実験体102号
地下に造られた10階層の地下建築。
地下の各階層そのものが巨大都市で、そこでは拡張現実(AR)により“ヴァーチャルな街並み”が重ねられている。
世界一広大で、階層毎に学校やお店などが普通に存在し、多くの能力開発を受けている能力者が日常生活を送っている。
各階層職員用入り口、出口は、分厚いコンクリートの壁で塞がり、赤い光が点滅、その光に急かされる様にアラームが鳴り響いている。
「102号、暴走。繰り返す、102号、暴走。10階層・職員用通路にて発生。……いつきも——」
天井にあるスピーカーが迷惑を考えずに喚き散らす。
「スピーカーってね、“音を作る箱”じゃなくて、“空気を揺らす道具”なの。まず、電気の信号が来るでしょ? その信号が、スピーカーの中の“コイル”っていう、ちいさなぐるぐる線に流れるの。ぐるぐるに電気が流れると、ふしぎだけど磁石みたいな力が出るんだよ。でね、すぐ近くに“磁石”がいるの。コイルの磁石っぽい力と、本物の磁石が、引っぱったり、押したり、ケンカしたり仲よくしたりするの。そうするとコイルが前に行ったり後ろに行ったり、びゅんびゅん動く。コイルは“振動板”っていう薄い板にくっついてるから、板もいっしょに動く。板が動くと、その前の空気が押されたり引かれたりして、波みたいに広がるの。……それが、あなたの耳に届く“音”高い音は、ちいさく速く震える。低い音は、おっきくゆっくり震える...」
「あぁ、そうだな。一言も頭にはいらねぇ。少し黙ってろ」
「ひっどーい!折角説明してあげてるのにー!してあげてるのにー!」
「...だから同じスピーカーでも、動き方がぜんぜん違うの。かわいいでしょ?あとね、音をちゃんと出すには“箱”も大事。箱がないと後ろの空気の揺れと前の揺れがぶつかって、せっかくの音が消えちゃうの。だからスピーカーって、板だけじゃなくて、おうち……つまり箱も必要なの。つまりね?電気が、動きに変わって、動きが空気の波になって、波が耳に入って、脳が“音だ”って決める。スピーカーは、その最初のところを、ずっと健気にやってるだけ」
「ご丁寧にありがとな。さてどうしたもんかね?壁か」
「コンクリの壁ね。あれはね、“石のスープを固めた板”みたいなものだよ。材料はだいたい四つ。セメント、水、砂、砂利。セメントは“のり”みたいな役で、砂と砂利は“骨と肉”みたいな役。水は、セメントを働かせるためのスイッチ。混ぜた直後はどろどろでしょ? でもね、乾いて固まってるんじゃないの。ここ、まちがえやすいとこ。セメントは水と反応して、石みたいな結晶を作っていくの。だから“水が必要”なのに、表面だけ乾かすと逆に弱くなるんだよ?それで、壁として強くするには“型”がいるの。木の板とかで箱みたいに囲って、そこにどろどろを流し込む。固まったら型を外して、はい壁、でもコンクリって、押される力には強いけど、引っぱられる力には弱いの。引っぱられると、ぴしって割れやすい。だから中に“鉄筋”っていう鉄の棒を入れるの。鉄筋が引っぱり担当、コンクリが押され担当。分担して強くなるの。でね、コンクリの壁って、実はちいさな穴がいっぱいある。スポンジみたいに、目に見えないすきま。だから水を吸ったり、凍ったり、時間がたつとひびが入ったりすることもあるの。ひびは悪じゃないけど、放っておくと水が入って鉄筋がさびて、さびってふくらむから、壁が中から割れたりする。だから、強い壁にしたいなら――ちゃんと配合して、空気を抜いて、急に乾かさず、必要なら表面を守ってあげる。コンクリはね、乱暴に扱うと拗ねるけど、丁寧に育てると百年とか平気で耐えるんだよ。ね? ただの灰色の壁じゃないでしょ。あれ、けっこう“生き物”なんだよ」
10階層と9階層を繋ぐ階段手前にコンクリで出来た壁が塞いでいる。
いつきが言い終わると、102号の周囲、空間が歪む、空間がまるで一つ一つ小さな四角形の物体。空間がドット化になった瞬間、視界がピクセルの格子に割れ、壁の“構造”だけがほどけて崩れ落ちた。
小さな四角形のブロック状に床に散らばり、気にする事なく102号は歩みを進める。
「無視しないでよぉ!ねぇ,置いてたらダメー」
