近付いて触って
それから私達は『お友達』になって、記念に居酒屋に行って「お見合い反省会」を開いた。
ステンノさんはカシスオレンジをガブガブ飲みながら、家族のことを愚痴り捲くった。
「それでねぇ~、メドゥーサの旦那のオドテってヤツがぁ~、気味悪い奴でさぁ~。ヒック。フクロウだからか知らないけど、首が真後ろにグリンって回ってふり返るの!はじめてソレ見たとき、私怖くて泣いちゃってぇ~。なのにメドゥーサったら『鳥差別だ!』って怒るのよ?差別って、自分の旦那『鳥』って言っちゃう子に言われたかないわよねぇ~?」
私はその話を聞いてニャハハハハと笑う。
「私もこっち来てビックリの連続ですよ!今間借りしてる伯爵さんとこの執事さんが透明なんですよー、本当に透明!たまに普通の人型で顔出しするんですけど、いつも燕尾服と手袋だけがフワフワ浮いてて。見るたびに変な感じに笑っちゃうんですよー。あの人全裸でうろついたら、逆に通報されないんですよねぇ。オッカシィー!」
ステンノさんもキャキャキャと笑い、追加のカシスオレンジと梅酒サワーを頼んだ。
私達は職場の事や身の回りの事をこれでもかと言うほど愚痴り捲くり、お腹がたぷたぷになるほど居酒屋の安くて甘いだけのカクテルをしこたま飲んだ。
伝説の酔っ払いアイテム「寿司折」が似合うぐらいにベロンベロンに酔い、しかし寿司折は手に入らなかったので夜遅くまで開いてるデリでキッシュやらケークサレやらを買い込み、私達は持ち帰りの袋をぶら下げてご機嫌で夜の街を歩いた。
「私、あの家出るわ。」
ステンノさんが夜空を見上げてぽつりと言った。
「はい、出ましょう!出ましょう!それがいい!そうしましょう!」
私も夜空を見上げて答えた。私達は子供みたいに手を繋いで近くにあったコンビニ(マニトゥストップ)に入って行く。
入り口にあった就職情報誌の寮つき物件を片っ端からチェックし、酔っ払った顔のまま証明写真を撮って、イートインコーナーでソフトクリームを舐めながら履歴書を書いた。
ステンノさんが酷く真剣な顔で自己PRを書いている姿を見て、私も変なスイッチが入り、同じように履歴書を書いてみた。私達はその場で履歴書を郵送する。
履歴書が入った封筒がポストの中にカタンと落ちるのを見て、ステンノさんは声をあげ笑い、私もつられて笑った。
二人の完全な酔っ払いは夜空を見上げ千鳥足で歩いた。ステンノさんは星を見上げていたので荒れた指先を見ることはなかった。
ちなみに私の記憶にあったこの夜の思い出はここまでだ。
透明人間の執事さん(ちなみにこの人は透さんという)から聞くところによると、私は未明に鼻歌を歌いながら帰宅し、「お土産を是非食べさせたい」と言って若頭の寝室に無理矢理踏み込み、寝入っていた「ご主人サマ」を叩き起こし、「お前はもう少し真面目に仕事をしろ、あと野菜食え」と説教しながら寝起きの若頭にほうれん草のキッシュを強引に食べさせ、挙句その場で寝てしまったらしい。
二日酔いに痛む頭を押さえて透さんが淹れてくれた苦い位に濃い緑茶を啜り、明朝の顛末を聞いて更に頭が痛くなる。
うへぇ~、酔っ払い、おっかねぇ~。お酒怖い、本当にお酒怖い。
その日一日、若頭は怒った赤い顔をして私とは目を合わせようともしなかった。
その日は事務所に行っても最悪だった。
お爺ちゃんとモフ太郎に昨日のレストランでの事を怒られ、二日酔いの酒臭い息で「ごめんなさい」と三十回ほど言った。
さすがにアレはイカンかった。メニューぶつけてレストランで大暴れって成人女子がやる事ではない。私は深く反省し、ジャックさんの元に菓子折りを持って謝りに行った。
ジャックさんは土下座の勢いで謝る私を見るとゲラゲラ笑い、「ハルちゃんマジ肩つえぇ~!先輩のチームでピッチャーやらないっすか~☆」と赦してくれた。
