昔のままの君でいて 1
また始まったよ。
それが私の率直な感想だ。
いつもはどれ程私が忙しく動いていようが手伝うどころか「茶だ!茶をもってこい!今すぐだ!」とか叫びながらクロスワードパズルに興じ、全く仕事をしない若頭は時折妙なやる気を起す。
唐突に営業成績表を作ってみたり、事務所のキャッチフレーズを事務所内で公募してみたり……。大体この事務所の正規従業員は私一人だ。お爺ちゃんは自称顧問で指導と称して茶飲み話をしに来るだけだし、モフ太郎に至っては暇つぶしを堂々と自称し遊びに来て私に撫でられているだけだ。若頭自身も「雇用主」を自称しているので管理者として従業員の仕事ぶりを見ているだけだ。つまり営業成績表も公募も、私一人分しか表示されず、成績は常にトップであり最下位、公募は自作自演の当選圏内。やる必要の無い独りレースなんだよ、いい加減気づけよ。
若頭の仕事に対するやる気は、不必要な仕事を生み、私の仕事の効率を著しく下げる。
今回も同様のことが言えるのだろう。
若頭は、彼のお母さんの従姉の娘の嫁に行った先の小姑の旦那のお姉さんの息子の嫁の兄弟のご近所に住んでいるおばさんの紹介という、全くの他人である男性を事務所に連れて来た。
「私の身内の関係者だ。最優先で相手を紹介しろ。粗相の無いように!」
ふんぞり返って男性を紹介する若頭に私はため息しか出ない。はいはい、厄介な人が厄介事持ってきましたよ!身内の関係者、とか……お母さんの従姉の娘の嫁に行った先の(以下略)が「身内の関係者」と言うなら、目に付く人大体が「親しい関係者」だよ、スットコドッコイ。
私の予測はいやな感じによく当たる。若頭の連れて来た「彼」は、予測どおりゲンナリするほどの「厄介」だった。
若頭の「身内の関係者」であられる彼は、見た目二十代半くらいの煌びやかな……なんと言うか……ビジュアル系崩れだった。
金色というか寧ろ白に近いような髪の色で、カラコンですよねぇというネオンブルーのありえない瞳の色。目の周りは「バッチリ」と言うか「グリグリ」にアイラインとシャドーが入り、何時代か判らないような貴族的衣装を纏い、頭でも痛いのですか?と尋ねたくなるような名状しがたいポーズで自己紹介してくれた。
「……退廃と水銀の薔薇、ルシウス……」
リングネーム的なハンドルネーム的な明らかな偽名を名乗る彼を、若頭は空気読めない検定三段の腕前でばっさり切ってくれた。
「彼の本名は健一、酒蔵の跡取り息子の豆狸だ。」
若頭の紹介に自称ルシウスこと健一さんは泣きそうな顔をした。やっぱり、本名は触れてはいけなかったみたいだ。
私は引き攣る笑顔で、頭の中のメモ帳に「打たれ弱い中二病の健ちゃん」と記しておいた。
私は若頭とルシウスさん(本名を言うと泣きそうになるので、やむなく偽名を使用)にお茶と豆大福を出し、面談を行った。
「支配と搾取の軛から白銀の翼で解放される夢を見た。甘き夢の誘いのままに黒衣の予言者に身を委ねて俺はここに舞い降りた。解放を謳う、その日まで俺は血塗られた双剣で戦い続ける。」
ルシウスさんの無意味な装飾に溢れる表現を若頭の説明と私の脳内翻訳で補完しながら聞いた。
要するに、ルシウスさんは一人息子でご実家である酒蔵の跡取りとして結婚を急かされているらしい。彼のご実家は魔界でも有名な古い酒蔵で、跡取りは必須!と言うことだ。
しかし、ルシウスさん自身はビジュアル系バンドでビッグになるという夢がある為、実家を継いで酒蔵の若旦那になることも、勿論親の決めた相手との結婚もしたくない。ご両親達と大バトルをした挙句、自分で嫁を連れてきて独立する!と啖呵をきってしまったそうだ。ご両親も、出来るもんならやってみろ、立派な嫁を連れて来れるなら独立でも何でもしろ!と……。
