〈files=one〉
「よし、これで午前の依頼は完遂っと……。
遥と翠さんは、もう事務所に着いてるかな?」
4XXX年。
ビルやホログラムがひしめくここは、人口4億を抱える巨大都市・新都 零区の中では犯罪件数が少ない街・雙木町。
そして、今現在目前にホログラムを立ち上げ、今日の依頼リストを広げる彼は、この町の探偵として働く18歳の少年・瀬戸 希。
千年前から人口が大幅に増加した日本。
人口増加に伴い、犯罪率が急増。
検挙率が大いに乱れた。
そこで、警視庁は異能を持つ「探偵」を中核とする特殊捜査組織、通称・I.S.Oを設立。
そしてこの、本来異能を持つべき「探偵」でありながら、平凡で凡庸で悪もなさそうでつまらないと幼馴染に称された少年は、I.S.O階級85位・「ブライトダスト」に所属する異能なき探偵である。
希は今日も、いつも通り歩き慣れた下町に足音を立てて自分の事務所がある青く輝くビルへと向かった。
「ただいま〜」
「あ、瀬戸!やっと帰ってきた!今までどこで何やってたんだよ!?」
希が分厚い扉を開けるなり、彼は大きな声をあげ、ふわり、と桜の香りが漂うミディアムほどの長さの紅髪を靡かせる。
そう、彼が希の同級生で幼馴染であり、ブライトダストの救者の朝霧 遥だ。
「依頼に決まってるだろ?って言うか……」
「あ、おい……!」
「……やっぱり、お酒と男性用香水の匂いが前より強くなってる……。
遥、また《《あそこ》》に行った?」
遥と向き合っていた希が急に前に身を乗り出し、遥の肩に手を置き匂いを嗅ぐ。
その独特な香りは、いつの間にか事務所全体に広がっており、鼻が利く希は事務所の扉を開ける前から彼の鼻を突いていた様だ。
「……。行ってねぇし……」
「なら良いけど。嫌な時は嫌って言葉に出して言うんだよ?」
「わかってるってば……」
「本当に?遥、普段から我慢してるんだから、ちゃんと言わないと―――」
「希。そろそろ手を放してあげてくれ。
それじゃあまるで、幼馴染相手に事情聴取をしているみたいだぞ?」
「あ……ごめん、遥」
ホログラムの光を背にした事務所の奥から、低い声が響いた。
これまで鼻歌を歌いながらお気に入りのティーセットで紅茶を淹れていた男、希の昔からの知り合い・藤堂 翠である。
翠の言葉にハッとした希が遥の顔を覗くと、そのエメラルドの瞳には、恐怖が滲んでいて、希は慌てて手を放す。
二人の間に沈黙が流れると、見かねた翠がもう一度ホログラムを立ち上げ、あるメッセージを開いた。
そんな翠を一目見ると、希は彼の傍へと近づく。
「?翠さん、それって……」
「あぁ、緊急で依頼が入った様だ。
指定されている場所は……この雙木町にある神門小学校の様だな」




