プロローグ
たとえば、私が男の人に告白するとしよう。
この場合、相手はまぁまぁなランク、クラスでもモテル部類ぐらいの男子だとする。
その男子に告白して、バッサリふられたとする。そのくらいは、よくある話だと思う。
ふられた私は心機一転、他の人を好きになり、また告白し、またふられる。
三度目の正直と、また違う人を好きになって告白し、ふられる。
多分この辺りで、普通の精神の持ち主なら心が折られる。自分は思っている以上にブスで性格が悪くて、男の人に嫌われる何かを持っている。そう思って、男子と言う生き物とは距離を置いて生活するだろう。
しかし、そこでめげずにまた告白していく。10人に断られ、20人に嫌味を言われ、50人に門前払いをくらい、100人に返事も貰えない。
100人連続でふられたら、9割以上の女子は世を儚むか出家する、もしくは暗黒面に落ちて世界を浄化する計画を立てるだろう。
コレは例えが「異性への告白」になっているけど、私は就職活動で80社に断られた。
はじめはエントリーシートを送るたびに自分の何かが削られ、「誠に残念ながら」の文章を見るたびに自分の存在を否定されたような気がしていた。
30社目辺りからは完全な作業になっていて、落ちても何かを思う余裕も無く、ただただ「このまま就職できなかったらどうしよう」ぐらいにしか思わなかった。いや、それ以外を考えない様にしていた、が真実だろう。
何がしたいとか、どんな仕事がしたいなんて考えず、応募フォームを埋めて説明会に並びにいく。
結局、ギリギリのところではじめに希望していた職種とは大きく離れた中小企業から採用通知が届き、私は何とか就職浪人だけは逃れた。
こんなにも他人に否定され続ける事は、もう二度としたくない。「誠に残念」と切り捨てられるのは、就活だけで十分だ。
採用された会社は某大企業のひ孫受け部品メーカーで、事務職で採用されたものの、事務半分、繁忙期には工場でひたすら梱包作業という、ブラックとまでは行かないダークグレー企業だった。表計算と箱詰めと愛想笑いに明け暮れ、仕事に慣れてきた、と思う頃には三年が過ぎていた。
ところがある日、就活の傷が癒えきらない私の人生において、次は「婚活」などと言うものがあることに気づいてしまった。
34歳の従姉の結婚式に出席し、二次会までの待ち時間の間、黒留袖の伯母に従姉の婚活がどれ程過酷で出費のかさむものだったのかを語られ、似合わぬピンクのパーティードレスを着た私は青褪めた。
就活に続いて婚活でも、私は否定され捲くるのだろうか。
自分で言うのもなんだが、私は容姿も頭も十人並で、しかも残念なことに「奥手」だ。気軽に男性に話しかけ親しくなる、そう言う人種とは対極に位置している。
しかし、伯母と従姉いわく婚活において「女は若ければ若いほど入れ食い状態」なのだそうだ。
否定され捲くった私の人生にとって、「入れ食い」と言う言葉は大変魅力的だったのだ。
26歳になったばかりの彼氏のいない私は、早速結婚相談所に登録する事にした。
忌々しい就活を思い出させるエントリーシートによく似た、エントリーフォームに自分の名前を書き込み、希望の相手年収やら身長を薄ら笑いを浮かべ選んでいく。
引き攣った笑みを浮かべる自撮りの写メを付けフォームを完成させると、とても大きな仕事をやり遂げたような気がした。
「趣味は読書って……漫画とオンノベを読書と言える自分が好きだわ、」
自嘲気味に呟いて、実行ボタンを押す。
何だかとても気分がよくなり、私は近所のコンビニまで買い物に出た。取り立てて欲しい物など無かったけれど、「入れ食い」になった私の門出を祝う何かが欲しかったのだ。
酒の飲めない私は「期間限定」と書かれたロールケーキを買い、弾むような気分でコンビニを出た。
偶然だが、今日は22日でロールケーキにはイチゴが入っていた。コレは目出度い事の前触れに違いない。
不恰好なスキップで人気の無い夜道を進む。きっとこれからは私のターンなのだ!
そんな浮かれた私の夜の記憶は、そこで途切れていた。
ふと、気がつくと私はコンビニの袋を握り締めたまま、えらく豪華な部屋のソファーに座っていた。
物知らずな私には「西洋風」としか表現の出来ない、ロココ調だかビクトリア調だかの高そうなインテリアで揃えられた室内に、一応外出着のパーカーとジーパンの私。違和感しかない組み合わせに、ぼーっとしながら一応定番の「ここは何処?」を呟いてみた。
呟いたところで何かが起きるわけでもなく、静かな、やたらゴージャスな室内の空気に萎縮する。
コンビニからこの部屋までの記憶のつながりは一切無い。考えても何も解らず、持っていたスマフォは電源が入らなかった。
場所もわからず、時間もわからず、部屋を探索しようにも、高価そうな調度で溢れた室内で何かを壊したら一大事だ。
とにかく部屋の外に出て……、と部屋にあった唯一の扉を開けようとしたが、開かなかった。そういえば、この部屋には窓も無い。
私は開かないドアに見切りをつけ、とりあえず、ソファーに座りなおしてみた。
「……とにかく、ロールケーキでも食べてみようか、」
私はコンビニの袋を開け、袋に入っていたフォークを使ってロールケーキを食べだした。よくわからない状態は一旦保留にして、イチゴの甘酸っぱさに微笑を浮かべ小さな幸せを噛み締めた。
ロールケーキを食べ終え、ゴミをコンビニの袋に戻すとまたやる事がなくなってしまった。カサカサと侘しい音を立てコンビニの袋をいじりながら、天井を見上げる。天井にはキラキラと輝く豪華なシャンデリアがぶら下がり、あまりの「らしさ」に生温い笑みを浮かべる。
「あれだ、あれ!異世界トリップ!ここは王族のお部屋で、これからイケメンの王子様とかチョイ悪な騎士とかが出てきて、異世界人の私が巫女だか何だかで、恋に落ちたり、逆ハーでウハウハになったり……」
思いついた一番ありえない予想を口にしてみたが、相変わらず何も起こらず、私はただデカイ声で独り言を言う痛い子になっただけだった。
ロールケーキの幸せは薄れ、デカイ独り言とその内容の痛さに落ち込んでみた。
―なんだよ、異世界トリップとか巫女とか無いわ……、自分巫女でモテキ到来!とか……痛いわ……
久々に深く落ち込み、何故自分はもう一つロールケーキを買ってこなかったのか、と言うどうでもいい事を真剣に考えて現実逃避をしてみた。
体感時間で一時間ほど、ソファーに座ったままぼーっと過ごす。いい加減、何も進展が無いのが辛くなる。私は飽きっぽい現代っ子なんだ。これ程の空白時間を何もせず楽しく過ごせるほど人間は出来てない。
ここはひとつ腹を括ってRPG定番の家捜しでもしてみようと、高そうなチェスとの前に立ち引きだしに手をかけた瞬間、それまで開かなかった唯一の扉がガチャリと音を立て開いた。
「ここで何をしている?」
目付きの鋭い男が私を睨む。
「何だよ、盗人か?それとも闇討ちか?」
もっと目付きの悪い男が笑う。
二人の男は険しい眼差しをコソ泥よろしく引き出しに手をかけたままの私に向けた。
「……あの……小さげなコインは、無いかなぁ~って……」
テンパッた私は酷く正直になる。
小さげなコイン探してどうなる?私は激しく自分にツッコミを入れながら、恐ろしく圧力のある二対の視線を薄ら笑いで受けた。




