悪役令嬢に生まれ変わったので、転生ヒロインと話し合いをしてみた
エカテリーナ・シュヴァイゼルは公爵家の長女で、この国の王太子である第一王子、ニコラシウスの婚約者である。
ニコラシウスはとても優秀で、国の未来も安泰だと民たちの評判も良い。
ただ、一つだけ問題があるとすれば、最近入学してきた女子生徒と親密ではないか?との噂があることだ。
エカテリーナは一月ほど観察した結果、その女子生徒を呼び出すことにした……。
「いらっしゃい、ナナリーさん。
どうぞそちらにお掛けになって。
貴方たちはお茶を淹れたら部屋から出ていてね」
呼び出した子爵令嬢のナナリーにソファーを勧め、メイドたちを部屋から出すと、お茶を一口飲んでエカテリーナは話を始める。
「まだるっこしい事は嫌いだから率直に尋ねるわ。
あなた転生者でしょう?
この世界が乙女ゲームの世界だと知っているわね?」
その言葉に、ナナリーはキッとエカテリーナを睨んだ。
「やっぱりあなたも転生者なのね!
おかしいと思ったのよ、悪役令嬢が何もしてこないから。
あなたざまぁ返しを狙っているんでしょ!」
「あまり大きな声を出さない方がいいわよ。
部屋の外にはメイドや護衛が控えているから、聞こえてしまうわよ」
カッとしていたナナリーは、エカテリーナの言葉に多少の冷静さを戻す。
「ざまぁとか、ざまぁ返しとか、そんな騒ぎは起こしたくないから、まずは話し合いをしようと思ったのよ」
エカテリーナはナナリーをまっすぐ見つめながら問いかけた。
「あなた、学ぶ事は好きかしら?
特に暗記は得意?」
「はぁ?」
王子の事が好きかと聞かれるのかと思っていたのに、予想外れの問いに、ナナリーの顔が歪む。
「お、王妃教育が大変だって事は予想してるわよ。
頑張ればなんとかなるはずよ」
正直に言うと、前世も今世も勉強は好きじゃない。
特に暗記系は教本開くと3分で眠れる自信があるほど苦手だ。
「私、8歳で王子と婚約が成ってそれから10年間ずっと王子妃教育、それが終わった後は王妃教育を受けてきたの……」
右手を頬に当ててエカテリーナは話を続ける。
「まず習ったのは…………」
王家の系譜を、名前、生まれた年、その連れ合い、何を成して何を残し、どうやって亡くなったか。
それから国の歴史、功績を残した家臣の経歴と現在、また逆臣の起こした事件とその結末、子孫の現在。
国内の貴族の名前、家族構成、名産品、領地の状態から領民の動向。
城の歴史…何年にどう改築したかや、城の中の美術品や絨毯がいつ、どの作家の手により作られて、どう言った経歴を辿って今城に飾られているのか。
近隣諸国の言語、王侯貴族の顔と名前と経歴と、家族構成からその国や領地の名産品、食の好みや宗教感。
出されるお茶がどこの領地からの物で、今年の収穫量は?
食材に使われている肉や魚や野菜はどこから、どう言った経路を使って来たのか、などなどなどなど…………。
「………………………………………」
ナナリーは無言で真顔で聞いている。
「いつどこで、誰に何を聞かれても答える、それが王妃の仕事の一つなの。
あ、家臣の大臣に聞けば…など思うかもしれないけど、行事に呼ばれるのは国王と王妃なのよ。
二人しか呼ばれない事が殆どなのに、答えられなければ問題になるわ」
護衛が控えているからと言って、護衛に聞く事はできない。
「王子と一緒なら王子に聞けばいいじゃない」
ナナリーは当たり前のように言うけど、全然当たり前ではないのだ。
「王は国の運営……各貴族のとの調整、外交、戦が起こった時の対応、出陣など、王妃教育とは全くの別物なのよ。
王妃は王の学ぶ事以外を覚え、支えるのが仕事なのだから」
いやいやいやいや、ムリムリムリムリ!
ナナリーは心の中で叫んだ。
「それにね…」
まだ何かあるの?!
ナナリーの顔色が悪くなる。
「この国は【褒めて伸ばす】と言う事はしないの。
【比べて競わす】とでも言うのかしら?
例えばですけど、貴族の家族構成など変わったりするわよね?
国内全貴族だからほぼ毎月何かしらの変更があるの。
それも勿論覚えるのだけど、私が12歳の時かしら、教育係に言われたわ。
『まだ覚えられないのですか?
王妃様はすぐ覚えましたわよ』
ですって。
大人と子供を比べるなんて、と思うでしょうけど、比較対象が王妃しかいないのだから仕方ないと王子に言われてからは、愚痴の一つも言えなくなったわ。
これからあなたが王子妃教育から受け始めるとすると、
『こんな事エカテリーナ様は10歳の頃に習得されましたわ』
などと言われるのでしょうね」
「そんなのやる気が無くなるじゃない」
ナナリーの言葉に頷くエカテリーナ。
「でもこの国の教育方針なのだから、周りもそれが当たり前と捉えているの。
心が削れるわよ」
絶対王子ルートなんて無理!!
ナナリーは他の攻略者を選ぼうと考える。
「もしこのまま王子ルートで進んだとして、あなたが卒業して結婚するとしても、二年間で全てを覚える事ができますか?
