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「能力者の痕跡(後編)」

 S.E.I.D.第九訓練棟。そこは通常の職員ですら立ち入ることのできない実戦部隊専用の訓練施設だった。


 その日、篠原直哉は特別許可を得て、この区域へと足を踏み入れていた。


「紹介しよう。我々の現場担当、コードネーム《ベルクロ》だ」


 そう言って篠原を出迎えたのは、軍服姿の大柄な男——隊長の狩谷かりや。その隣で軽く顎を引いた人物は、長身で鋭い目をした女戦闘員だった。


「公安から来たお偉いさんね。現場で足を引っ張らないで」


 冷たい声とともに、ベルクロは一瞥だけくれて去ろうとした。


「俺は現場主義だ。口だけの人間とは違う」


 その一言に、彼女の動きが止まる。刹那、空気が張りつめた。


「……試してみる?」


 次の瞬間、篠原の頬を風がかすめる。視線をずらせば、訓練室の壁にナイフが深く突き刺さっていた。


「殺気を出してないのに反応できるとは……少しは使えるかもね」


 篠原は苦笑しながら頬をぬぐった。


「じゃあ、協力してもらえるな?」


「……ユウカって女。あれは化け物よ。数秒先の行動を読んで、こちらの動きに未然に対応してくる。兵士としては最悪の相手」


「未来視か?」


「おそらく。感覚レベルで、未来を感じ取っている。だが、それには明確な前兆が必要。私たちはそれを、波長のズレと呼んでるわ」


 篠原は思い当たる点を整理しながら、懐からUSBを取り出した。


「これに彼女の能力プロファイルの一部が入っている。技術班で解析してくれ」


「了解。だが、どうするつもり? 上は抹殺を命じたわよ」


 沈黙のあと、篠原は言った。


「生かして捕らえる。彼女から《Elysium》の情報を引き出す。それが、妹の死に近づく唯一の道なんだ」


====


 深夜。都内のとある廃工場に、S.E.I.D.の陽動班が出動する。


 目的は、ユウカの捕獲。あるいは、行動パターンの特定。


「交戦は最小限に。殺すな。あくまで、観察が目的だ」


 篠原の声が通信に流れる中、ベルクロが部隊を率いて突入する。


 そして数分後——


「接触! 対象発見!」


 映像が乱れる。通信が切れる。再び、例の0.3秒の電磁ノイズ。


 監視カメラには、たった一瞬——ユウカの姿が映っていた。


 黒のコンバットスーツに、冷たい瞳。その姿は、確かに記録の中のE-04、かつてのSクラス能力者だった。


「やはり生きていたか……!」


 篠原がそう呟いた直後、別のモニターに赤い警告が走る。


 《S.E.I.D.第七通信局——信号断絶》


「回線が……! 工場だけじゃない、我々の拠点も妨害されている!?」


 まるでこちらの行動を、先読みしていたかのような対応。


(この動き……こいつは、明確な目的を持って動いている)


 その時、映像の一角で、ユウカが何かに目を向ける。


 ——カメラの向こう側。


 まるで篠原と目が合ったかのように、彼女は一瞬だけ表情を変えた。


 怒りでも、憎しみでもない。


 どこか……哀しみを帯びたような眼差し。


====


 翌朝。S.E.I.D.は再び事件現場を封鎖していた。


 犠牲者はゼロ。ただし、工場の一部が、無音爆破されていた。


 まるで警告のように。


「……生きていた。しかも、俺たちの情報網の一歩先を読んでる」


 篠原の言葉に、伊吹が静かに頷く。


「ユウカは、戦っているんです。誰かを守るために。そして、きっとその誰かの中には——あなたの妹も、いたのかもしれない」


 篠原は、USB内に残されていた最終ファイルを開いた。


 そこには一枚の写真。


 白衣の少女、実験室、そしてその傍らに立つ黒髪の少女——ユウカ。


「お前は、何を見た。なぜ戦う?」


 篠原の胸に浮かぶのは、もう一つの問いだった。


(俺は……この真実に、最後まで踏み込めるのか?)


 すべての始まりは、過去の封印された《プロジェクトElysium》にある。


 そこに辿り着けるかどうか——それが、妹の死の答えなのだ。


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