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追放令嬢の賄い飯が美味すぎて魔王陛下が厨房に住みつきました  作者: 渚月(なづき)


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9/10

第九話 最後の献立

査問の場は、ヴァルディア王宮の裁きの間だった。

私は証人として出廷した。魔王の随行料理人としての正式な立場で。


オーギュスト・ド・ラヴィエール料理局長は、白い料理長服で立っていた。

いつもの自信に満ちた表情。口髭を整え、背筋を伸ばしている。


シャルロット・ド・ベルモン公爵令嬢は、青いドレスに扇子。

涙の準備は万全のようだった。


査問官が証拠を読み上げる。


「レシピ帳の偽造について。本物のレシピ帳と偽造されたレシピ帳を照合した結果、偽造版には被告の追放一ヶ月前の日付で春トリュフのレシピが記載されている。しかし食材納品記録によれば、当該日に春トリュフの納品はなく、季節的にも入手不可能である」


オーギュストの顔が、初めて強張った。


「これは——手違いだ。記録の転記ミスに過ぎない」


「では、ベルモン家の紋章が刻まれた毒の瓶について説明を求める」


シャルロットが扇子を握りしめた。


「あの瓶は——私が薬師に調合させた美容薬の瓶です。毒ではありません」


「しかし、内容物の検査によれば、微量の毒物が検出されている」


「それは——ミレーユが入れたに違いありません!」


シャルロットの声が裏返った。

演技の涙ではなく、本物の焦り。


ナディアが前に出た。


「私は、局長の私室でこの瓶を目撃しました。ミレーユ先輩の追放よりも前の日付です。瓶のラベルに記された日付と、先輩の追放日を照合すれば、時系列の矛盾が明らかです」


「嘘だ! この小娘は——」


「局長。発言の許可を求めてから話しなさい」


査問官の冷静な声が、オーギュストを遮った。


証拠は淡々と積み上がっていった。


査問官がレシピ帳の偽物を手に取った。


「この帳面に記された筆跡は、被追放者ミレーユ・ブランシェのものとは一致しない。筆跡鑑定の結果、料理局長オーギュスト・ド・ラヴィエールの筆跡との類似が認められる」


オーギュストが声を荒げた。


「それは偶然の一致だ! 私が書いたものではない!」


「では、なぜ局長の私室からこの帳面の下書きが発見されたのか、説明をお願いする」


ナディアが追加の証拠を提出した。

局長の私室から持ち出された下書き——偽造レシピ帳の草稿。ナディアが清掃の際に発見し、密かに写し取っていたものだ。


シャルロットが叫んだ。


「これは罠よ! あの魔王の手先が仕組んだ陰謀です!」


「ベルモン公爵令嬢。感情的な主張ではなく、証拠に基づく反論をお願いする」


シャルロットは黙った。扇子を握る手が白くなっている。


証拠は淡々と積み上がっていった。

レシピ帳の偽造。毒の瓶の出所。時系列の矛盾。

ナディアが命がけで集めた証拠が、一つずつ嘘を暴いていく。


私は黙って立っていた。

感情的にはならない。

料理人は、皿の上で結果を出す。法廷では、証拠が結果を出す。


最後に、王太子アルベールが証言に立った。


「ミレーユの料理を食べたとき、私は生まれて初めて『美味しい』と思った。あの料理に毒が入っているはずがない。なぜなら——あの味は、人を生かすための味だから」


広間が静まった。


「私は、この冤罪を見抜きながら黙っていた。それは私の罪だ。だが、今日ここで正す」


オーギュストの顔から血の気が引いた。

シャルロットの扇子が、床に落ちた。


査問の結果は翌日発表された。


オーギュスト・ド・ラヴィエール。証拠偽造と偽証により料理局長を解任。伯爵位剥奪。


シャルロット・ド・ベルモン。偽証の共謀により王太子との婚約解消。宮廷出入り禁止。


ミレーユ・ブランシェ。冤罪が証明され、追放処分撤回。名誉回復。



