第六章 失われた記憶
目が覚めると、そこは春の学院に併設された病院のベッドの上だった。
看護師が僕のもとへゆっくりと歩み寄る。
「リオン先生、大丈夫ですか?」
「僕は……一体……どうしたんだ?」
「事故で意識を失ってました」
「……事故?」
頭が痛い。
記憶が断片的だった。
名前は……リオン・フェルディナン。
教授。
魔法学者。
それだけだ。
ただ、ぼんやりと誰かの名前が脳裏に浮かぶ。
「……セレナ……ヴァルキリス……?」
その名前を呟いた瞬間、胸が締めつけられた。
「セレナ様ですか? 彼女なら退学になりましたよ。危険人物と判断されまして……」
「……そう……か……」
僕は看護師が不在の隙を狙って、ベッドから起き上がると、庭へと出る。
桜が咲いていた。
どこかで、銀の髪の少女が笑っている気がした。
「ねぇ、知ってる?」
突然声をかけられ、振り返るとそこには見知らぬ少女が立っている。
「え?」
「あたし、毎日ここで待ってるの。ある人を──」
「……誰を?」
「忘れてしまったのに。でも心は覚えてるわ」
彼女は微笑んだ。
冷たい瞳。
長い髪。
「また、会えたね」
「……あなたは?」
「あたしはセレナ・ヴァルキリス。あなたと恋をしてはいけないって、約束した人」
胸が熱くなる。
「……どうして、またここに?」
「だって……たとえあなたが忘れてしまっても、あたしは覚えてるから。何度でもあなたと恋をするっていったでしょ?」
瞬間──一つの記憶が頭の中に駆け巡る。
僕は……セレナ・ヴァルキリスを愛していた。
胸から流れ出るように、涙があふれでて、僕は彼女の手を取る。
「……僕も……あなたに会いたかった。なぜかわからないけど──」
「大丈夫。今度は契約なんて要らない。心のままに好きになっていいの」
春の風が、二人の髪をなでた。