いつきは、頬を膨らませ「ブー」と音を出し息を吐く。
「あ、置いてかないでで思い出したけど、あのね...」
「少し黙ってくれると助かるんだがな?」
「もぅ!えとね...」
102号の後ろを早歩きで口数を減らす事なく追いかけ階段を上って行った。
地下入り口前にある職員用休憩室。
中年の男と若い女性の声が聞こえる。
「先輩、102号暴走と言ってるすが?」
「まずい事になったな。お前、ここに来てどのくらいだったか?」
「1年と3ヶ月程っす」
「なら知らないか、102号は10階層に隔離されてる能力者だ」
「10?」
「あぁ」
「6階層迄じゃないんすか?」
「教えられてないのは、お前はまだここに来て日が浅い、それ以上の能力者への対応は無理と上から判断されてるって事だ」
「一応、6階級の能力なんすが?」
「6階級ね...1から6までは、一般的な能力者と言ってもいい、やばいのは8階層からだ。8から上の能力者は軍隊投入してもやられるかもな?」
「揶揄ってるすか?」
「まぁな。信じなくてもいいが、お前が8階層の能力者と敵対した場合、2秒生きてれば大した奴だという評価してやるよ」
「2秒て、あははは」
「そんなに可笑しいか?」
「私も、ここ出身なんすが、それなり上位に」
「知ってるよ。お前の事はな。あだ名は番長だったか?20年俺はここにいるからな。が、井の中の蛙大海を知らずってやつだな。言い方は悪いが底辺の中で粋がってただけの小物」
「酷くないすか?」
「7階層に上がって、初めて上があると知るからな。知らなくて当然だろう」
「そうすか。ちょっとショックっす。で、102号てのはどのくらいやばいんすか?」
「8,9階層の能力者全員が相手にしても勝てるかどうかって所らしい。あんま詳しくは知らねえからな。俺もそう聞かされただけだ」
「いつきってのは?」
「11?12だったか?まあ、そのくらいの女の子だ」
休憩室の扉が開くと、スーツ姿で口髭をたくわえた30位の男が入室する。
女に一度目を向け、男に歩み寄る。
「探しましたよ。放送聴きました?」
「あぁ、所長がわざわざ何の用だ?」
「言わないと分かりませんか?102号を拘束しなければどうなるか分かりません。どうか」
「多分無理だと思う。一瞬で殺されるかもな?」
「貴方しか止められる人はいないと、能力開発局局長、幹部の判断です」
「誰か行ったのか?」
「はい。二十名程行きましたが...」
「理解した。何人か逃げてこれたか?」
「........」
「そうか...」
沈黙が場を支配している。
「はぁぁ...なぁ、俺の歳知ってるか?」
「知らないっす」
「幾つになられたのですか?」
「42だ。厄年だよ。お祓いに行っとくべきだったわ」
「ですね。しかし、A28システムの演算では、102号に相対して生き残れるのは貴方だけとの結果が出ていまして...」
「ちっ、俺の人生もここまでか。マジ厄年だわ」
「すいません。頼れるのは貴方しか...」
「先輩。私も行くっす」
「あぁ?お前がなんの役に立つと思ってんだ?ふざけた事抜かしてんじゃねえぞ!」
「で、でも、私だって何か」
「おい!102号に殺される前に俺が殺してやろうか!?あぁ!!!」
テーブルの脚を蹴り、大きく溜息をつく。
「落ち着いてください。彼女は役に立つかもしれませんよ?」
「たいした能力者じゃねえだろ?こいつは」
「スピードには自信があるっす!」
「彼女には、いつきの相手...相手と言っても戦うのではなく、女の子同士仲良くなれば102号も止まるかと」
「どういう事だ?いつきってのは何かの能力者で102号を操ってるって事か?」
若い女性は、真剣な表情を見せ、話しを聞いている。
「いえ、いつきは情報収集能力のみですね。監視システムの過去ログに一件だけあるのですが、102号は“いつきが許した相手”には手を出さなかったらしいです。つまり、彼女が鍵かと、ただし、過去ログ一件のみのデータですので確証はないですが」
「なるほどな」
男は暫く考えこむ様に天井を見上げて一点を見つめている。
スーツ姿の男と若い女性は、男を眺め男が声を発するのを催促する。
