今日も今日とて
はじめまして。
数ある作品の中から本作を見つけていただき、ありがとうございます。
拙い作品ではございますが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
よろしければ、最後までお付き合いいただけますとうれしく思います。
大阪東雲大学、経済学部。
春からここに通い始めて、もうすぐ2ヶ月になる。大学にもだいぶ慣れてきた。
講義の教室も分かるようになったし、学食が一番混む時間帯も覚えた。友達もそれなりに増えた。
そして、いつの間にかよく一緒にいる奴もできた。
「山本、今日の二限って何やったっけ?」
「ん? 経済史やろ」
「そうやった。危なっ」
「藤原、履修登録したん自分やろ」
「分かってる」
藤原直哉。178cmで顔立ちは整っている、いわゆるイケメン。
大学に入ってから、女子に声をかけられているところを何度も見た。羨ましい限り。ただし本人は特に気にしていないらしい。ムカつく。
俺なら1回でもそんなことがあれば、その日はずっと友達に自慢するところやけど。
「藤原って、ほんまモテるよな」
「急になんやねん」
「いや、さっきも女の子に話しかけられてたやん」
「あー、あれか」
「なんて言われたん?」
「大したことは言われてないなぁ、ランチ一緒に行きませんか?くらいや、断ったけど」
「おいおい」
「興味ないから」
「もったいなっ」
俺が笑うと、藤原は呆れたような顔をした。
「山本はそういうの気にせえへんの?」
「俺?そもそも声かけられへんし」
「いや、そういう意味ちゃうやろ」
「なんやねん」
藤原は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。
藤原には友達もいる。俺ほど多くはないが講義が終わったあとに一緒に飯を食べたり、帰り道を歩いたりするような奴が何人かいる。
誰とでも仲良くなる俺とは違って、気の合う奴とだけ付き合うタイプだが、別に人付き合いが苦手なわけではない。普通に喋るし、普通に笑う。人間関係は少数精鋭。そんな感じだった。
一方、俺はというと。
「山本、今日このあと暇?」
「まあ暇やけど」
「じゃあ飯行こうや」
「ええで」
気づけば、また別の奴と話している。昔からそうだった。人と話すのは好きやし、知らん奴とも割とすぐ打ち解ける。友達は多いほうやと思う。
顔は普通。人生18年生きてイケメンと言われたことはない。けれど、愛嬌があるとはよく言われる。笑っていると親しみやすいらしい。そんなものか。
そんな俺には、大学に入ってからもう一つ始めたことがある。
ゲーム配信だ。
家に帰る。パソコンをつけ、ゲームを起動する。マイクの音量を確認後、配信開始のボタンを押す。
「こんばんは!今日もよろしくお願いします!」
ゲームをしたり、人狼をしたり。特別なことをしているつもりはない。好きなことをして、それを見に来てくれる人と喋る。
それだけだ。最初は誰も見ていなかった。1人で話していて虚しくなる時もあった。それでも続けているうちに、少しずつ見てくれる人が増えていった。
コメントを読んで、ゲームをして、笑う。大学とはまた違う場所で人と話しているような感覚が、俺は結構好きだった。
そして、そんな配信を毎回のように見に来る奴がいる。
藤原だ。
コメントをするわけではない。ただ、毎回いる。最初は偶然やと思っていた。
けれど1週、2週、そして気づけば毎回いる。配信を始める時間が少し遅くなってもいる。ゲームを変えてもいる。人狼をやってもいる。別のゲームをやってもいる。それでもいる。さすがに気になった。
だから、ある日の昼休みに聞いてみることにした。
「おーい、藤原、聞きたいことがあるんやけど」
「なに?」
「お前、俺の配信見てるやろ?」
「……?何のこと?」
「俺のゲーム配信見てるやろ?」
「見てへんよ」
「いや、見てるやん、配信してたら見てる奴の名前分かるんやけど。『ふじなお』ってお前やろ?」
「単に俺に似た名前の奴じゃないか?」
「でも昨日の人狼もおった」
「ちゃうよ」
「ねばるなぁ、アイコンも大学の写真やったで」
「……」
「答えてもらおうか、『ふじなお』さん?w」