査問が終わった後、宮廷の廊下を歩いた。


ナディアが隣にいた。


「先輩。終わりましたね」


「ええ。あなたのおかげよ、ナディア」


「先輩が教えてくれたんです。真実は皿の上に乗せるって」


「私そんなこと言ったっけ」


「言いました。初めて料理を教えてもらった日に」


覚えていなかった。

けれど、ナディアが覚えていてくれた。


宮廷の出口で、王太子が待っていた。


「ミレーユ。宮廷料理局に戻らないか。局長の後任として」


予想していた提案だった。


「殿下。ありがたいお話ですが——辞退します」


「なぜ」


「私にはもう、帰る場所がありますので」


王太子は少し笑った。疲れた、けれど穏やかな笑顔。


「そうか。魔王の城が、お前の居場所か」


「はい」


「魔王は——幸せ者だな」


「ゼルドリス様のことですか」


「毎日、お前の料理が食べられるのだから」


王太子は背を向けた。


「ミレーユ。一つだけ頼みがある」


「何でしょう」


「いつか——また、あのスープを作ってくれ」


「お約束します」


王太子は去っていった。


宮廷の門を出ると、馬車が待っていた。

御者台に、見慣れた銀髪の男が座っている。


「ゼルドリス様。御者を?」


「待っていただけだ」


「門の前で?」


「……通りかかっただけだ」


(……通りかかった、ね。)


馬車に乗り込んだ。


「帰ろう」


「はい」


帰る場所がある。

待っている人がいる。

作る料理がある。


それだけで、十分だった——はずなのに。


ゼルドリスが馬車を走らせながら、ぽつりと言った。


「宮廷に戻らなかったのか」


「はい」


「なぜだ」


「ここの厨房が好きだからです。それに——」


「それに?」


「おかわりしてくれる人がいますから」


ゼルドリスの耳が、夕焼け以上に赤くなった。


「……何杯でもおかわりするぞ」


「知っています。五杯の日もありましたよね」


「あれは特別だと言っただろう」


「毎日が特別です。ゼルドリス様」


「……お前は、ときどき、とんでもないことをさらりと言う」


「ゼルドリス様に言われたくないです」


少しの沈黙。

馬車が揺れた。


「ミレーユ」


「はい」


「城に帰ったら、あのパンを焼いてくれ」


「パン?」


「焼きたてのパン。リュカが好きだと言っていただろう」


「リュカのためにですか」


「……城の全員のためだ」


(……この人は、本当に不器用に優しい。)


「承知しました。帰ったらすぐに焼きます」


馬車が魔王城の門をくぐった。


リュカが飛び出してきた。


「おかえりなさい! 冤罪、晴れたんですよね! ヘルガさんから聞きました!」


「ええ。晴れたわ」


「やった! やった! ミレーユさん、もうどこにも行かないですよね!」


「行かないわよ」


「約束ですよ! 指切りしてください!」


リュカが小指を差し出した。


「指切りげんまん、嘘ついたら……」


「針千本は物騒だから、代わりにパンを千個焼くことにしましょう」


「千個! 食べきれます!」


「あなたなら食べきれるわね」


リュカと指を絡めた。

小さくて温かい指。


ゼルドリスが馬車から降りてきた。


「リュカ。騒ぐな」


「ゼルドリス様もおかえりなさい!」


「……ああ。ただいま」


ゼルドリスが「ただいま」と言ったのを聞いたのは、初めてだった。


ゼルドリスの耳が、夕焼け以上に赤くなった。


魔王城が近づいてくる。

門の前でリュカが飛び跳ねている。


(……ただいま。)


けれど、物語は終わっていない。

冤罪は晴れた。敵は裁かれた。居場所は見つかった。

それでも——まだ、言葉にしていないものがある。

最後の一幕が、まだ残っている。


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