「狙われた希望(後編)」
遮断シールドの向こう側で、増幅型兵士は無表情のまま拳を振り下ろし続けていた。
金属がきしみ、ひびが走る。
「あと三分……三分持てば、脱出ルートが開く。急げ、篠原!」
伊吹の指が端末上を忙しなく走る。地下区画から外へ通じる古い排気経路を非常用脱出口として再構成していた。
その背後で、篠原は倒れたユウカを背負い、荷重のかかる身体をなんとか支える。
「大丈夫だ、すぐ外に出る。……それまでは、絶対に死ぬな」
「……命令、口調」
かすかに笑った彼女の声に、篠原は小さく応じる。
「そういうのは、お前の得意分野だろ」
「上等……よ」
残りのシールド耐久時間——一分三十二秒。
排気経路のロック解除まで——一分四十七秒。
「……間に合わない」
伊吹が青ざめた顔で呟いた瞬間、遮断シールドに穴が空いた。
拳による破壊ではない。増幅型兵士が、背部ユニットから取り出した小型レーザーランチャーによる一点焼却。
——シールド、崩壊。
「くそッ!」
篠原がユウカを庇うようにして銃を構える。
もはや勝てる見込みはゼロに近い。それでも——
彼は一歩も退かない。
だが、その瞬間。
空間が歪んだ。
増幅型の兵士の動きが、一瞬遅れたように見えたのだ。
「……? こいつ……時間干渉?」
否。それは別の能力者の介入だった。
排気口の上部から、ひとりの少年が姿を現す。
白いフード、鋭い眼光、そして脳波遮断用の旧型バイザー。
「ディープサイト……残党……?」
ユウカが微かに目を開き、呻く。
「……ソウジ……生きてたの……?」
「借りは返すって言ったろ。……俺の未来、あんたがくれた」
ソウジ——かつて意識崩壊寸前まで追い詰められたSクラス能力者。
彼は自分の「時間を視る能力」を一時的に自己制限解除し、増幅型兵士の動きの前を潰したのだった。
「お前が止められるのは、十秒。……それで十分だ」
篠原は叫ぶ。
「伊吹! 今だ、出口を開けろ!」
排気ゲートが解放される。強烈な風とともに、脱出ルートが照らし出された。
「ユウカ、行くぞ!」
ソウジの意識が限界に達するのと同時、三人は排気ルートへ飛び込む。
背後で、増幅型兵士が振り向く。
だが、すでに彼らの姿はなかった。
——地下施設、消失。
——主要データ、持ち出し完了。
その夜、都市の空は何も知らぬ顔で明るくなった。
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都内某所。
民間通信回線のひとつに、強力なスクランブル信号が流れる。
「……こっちはファントム。貨物は安全に移送済み。信頼できる倉庫に一時保管する」
端末の向こうで応じたのは、篠原だった。
「了解。……ユウカの容態は?」
「まだ安定しない。だが、死にはしない。少なくとも、もう誰にも殺させない」
「……信じてる」
通信は途切れる。
その瞬間、篠原は端末の裏にあった金庫をゆっくりと開いた。
中には、データドライブがひとつ。
——コード:ELYSIUMの全容が、そこにある。
彼は目を閉じ、深く息を吐いた。
そして静かに金庫を閉じる。
「戦いは……まだ終わっちゃいない」