「それは……偶然見かけて、暇やったんで見ただけや」
「毎回?」
「……」
黙った。なんて分かりやすい。俺の勝ちやな。
「お前、俺のファンなん?」
「違う」
即答だった。
「返答はやっ!」
「ファンちゃうから」
「ふーん、そうなんや」
俺は素直に頷いた。本人が違うと言うなら、違うんやろ。
「じゃあ、ゲームが好きなんやな」
「まあな。他のゲーム配信もよく見てるからな」
「なるほどなぁ」
それなら納得できる。確かにゲームが好きなら、ゲーム配信を見る。人狼が好きなら、人狼配信を見る。
俺自身に興味があるわけではなく、俺がやっているゲームや配信そのものが好きなんや。納得。
「今度また人狼やるで」
「そうなんか。なら見るわ」
「ほんまゲーム好きやなあ」
「……そうやな」
そのときの藤原は、少し嬉しそうだった。こいつ本当にゲームが好きなんやな。
あの一件以来、藤原と一緒にいることが増えた。
講義の前に話す。昼飯を食べる。帰り道が同じなら一緒に帰る。それくらいの関係だった。
ある日の昼休み。俺たちは学食の隅の席で飯を食べていた。
「なあ、山やん」
「は?誰が山やんや」
「お前や」
「なんでやねん!」
「山本やから山やん」
「安直すぎるやろ!」
「ええやん」
「よくないわ」
「山やん」
「やめんかい!」
「山やん?」
「お前……もうええわ、勝手にせえ」
藤原は満足そうに笑った。なんやねん、こいつ。こういうときだけ妙に楽しそうや。俺、遊ばれてるわ。
「じゃあ俺も藤原のこと、藤ちゃんって呼ぶわ」
「はぁ~?」
「藤原やから藤ちゃん」
「なんでやねん」
「お互い様や」
「えぇ~?」
「じゃあ藤ちゃんっ!w」
「……やめろや」
「なんで?」
「なんか腹立つ」
「でも山やんって呼んでるやん」
「それとこれは別やろ」
「一緒やって、お前が始めた物語やろ」
「全然ちゃう」
藤原はそう言いながら顔を背けた。耳が少し赤い。
「じゃあ藤原に戻そか?」
「別にええよ、好きにしたらええやん。面倒になってきたわ」
「じゃあ藤ちゃん」
「はいはい」
その日から、俺は藤原のことを藤ちゃんと呼ぶようになった。藤原は俺を山やんと呼ぶ。変な呼び方やけど、いつの間にかそれが普通になった。まあ、そんなんもアリか。
ただ、一つだけ分からないことがある。藤ちゃんは、俺のことをよく見ている。配信で俺が何か話すと、妙に覚えている。
「山やん、昨日の配信で言ってたゲーム、買ったん?」
「まだやで。なんで?」
「いや、次はどんなゲームをやるんかなって気になった」
でも、俺は深く考えなかった。ゲーム配信が好きならそのくらい当たり前か。どんなゲームをやるか気になるよな。
その日の夕方。大学から少し離れた場所で、藤原は友達と歩いていた。
「なあ、藤原」
「なんや」
「お前、山本のこと好きやろ」
「……え?」
「いや、どう考えてもそうやん」
「おまっ、何言うてんねん」
「だって、あいつの話するときだけ顔違うで」
「そんなん普通やろ」
「昨日の配信の話してたとき、めっちゃ嬉しそうやったやん」
「ゲームの話やで?」
「またまた」
「ほんまにそうやからな、しゃーないやろ」
藤原は前を向いたまま答えた。
「ゲームの腕は悪くないし、人狼も、あいつなりにちゃんと考えてるし。昨日の最後の判断もさ――」
「めっちゃ語るやん、しかも嬉しそう」
「気のせいやろ」
「お前、ほんま分かりやすいな」
「あほか」
「山本に言わへんの?」
「なにを?」
「なにって、告白ってやつ?」
「好きやないよ、誤解せんでくれ」
少しだけ歩く速度が落ちる。
「さよか、まあええけど」
「なんや」
「いや、別に」
それ以上、藤原は何も言わなかった。
翌日。
「おはよう、藤ちゃん」
「おはよ」
「眠そうやな」
「昨日遅かったから」
「またゲーム配信見てたん?」
「見てた」
「ほんま好きやな」
「まあな、ゲーム配信面白いからな」
俺は笑った。
「今日の昼、一緒に食べる?」
「ええよ」
「じゃあ山やん、席取っといて」
「なんでやねん」
「友達やから」
「人使い荒いなぁ、そういうのはお前のことが好きな女子に頼めや。いくらでも取ってくれるで、知らんけど。っていうか俺に誰か紹介してくれ!」
