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「記録にない兵士(後編)」

 翌朝。


 S.E.I.D.内部の医務室。篠原はバンドで固定された肋骨の痛みに顔をしかめながら、ベッドから身を起こす。


 ——ユウカは逃げた。そして、明日香の真相を突きつけてきた。


 「俺は……何を信じていた?」


 問う相手は、いない。だが問いは、確実に彼自身を裂いていく。


 ノックの音と共に、橘伊吹が入ってきた。ラボコート姿、コーヒー片手にいつもの気怠げな態度。


「朝から陰鬱な顔。恋人に振られたのか?」


「……妹に関する報告書、本当に全て開示されてるか?」


 伊吹の目がわずかに細められる。篠原のその目に、尋常でない決意が宿っていることを感じ取ったのだ。


「君が言う全ての定義によるが……まあ、アクセス権が足りない書庫も存在する」


「Elysiumって名前、聞いたことは?」


 その名を口にした瞬間——伊吹の動きが止まる。


「……どこで、それを?」


「彼女から聞いた。ユウカって名の、記録にない兵士からだ」


 しばしの沈黙の後、伊吹は口を開く。


「Elysiumは、S.E.I.D.の前身が行っていた能力者研究計画の一つだ。表向きはとっくに終了していることになっているが……」


 声が低くなる。


「俺の知る限り、完全に終わったとは言えない」


 篠原は伊吹に詰め寄る。


「じゃあ、妹は? 本当に巻き込まれただけだったのか?」


 伊吹は言葉を濁す。だが、否定しない——その沈黙がすでに答えだった。


「情報を開示してくれ。俺にはその資格がある」


「……なら、これを」


 伊吹はUSB型のセキュリティキーを差し出す。


「《レベル6特例監査用》。君の名義でログインできる。だが、言っておく——知れば戻れない。本当に、覚悟はあるのか?」


 篠原は頷いた。痛む胸を抑えながら、答えはただ一つ。


「あいつは……俺に真実を選べと言った。なら、俺は選ぶ」


 ====


 その夜、再び湾岸へ戻った篠原は、前回ユウカと接触した現場を再調査していた。


 手がかりはない。だが、感じる。どこかに、まだ彼女の痕跡が残っている。


 そのとき——風が止まる。


 気配。背後。


「また来ると思ってた」


 暗闇から、ユウカが姿を現した。今度は銃を抜かない。


「……何をしたい?」


「真実を、知りに来た。妹がどう死んだか、あんたがなぜ戦うか。そして、俺がどちらに立つかを決めるために」


 ユウカは一瞬、驚いたような目をする。だがそれもすぐに消えて、静かに言った。


「いいわ。教えてあげる。私たちが何だったのか」


 彼女はコンテナの中に篠原を案内する。


 そこには、モニタと古びた端末、そして一つの保管ケースがあった。


 端末を起動する。映像が映し出される。


 ——研究室。薬剤投与。痙攣する少女。泣きながら叫ぶ名前。


《明日香! やめて! お願い!》


 篠原の手が震える。映っていたのは、明日香。そして、叫んでいたのはユウカ。


「この映像は、私が脱走前に奪った。公には存在しない記録」


 篠原は黙って映像を最後まで見届ける。


 やがて、明日香の意識は完全に沈黙する。呼吸が止まり、モニタがエラーを表示する。


《失敗体:コード15-E》


 研究員たちは、それを機械的に処理しようとしていた。


 怒り、悲しみ、そして絶望——篠原の中で、全てが爆発する。


「……なぜ……なぜ、こんな……!」


「これが、現実よ。あなたの味方が造った現実」


 ユウカが銃を差し出す。篠原に向けてではなく、彼に選ばせるために。


「ここで私を撃ってもいい。私は多くを殺した。その罪からは逃れられない。でも、あなたが本当に守りたいのは正義? それとも妹の記憶?」


 銃を握る篠原の手が震える。


 だが——彼は、撃たなかった。


 静かに、銃を床に置いた。


「まだ……全部が終わったわけじゃない。妹のために、真実の続きを見届ける。俺はそれを選ぶ」


 ユウカの表情が、微かに揺れた。


「それなら——行くわよ。檻の中を壊す準備を」


 そして、二人は初めて共犯者となった。


 まだ不確かな未来を、それでも選んで進むために。


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