そして意外なことにジャックさんはステンノさんとのお付き合い続行を希望した。
「ステンノちゃんってぇ、マジ優しいジャン。オレ、笑われることはあっても、あんなにちゃんと注意してくれた女子、初めてなんすよぉ☆」
ジャックさんはステンノさんの「お叱り」に胸打たれたようだった。
私は急いで事務所に帰り、ステンノさんにお付き合い続行希望を伝えると、彼女はしばらく笑ってから「はい、こちらもヨロシクお願いします」と返事をしてくれた。
二人はお付き合いを続け、その間にステンノさんは酔っ払って出した履歴書の企業からの採用通知が届き、彼女は実家を出て錬金工場で働きだした。
どうでもいいことだが、私には「誠に残念ながら」不採用の通知が事務所に届いた。地味にショックを受けていたところ、タイミング悪くそれが若頭に見つかり、「この事務所の何が不満なのかはっきり言え」と一時間も説教された。
何が不満か正直に言ったら説教が長引きそうだったので、私は「酔った勢いとノリで出しただけ」としおらしく言い訳しておいた。
しばらくして再会したステンノさんは長かった髪をショートボブにして、少し明るめのカラーを入れていた。重く長い髪も素敵だったが、軽めのボブもすごく似合ってる。私はお世辞でなく「すごく似合ってる!」と言うと彼女は前よりもずっと楽しそうに笑った。
「新しい職場には女子少なくて、こんなおばさんでもすごくモテルのよ。ハルちゃんの言う『逆ハーレム』ね。なんだか、『ヒロイン』になれた気分よ!」
彼女はそれからしばらくして、お付き合いしていたジャックさんと別れた。
「……いい人なんだけど、『結婚』って考えると、ちょっとねぇ……」
デスヨネ~、私は苦笑いしてステンノさんのツヤツヤしたほっぺを見た。
ジャックさんは随分落ち込んだみたいだけど、私が他の人を紹介してあげると言ったら、ちょっと元気になった。
「なんだ、アレほど手間掛けて失敗か、結局ステンノには就職勧めただけなんて……ウチは職業斡旋が仕事じゃないんだぞ!」
若頭は不満顔でステンノさんの報告書を放り投げた。
「とにかく成果出さなきゃ魔王様にも顔向け出来ない!とにかく結婚させて、子供が生まれたって報告持って来い!」
「……スイマセンデシタァ、コレカラ善処スル所存デアリマスゥ。」
「なんだぁ?!その返事は!!やる気あるのか!?」
……やる気で仕事が出来るなら、苦労無いですよねぇ。私は口の中だけで呟き、しおらしく俯いて見せた。
いつも何もやらない割には成果成果とうるさい若頭の説教に適当に返事をし、私は新しいお見合いの組み合わせに頭を悩ませる。
いつも通り、みんなのお茶を淹れ、お爺ちゃんの昔話に相槌を打ち、モフ太郎を撫で回してからブラッシングをする。
変なところに来ちゃったけど、私は今の仕事結構好きだ。そんな事を思いながら、次のエントリーシートを捲った。
ソレからの話なんだけど、この後ステンノさんは錬金工場で知り合った年下のゴーレムの男性と結婚した。真面目で物静かな人でステンノさんの事をまるでお姫様のように見つめるとても優しい人だった。
「どうなるか解らなかったけど、なんとかうまくやってるわよ。」
そう笑うステンノさんのお腹には半年後に出てくる赤ちゃんがいる。もうすぐ産休に入るステンノさんは目立ち始めたお腹を撫でて、幸せそうに笑った。
彼女の指先は相変わらず荒れていたけれど、旦那さんがプレゼントしてくれたハンドクリームを塗って笑いながら見つめていた。
マニトゥ…ネイティヴアメリカンは動物、植物、無機物、自然、事象など、あらゆる物に精霊が宿ると考え、この精霊が人格化されたものを「マニトゥ」と呼ぶ。
ゴーレム…泥や岩、金属などで作られた主人に忠実な動く人形。「ゴーレム」とはヘブライ語の胎児の意味。