どうしても王妃になりたいと言うわけじゃないのなら、他の人を狙った方がいいわよ。
この世界の宗教感で、王族でも側妃は認められていないのだから、良くて愛妾止まりよ。
若いうちは良いですけど、王子の愛情が一生続くとは思いませんし、愛情が離れた後、良い嫁ぎ先は見つかる事はほぼ無いかと思いますからね」
ナナリーは王子ルートに進む気持ちは全くなくなっていた。
他の攻略者を頭に浮かべていると、エカテリーナが少し身を乗り出し「でも……」と小声で告げてきたのが…
「お勧めなのは身分の高い親世代よ」
「は?」
「もしあなたが【贅沢して悠々自適に暮らしたい】と言うなら、若いイケメンより、地位と金を持ってる寡のオジサマが良いわ」
「どう言う事?」
まさに贅沢して…と思っていたから、一番贅沢できそうな王子ルートを狙っていたナナリーは、詳しい説明を求めた。
「地位があるイコールお金がある。
お金があるイコール余裕がある。
年がいってるイコール余裕がある。
余裕があるから、若い子がちょっと羽目を外しても、上手く甘えればやりたい放題よ。
年が上だから、相手が先に死んじゃうし、遺産を残してもらって後は悠々自適に過ごせば良いわ。
それに何より子供はいるだろうから、跡取りをと責められない」
「上手くベッドも躱わせって事?」
「閨事情はお任せだわ。
跡取りを産まなくて良いと言う事が私のイチオシよ」
どうゆう事?と首を傾げると、わずかに顔を顰めたエカテリーナが暗い声で告げた。
「この世界の女性の一番の仕事は跡取りを産む事なの。
日本も昔はそうだったみたいだけど、子供を産まなければ離婚をされるし、男の子が生まれなかったって理由で離婚されることもあるの。
側室を持ったり、愛人を持つのは禁止されてるけど、子供が原因の離婚が多い世界なのよ」
「ナンセンスじゃない!
子供なんて産もうと思って産めるものじゃ無いでしょ。
それに男の子ができるとも限らないじゃ無い!」
「今は女性でも跡を継げるけど、少し前までは、男の子が出来なかったら必ず別れてたのよ。
だから私も去年から薬を飲まされてるの」
「は?!」
「妊娠しやすくなる薬と、男の子ができやすくなる薬を三日に一回飲まされてるのよ」
「何それ、信じられない!」
「もう慣れたけど、最初の頃はお腹を下したり吐き気が凄かったのよ。
小さな頃は詰め込み勉強のせいで熱を出したり、鼻血が止まらなくなったりもしたわ…」
今までの事を思い出して暗いため息をつく。
「そうまでして王子と一緒になりたいの?
そんな凄い愛、私には無理だわ」
信じられないとナナリーは首を振る。
エカテリーナはフッと鼻で笑った。
「愛?
私が必死に頑張った10年間を、あなたに一目惚れしたからって私を捨てようとしているあの男を愛してる?
冗談じゃないわ!」
思いがけず声が大きくなってしまい、咳払いを一つする。
「愛なんかじゃ無いの、これは私の意地とプライドの問題なの。
遊ぶ時間も寝る時間も削って学んできて、どんな影響があるかわからない薬を飲まされて、ここまで来て全ての努力を捨てるなんて、私の全てを否定することじゃない。
そんなの絶対に許せないわ。
私は完璧な王妃になって、輝かしい功績を歴史に残すの」
言葉を一旦切り、ナナリーと視線を合わせるエカテリーナ。
「だから、邪魔しないで欲しいのよ。
例えあなたがヒロインだとしても、私の全てを無かったことにしないで欲しいの」
「いやいやいや、もうそんな気持ちはこれっぽっちも無いから!
勉強嫌いだし、薬なんて飲みたく無いし!
それにあれでしょ?
流れから言うと毒に慣らすってやつもやってるんでしょ?」
「あら、勿論よ」
ぎゃーーーー!! と心の中で叫ぶナナリー。
「いやー、王子の婚約者の悪役令嬢全てに謝りたいわ、軽い気持ちでハイスペックイケメンを気軽に狙ってごめんなさいって。
ましてや逆ハールートでウハウハなんて考えてごめんなさいって。
長い間勉強詰め込まれてきたのにぱっと出の女に全てを奪われたらキレるの当たり前じゃんね。
フツーに彼氏寝取られても刃傷沙汰になったりするのに、それまでの全てを台無しにされて、教科書破ったり、悪口を言ったからって婚約破棄する王子とか、どんだけ女を下に見てんねん!
って理解したわ。
乙女ゲームっておかしいわ、なんで略奪した方が幸せになるねん。
なんか目からウロコボロボロやわ。
めっちゃ軽い気持ちで『乙女ゲーム転生キターー!よし、王子ルート押さえとこ』とか思ってごめんなさい。
もう絶対に王子には近付かないし、関わりを持たないようにするから。
ほんと今までごめんなさい!!」
ソファーから飛び降りて土下座をするナナリー。
「わかってくれて嬉しいわ。
もしそれでも王子と一緒に…なんて言われたら、色々依頼をしないといけなくなるところでしたからね」
色々依頼ってナニ??
ふふふふと笑っているエカテリーナが恐ろしくて顔を上げられないナナリーは心の中で
これが悪役令嬢の真髄!
と、冷や汗をかいていた。
もしかすると、他の攻略者の婚約者もこんなのかもしれない?
この世界の貴族令嬢ってコレが普通なの?
悠々自適な生活を目指すナナリーとしては、危ないことに近づきたく無い。
乙女ゲームの中の階段落ちどころじゃ無い危険を感じてしまったからには、他の攻略者にも避けて通りたい、いや、婚約者の居る男は全員パス!!
この話し合いの後、ナナリーは極力男性を避け、特に攻略者とは距離を置き、卒業後は宰相補佐の中年男性の後妻に入り、うんと甘やかされて幸せに暮らしたとかなんとか。
エカテリーナは歴代一の王妃として、後の世界に語り継がれたとかなんとかかんとか。