藤ちゃんはそう言いながら、先に歩いていった。俺も後ろからついていく。なんとなく、いつものことになっている。
昼休み。
「なあ、藤ちゃん」
「なんや」
「今度の配信、何のゲームにしよか?一緒に考えてくれへん?」
「なんで俺が」
「ゲーム好きやから」
「まあ、ええけど」
「やった」
俺が笑うと、藤ちゃんは一瞬だけ目を逸らした。
「どしたん?まあええわ、藤ちゃんなんかやってほしいゲームある?」
「特にないなぁ」
「じゃあ人狼でええ?」
「ええよ」
「じゃあ次、人狼な、人集めんとあかんな」
「……楽しみにしとく」
「え?」
「なんでもない」
藤ちゃんはまたそっぽを向いた。
俺は首を傾げる。ほんま、たまに変な奴や。ぶっちゃけ友達としては付き合いやすい。口数が少ない割には、ちゃんと話を聞いてくれる。配信の話をしても、嫌そうな顔をしない。むしろ、細かいところま覚えている。
ゲームが好きなんやろな。好きなものはよく覚えとるもんや、自分もやな。
その夜。
いつものようにゲームを起動し配信を始めた。
「こんばんは!今日もよろしくお願いします!」
コメント欄が流れる。いつもの名前。初めて見る名前。そして、コメントはしないけれど見に来ている名前『ふじなお』。俺は特に気にせずゲームを始めた。
数時間後。
「じゃあ今日はこの辺で終わります。見に来てくれた人、ありがとうございました!」
配信を終了し椅子にもたれかかって、一息つきスマホを見た。メッセージが一件。藤ちゃんだった。
『今日の最後、山やんの判断で正解やったと思う』
細かいところまで見てるなあ。俺は笑いながら返信した。
『ありがと、藤ちゃん』
すぐに既読がついた。しばらくして、返信が来る。
『……その呼び方やっぱ慣れへん』
俺は思わず笑った。
『じゃあ藤原に戻す?』
既読がつかない。しばらく待っていると、
『別に藤ちゃんでええ』
と返ってきた。
「なんやねん」
一人で笑ってしまう。でも、なんとなく嬉しかった。大学に入って、たまたま知り合った友達。それがいつの間にか、こうして毎日のように話すようになった。
明日もたぶん会う。講義を受けて、食堂で食べてくだらない話をする。きっとまた、藤ちゃんが俺を山やんと呼ぶ。俺も藤ちゃんと呼ぶ。
ただの友達。でも、それが続けばええな。いつか大学を卒業して、こうやって会えなくなる日も来るんやろうな。それもいい思い出になるんだろう。青春ってええな。
同じ頃。
藤原はベッドの上でスマホを見ていた。画面には、さっき送ったメッセージ。
そして、その下にある、
『別に藤ちゃんでええ』
という自分の文章。
「何が別にやねん」
小さく呟く。ほんまは嬉しい。山本に藤ちゃんと呼ばれるのが。自分だけの呼び方があるみたいで特別な感じがすごい。これを優越感っていうんやろか。
だから、やめろと言いながら、やめてほしくはない。俺って面倒くさい。ほんまにそう思う。
けれど、山本が笑うと嬉しい、楽しそうに話していると嬉しい、自分を頼ってくれると……、もっと嬉しい。
配信だってそうだ。ゲームが好きだから見ているわけじゃない。もちろんゲームも嫌いではない。けれど、本当に見たいのは、楽しそうに笑っている、山本陽介だ。
「こいつ、いつ気づくんや」
スマホを伏せる。たぶん、明日も気づかない、明後日も、その先も。それでもいい。今は、まだ。山本の隣にいられるだけで十分だった。でもいつか……。
翌朝。
「おはよう、藤ちゃん」
「おはよ、山やん」
「今日も眠そうやな」
「誰のせいやと思ってんねん」
「俺のせいなん?なんでや、昨日は配信早く打ち切ったで?」
「眠たいで黙っといてもらえます?」
「変な藤ちゃん」
山本が笑う。藤原も、ほんの少しだけ笑った。
今日も、いつも通り。
何も変わらない。たぶん、今日も。そして明日も。こんな日が続けばいい。
今日も今日とて。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
拙い作品ではございますが、最後まで読んでいただけましたこと、とても嬉しく思います。
もし少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。