正に「売り言葉に買い言葉」な結論に対し、ルシウスさんは自分のバンドの数少ないファンの女の子を片っ端から口説き、見事撃沈。そりゃそうだ、女の子は基本リアリストだ。キャーキャー言う相手と生活する相手は別物だと分けている。
ファンを口説きまくって振られまくったルシウス君に対し、バンドメンバーは大激怒。バンドを追い出されそうになって意気消沈しているルシウス君を見るに見かねた近所に住む親戚のおばちゃんが我がお見合い相談所を紹介した、と言うことだ。ちなみに今日の豆大福は、そのおばちゃんが持たせてくれたお土産です。
「とにかく、嫁を連れ帰って両親の鼻を明かしてやりたいそうだ。」
若頭の締めに対し、ルシウスさんは大きく頷いた。
なんと言うか……くっだんねぇぇぇぇぇぇ~~~!!くだらない、くだらなすぎる。
いい歳した成人男性が、親子喧嘩して喧嘩中の言葉尻とって、あてつけで結婚しようとするなんて……コイツの頭の中、スポンジか木屑でも詰まってるのか?アホ過ぎる、アホ過ぎるよ……。
しかしながら、我がお見合い相談所の意思決定権をお持ちになっている所長様は、同じアホお坊ちゃまとして、彼にとても共感し感銘されたみたいだ。
「……何と前向きな!是非とも私に協力させてくれ!」
そう言って、死ぬほど馬鹿馬鹿しい依頼をお受けになってしまった。
お前の頭の悪さは良く判った。お前の今もなお続くブラックヒストリーアピールはもういいから、ちゃんとしたプロフィールを書け、健一。
そう何度も怒鳴りたくなる気持ちをグッと押さえ、モノゴッツイいらいらを引き攣った笑顔で塗り固めて、ルシウスさんに登録書のプロフィールを書いてもらう。
途中何度も給湯室にお茶を替えに行き、壁をガツガツ蹴りながら「相手はお客様、相手はお客様、お客様はメシの種です」と呪文を唱えた。プロフィール一枚書いてもらう為に、私のSAN値はガリッガリに削られて限りなくゼロに近づいた。イアイアイアイア。
あー苛々する、こういう時はモフ太郎を散々にモッフモフにして啼かせまくってストレスを発散させたい。しかしながら今日に限ってモフ太郎は遊びに来ていない。役に立たない犬め。
私が新しく入れなおしたお茶を持って事務室に戻ると、待ち望んでいたイヌッコロが「ご出勤」されていた。
モフ太郎!我が心の友よ!!私が歓びの声を掛けようとしてたら、事務室内はちょっと変な感じになっていた。
ふらりと現れたモフ太郎を見るとルシウスさんは真っ青な顔になり、プルプルと震えだす。隠れるように深く俯いたルシウスさんに、モフ太郎は「あっ!」と声をあげた。
「おい、健一!お前、亮二の隣んちの健一だろ!なっつかしーなぁ!俺のこと覚えてるか?亮二のダチの芳蔵だよ!元気してたか?」
ドチンピラなお顔に笑顔を浮かべモフ太郎が挨拶をすると、ルシウスさんは死にそうな顔をした。
まぁ、死にたくなるだろうよ。自由の空に飛び立つ白銀の翼を夢見る退廃と水銀の薔薇なところを幼馴染に見られたら。
ルシウスさんは震える小さな声で返事をする。
「よ、芳蔵クン、ち、ちーっす、」
小刻みに揺れるルシウスさんの姿に私はそっと涙を拭った。
モフ太郎が来てからのルシウスさんは、退廃と(以下略)はなりを潜め、大人しくまともな面談をしてくれました。
豆狸…西日本に多く伝承が残る狸の妖怪。広げると8畳もある陰嚢を持ち、それを被って別のものに化けるという。酒造りの盛んな灘地方では、酒蔵に豆狸が住むと良い酒ができると言われている。




