「特異存在管理局(後編)」
S.E.I.D.地下セクター3。
ここは、存在そのものが秘匿された灰域と呼ばれる空間。正規職員ですら足を踏み入れた者はごく僅かで、記録はすべて闇に沈められていた。
そして今——そこに、ユウカがいた。
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銃声が響く。
散弾を撃ち込む警備兵の目前で、ユウカの姿がぶれた。
次の瞬間、兵士は腹を撃ち抜かれていた。銃を手にする暇もなく、壁へ吹き飛ぶ。
「……やっぱり、あんたらは変わらない」
ユウカは呟く。死んでいった仲間たちの顔が、脳裏をよぎった。
この場所には、彼らが埋もれている。Sクラス能力者として、国家のために「道具」として鍛えられ、壊れた者たち。
ここは——処分場だった。
鋼鉄のドアを開くと、冷たい空気が流れ込んできた。
そこにあったのは、生命維持装置の中で沈黙する実験体たち。管に繋がれ、意識すら失われたまま、ただの情報処理装置として扱われる人間。
「……生きてるのか、これでも」
その時、背後で警報が切り替わる。
《特殊個体認識。対Sクラス戦闘ユニット・起動》
——来る。
ユウカは銃を抜き、身構える。
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一方その頃、篠原直哉も地下へと向かっていた。
九条隊長の協力で通された非公開ルート。だが彼の耳には、はっきりと銃声が響いていた。
「間に合え……!」
階段を駆け下りるその途中、不意に背後から声がかかる。
「篠原……お前、行く気か」
振り向けば、そこにいたのは——橘伊吹。
「俺の言った通りだろ。あの女に関わるなと言ったはずだ」
「伊吹……あの施設の中に、妹と同じ目をした奴らがいた。見て見ぬ振りなんて、できるわけがない」
伊吹はわずかに目を伏せ、静かに呟く。
「……だったら、これを持って行け」
差し出されたのは、小型のドローン端末。そこには、ユウカの過去に関する「未公開ファイル」がインストールされていた。
「彼女がここに来た理由。すべて、記録されている」
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閃光。
そして衝撃。
ユウカの前に現れたのは、人型とは言い難い強化兵だった。
機械で補強された腕、露出した神経コード、そして赤く光る複眼。
「人間に、戻る気はなさそうね……」
銃弾が放たれる。
だが、相手はまるで時間の流れを無視するかのように、一瞬で距離を詰めてきた。
直撃を避け、ユウカは横へと跳ぶ。背後の壁が砕け、煙が巻き上がる。
(予知を上回ってくる……これは、私と同じ——いや、それ以上)
不意に、彼女の視界が霞む。
——干渉されている。
この相手、通常の能力者ではない。
人工的に、未来視を融合させた戦闘マシン——《コード:ALPHA-ZERO》。
「そんなものを、何体も造っていたの……?」
そのとき、銃声。
敵の肩がはじけ飛ぶ。
「下がれ、ユウカ!」
現れたのは、篠原だった。
「どうして……」
「放っておけるわけないだろ。お前が敵であろうと、俺の答えを探すには——お前が必要なんだよ!」
ユウカが言葉を返す前に、敵が再起動する。
二人は背中を合わせ、再び銃を構えた。
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《ALPHA-ZERO》は強かった。
だが、“未来を見る”という能力は、完璧ではない。ユウカと篠原はその弱点——予知の同時干渉による演算混乱を突いた。
一人では破れない相手も、二人なら。
銃声、火花、煙。
最後の一撃は、ユウカの銃口が放った。
「——終わりよ」
敵が沈黙したとき、地下は静けさを取り戻した。
けれどその静寂の中、篠原は、ドローンに残されたファイルを再生した。
そこにあったのは、幼いユウカが「能力実験の被験体」として訓練される映像。
「彼女は、Sクラスに分類された後も、意図的に失敗例として処分されるはずだった」
伊吹の声が、録音ファイルから再生される。
「だが、逃げた。能力を使って。そして、すべてを壊して……」
映像の中、泣きながら銃を手にする少女が、篠原に重なって見えた。
「——もう、戻れないんだよ」
ユウカの声は、どこか遠くにあるようだった。
「それでも、お前は……進むのか?」
篠原は、黙ってうなずいた。
「ここで止まるなら、妹をもう一度殺すのと同じだ」