「俺が102号の能力を防ぐ。お前、いつきに接触しろ。いいな?」
「分かったっす」
「102号の能力を防ぐのは持って5秒くらいだ。いけるか?」
「任せるっす!」
「これは任務だ、俺が死んでも任務を続行しろ。いいな?」
「了解っす!」
「それじゃ、行くか」
「お気をつけて」
9階層から8階層に続く階段前の床には、四角形のコンクリのブロックと少し前迄生物であったであろう肉塊と布が無数に転がっている。
102号は、見向きもせずに上に上がって行く。
「何処まで続いてるんだ?」
「分かんなーい。でも、ずっと行くと地上に出られるよー。地上に行くとお日様が地上を照らしてるの。でね、夜になるとお月様がお日様の代わりに地上を支配するの。あ、お日様とお月様の関係はね...いた〜い!もぉ〜、なんで拳骨するの〜!」
「お喋りはそこまでにしとけ。後でいくらでも聞いてやる。またなんか来る。俺から離れるな」
「うん!」
地下8階層から9階層に続く階段を、若い女性の能力。″スピードマスター″で高速で降っている途中、遠くに華奢な17.8歳くらいの男と後ろに男の服を掴んで階段を登っている女の子の姿を視認する。
「あれっすかね?」
「だな。俺を降ろせ」
壮年の男は、若い女性にお姫様抱っこされていた。
「さて、どうしたもんかね?」
「私、お菓子持ってるっす」
「そのお菓子に命をかけてみるか。任務遂行が無理と悟ったらすぐに離脱しろ。お前のスピードなら逃げれるかもしれねえ」
「うっす」
男は、ゆっくりと階段を降りると同時に両腕を突き出すと、腕の間に魔法陣の様なものが浮かぶ。
「先輩、それなんすか?」
「話しかけるな。気が散る。102号に近づくと、お前が声をかけろ。いいな?」
「分かったっす」
男が手を広げると数十個の魔法陣の様なものが男を包み込むよに広がり、男の体を薄く覆う。その魔法陣は、意思があるかの様に男の周りを回っている。
男達と102号達の距離が近づく。
「あの、ここは職員専用通路っす。貴方達はどの階層の方達っすか?」
声を掛けた瞬間、男の声が響く。
「伏せろ!」
若い女性はその声に従い階段に這いつくばるが、頭だけ起こし前方の状況を確認する。
男のすぐ前の空間がドット化しピクセルの格子状に歪み、102号達がバラバラにでもなったかの様に映っている。
男は両腕を突き出すと体の周りを回っている魔法陣が両腕の周りに集まり、ピクセルの格子状に歪んでいた空間が正常に戻る。
102号達の姿がハッキリと見えた瞬間、男の両腕の周りの魔法陣が、ガラスが割れるかの様に散らばり消えていった。
「ちっ!全て持っていかれるとはな!」
と声を発した時、男の横を高速で移動する物体の風に煽られ転倒仕掛けるが、男は視線を102号達に戻す。
102号の周りがまた空間が歪みそうになった時
「わわ」
いつきがバランスを崩し後方に転落しそうになる。
「危なかったっす」
そう声を掛け、いつきを抱き抱えると、いつきは女性の顔を見つめて、笑顔を作る。
「お姉さんありがと」
その言葉が合図になったのか、102号の周りの空間が元に戻る。
「どういたしまして。ここから落ちると怪我だけじゃ済まないすよ?」
「うん。気をつける」
二人の様子を102号は眺めている。
その姿を見て安心したのか、男はやれやれと階段に腰を降ろすが、男の周りを魔法陣が周り始めいつでも動ける様に警戒している。
「あ、お菓子どうすか?」
「いいの?」
「いいっすよ」
女性は、背中に背負っているバックを降ろし、いつきに中を見せる。
「お菓子いっぱいあるー」
「好きなだけいいっすよ?」
「本当に?やったー!凛もお菓子食べる?」
「あぁ?いらねえ」
「凛?102号じゃないんすか?」
「うん!凛はね?102号て呼ばれてたの先生に、でもね可哀想だから、私が名前つけてあげたの」
「凛て?」
「うん!少名毘古那凛て、つけた時ね〜、凛喜んでた〜」
「喜んでねえしよ。呼び名なんてなんでもいいだろ」
「少年、名前は大事だ。こんな可愛いらしい女の子に付けてもらえるとは嬉しい事じゃないか」
凛は、その言葉を無視する。
「で?俺達をどうするつもりだ?」
