの予定を立ておえ、私はようやくおやつのバームクーヘンにフォークを入れた。
例の如く、何もしていない若頭は頂き物のバームクーヘンにケチをつけた後、お爺ちゃんの旅行計画にイチャモンを付けていた。本当に、コイツ、要らん子だわ……。
一本だたら…熊野の山中に住む一つ目で一本足の妖怪。「だたら」は鍛冶師とも考えられ、一つ目の鍛冶神、天目一箇神の妖怪化した姿とも言われる。
ケイロン…ギリシア神話のケンタウロス族の一人、クロノスとニュンペーのピリュラーの子で半人半馬の姿。アポロンから音楽、医学、予言を、アルテミスから狩猟を学んだという。ヘラクレスやカストル、アキレウスなどの英雄たちの教育係もした賢人。射手座のモデル。
ロイチェクタ…謝肉祭の木曜日に山羊の毛皮を纏い杖を持ってうねりながら現れる。大変恐ろしい姿をしているが、悪霊を払い、どんな病も治すといわれている。スイスの妖怪。