第一章 契約の日
魔法学院エクリアスアカデミアの春は、いつも通り華やかだった。
桜の代わりに舞うのは、魔法の光を帯びた花びら。
空を彩る虹色の浮遊石が、新学期の訪れを告げる。
この日、僕──リオン・フェルディナンは学院最年少で教授に任命された。
『古代魔法の研究で名を馳せた天才』と言う肩書きの裏には、ある決意がある。
僕はセレナ・ヴァルキリスと言う、悪役令嬢と呼ばれる生徒を学院の規律に従わせるために来た。
彼女は貴族の令嬢でありながら、何度も反乱を起こし、魔法の暴走で数人の生徒を負傷させた過去を持つ。
学院の理事会は彼女を退学させようとしていた。
だが、僕は彼女を救うためにある提案をしたのだ。
「彼女を僕の責任で教育します。ただし──一つの契約を交わします」
セレナと理事会の前で、僕は静かに宣言する。
「セレナ・ヴァルキリスと僕、リオン・フェルディナンは互いに恋してはならない。この契約を破った者者は、すべての記憶を失う」
沈黙が広がった。
誰もがその契約の重さに息を呑む。
記憶喪失。
それは魔法の世界では最も恐れられる、罰の一つ。
存在そのものを消し去るに等しい。
だが、セレナは笑った。
「面白いわ。恋愛禁止? あたしがあなたに恋するなんて、ありえないわけどね」
彼女はその長い髪を手でかきあげ、冷たい瞳で僕を見下ろす。
「契約、受け入れるわ。ただし、あなたが先に破ったら僕の奴隷ね?」
「構いません。ですが、その逆もまた然りです」
どの道、記憶を失ってしまったら奴隷にしようもないと思うが、あれはセレナなりのジョークだろう。
僕はセレナの手を取ると、詠唱を唱えた。
手の甲に魔法の契約が刻まれて淡く光り、「恋愛禁止」という文字が浮かぶと、やがて消える。
契約成立だ。
それから二人の毎日が変わった。