「そういやあ、この後の事指示されてねえな。お前達の目的はなんだ?」
「ここは飽きた。地上てのがあるんだろ?そこに行く」
「難しい話しだな。俺だけで判断はできねえな」
「そうか」
「待て!上と話そう」
いつきは、女性の膝に座ってお菓子を食べながら
「ねね、地上てお日様があるんでしょ?」
「あるっすね。地上に出た事ないんすか?」
「うん!私達お日様を見たいの」
女性はカバンからハンカチを取り出していつきの口の周りに付いているお菓子のかけらをぬぐうと、
「凛君、上には行けないと思うっす。ここに来る迄に多くの人を...」
男は、首を横に振り会話を制し、無線で連絡をとる。
「こちら、102号と接触。102号は地上に行く事を望んでいる。指示を」
男が無線でやり取りしてるのを、三人は黙って聞いている。
「あーと...結論から言おう。これ以上、上にはいかせる事は出来ない」
「そうか、なら勝手に行くさ。お菓子の礼だ、殺すのはやめといてやるが止めるなら...」
「話しを最後まで聞け、少年。上が言うにはだ、あーっと...」
少し考え込むと、頭をかきながら凛の目を見つめ話しを続ける。
「7階層で地上へ行く為の予行練習してみてはどうだ?」
「どういう事だ?」
「1から9階層までの階層は、地上と同じ様な状況を作り出されている。地上には地上のルールがある。それを学んでからでもいいだろ?ルールを破ると、追われる立場になるぞ?面倒だろ?毎日いついかなる時も狙われるというのは」
「どう思う?」
凛は、いつきを見つめる。
「それがいいかも〜。面白そー」
「分かった」
「付いてくるといい」
男は、女性に目で訴える様にいつきを見ると、女性は理解したのか
「いつきちゃん、抱っこしてあげるっす」
いつきを抱っこし男の後ろについて行くと、凛がその横につき、いつきを眺めながら階段を登って行く。
しばらくして、7階層の入り口前に着き、扉を開けると、小さな部屋になっており、また、扉を開けると数人の職員達がモニターに向かい作業していたが、一斉に男達を見る。
「ここで待機してくれ。頼むから此処では何もせずにいてくれるとありがたい」
凛はいつきを見るといつきは頷く。
「いつきちゃん。お菓子全部あげるっす。お利口さんにしているっす」
「うん!」
「皆、この二人に椅子を、あとここの責任者はどこに?」
職員の一人が先の扉を指差し
「室長ならあそこに」
「ありがとう。行くぞ」
女性に顎で合図し、二人で室長室に入ると室長が椅子に座り机の上にある書類にサインをしていた。
「貴方は...貴方が何のご用でこちらに?」
「今、面倒な事になっていてな」
「102号ですか?あの子ですか?102号は」
「あぁ、とりあえず此処に連れてきた。成り行きでな」
「7階層で地上に行く為の予行練習する事になったっす」
「何もこちらには、連絡きてないが?」
「そんな事はないっしょ?」
「いや、連絡はない筈だ、その時についた嘘だからな」
「そうなんすか?何で嘘を」
「ああでも言わないと殺されてたぞ」
「どうするんすか?」
「室長、此処で選択を間違えると全員あの世だ、あの二人を7階層に」
「しかし、命令がなければ」
「目を瞑ってくれればいい。俺とこいつが勝手にやった事だ」
「分かりました。貴方が言う事ならば目を瞑りましょう。それに、命の方が大事ですから」
「助かる。あと、俺とこいつも7階層に行く。監視目的でな。家を用意してくれ」
「分かりました」
「私もすか?まさか一緒に住むとか?」
「馬鹿か、お前はあいつらとだろ」
「いつか殺されるっす」
「あの女の子に優しくしとけば大丈夫だろ」
「殺されたら恨むっす」
「こちらから逐一連絡入れる」
「分かりました。お願いします。すぐに準備します」
室長が部屋から出て行き、二人はモニターに映る凛といつきの様子を眺めていた。
四人が7階層に行き生活を始めた後、10階層と102号の噂が流れ始め、各階層で王の様に君臨している者が102号の命を狙い始め、それが大きな抗争に発展していく。
そして、能力開発の真相や政府の思惑を男と女性は知って行き、やがて大きな陰謀に巻き込まれていく。




