第3―4 殺す者
この世界のあらゆるモノは犠牲の上に成り立っている。
我々がただ生きるだけでも我々は幾つもの犠牲を払っているのだ。
見ろ
足下に広がる血と肉と骨でできた世界を
気付くべきだ
我々はその世界の中で幸せを見つけようとしていることに。
気を付けろ
踏み外せば
次はお前がその世界の礎となる
『第3―4 殺す者』
風が吹く。空気が痛い。
上山公立公園の中に立ち込める空気は今はりつめたモノとなり、常人が何もしらず入れば一瞬で意識を持ってかれるような緊張感が支配する。
「我々と来い。上村 空…」
優夢はいつもと変わらない命令口調だ。
「悪いが…そちらにつく事はもうない。あの実験の当事者である俺がお前らの計画を必ずや止める。それが俺の義務だ」
空の意志は固い
「ただ利用されただけなのに、当事者たぁ随分と真面目だねぇ」
一護は黄色く輝く剣をどこからともなく生み出し、不敵に笑っている。
「お前の力は我等が女神のためにあるものだ。ならば我々と来い。役目を果たせ。」
優夢も青く輝く剣を生み出し、切っ先を空に向ける。
これは優夢の最後の命令だと言わんばかりの殺気を放つ。
「そんな事をしてもお前らは救われない。たとえお前らの宿願が叶うとも。」
空も顔の前に手をあて、下に引く。
空の顔には蒼く輝く仮面が生まれる。
「交渉決裂か…ならば力づくで行かせてもらう!」
優夢が剣を構える。
刹那…空は優夢達の目の前に現れる。
瞬間移動ではない。余りにも速い速度と、突然の攻撃に優夢達は反応が遅れる。
力の衝突が起こる。
攻撃するは空。
受け止めるは一護。
優夢は一瞬遅れて剣を振る。
すると力は消え、空は後ろに下がる。
「な…!」
声を発したのは空。
その声には明らかに驚きと焦りに縁取られている。
攻撃が止められた事にではない。一撃で倒せるとは思ってもいないし、殺す気もなかった。
驚くのは優夢が持つ青く輝く剣がもつ象徴である。
「さすがにこの剣が指し示す象徴に気づいたか。」
優夢はその剣を軽く振る。
その剣がもつ象徴は『敵を殺す』。その剣に触れれば、命ある者は全て息絶える死の剣である。
「まさか、それを扱える者がいるとは…一体何をされた?」
空はその剣の存在に対する嫌悪感と今闘っている優夢に同情心を抱く。
「同情か?優しいヤツだな。」
優夢の顔は一切の変化がない。
恐らく…あの剣の悪影響を最低限にするために感情の殆どを消されたのだろう…
と優夢の顔を観ながら予測する。
そして気づく。
もう一人の男がいない事に…
確かあの男のシンボルは…
周りを警戒し始める直前、空の後ろの空間が『切り裂か』れる。
切り裂かれた空間の穴から現れる一護。
間一髪かわす事に成功する空。
しかし、バランスを崩した所へ優夢の死の剣が迫る。
空は力を一瞬でため、それを優夢にぶつける。
その力は少し剣を止めると、死の剣に『殺さ』れる。
さすがに二人相手にするにはキツい相手だ。
黄色く輝く剣が指し示す象徴は『切る』。
先ほども空間を切り裂き、空の後ろに現れたのだ。
万物を切り裂く剣。
どちらも一筋縄ではいかない相手だ。
空は覚悟を決め、ポケットに入っている薬を取り出し、一つ飲む。
それの意味が敵である優夢達にも伝わる。
これからが本当の戦いが始まる。
二人も直ぐ様に薬を取り出し、呑み込む。
「その薬どこで手にいれた…」
やはり優夢は命令口調である。
「答える必要はない」
空の周りに蒼く輝く力が渦巻く。
優夢と一護も己の力を高める。
公園にはりつめた空気が一変する。
「マスカレード…」
空はそう囁き、両手を拡げる。
すると、いくつもの蒼く輝く仮面が現れ、踊るかの様にそれぞれが動き始める…
「百式!」
「一閃!」
一護と優夢も力を解放する。
踊る仮面の中心で空は更なる力を解放する
「王国…」
仮面の動きが止まり、明らかに攻撃体勢に入っている。
その瞬間、三人の力が激しくぶつかる。
「何でそんな警戒するかなぁ…ただ力を貸して欲しいって言っただけなんだけど」
所変わり周辺街の小道。警戒する喜一をよそに惣太郎は軽くしゃべりかけてくる。
「誰でも初対面でアンタに警戒心を抱かないヤツはいないと思うよ。」
惣太郎の後ろにいる、まみが静かに前に出る。手には蒼く白く輝く弓。
「知らない人には付いていくなって言われているんでね。失礼したいんだけど。」
喜一の顔にはいくつもの汗が流れている。
「あら、ダメよ。アナタはこちらにとって大事な人柱になるかもしれないんだから。」
人柱と聞いて想像するのは生け贄ぐらい…相手から感じる殺気から冗談には聞こえない。
…くそっ!また会ったらいろいろ聞こうと思ってたけど、もう帰りたい。今すぐ帰りたいですけど…
喜一の頭の中では逃げる算段を立てている。
昨日やこの前のように巨人が助けてくれるかも解らない喜一にとっては、最良の選択とも言えるモノだが、今回違うのは敵が二人いることと、敵がある程度自分に知っていると言う事である。
ただの人間がただで逃げるのは不可能に近かった。
現に今まみは弓の標準を喜一に向けている。何しようとすぐに攻撃できるようにしている。
「さぁ!そのデュアル・シンボルってのを早く出してくれよ!」惣太郎が喜一にけしかける。
「?」
喜一には相手の言っている意味が解らない。
「出さないの?なら…始めちゃうけどいいかい?」
惣太郎の手には黄金に輝く槍のようなモノが出現している。
「たから、何!それ!!」
喜一は叫ぶが相手は待ってくれない。
槍が喜一を襲う。
槍は弾かれる…
惣太郎の目には狂気の光に満ちる。
喜一を護るかの如く紫に輝く巨人が現れ、その手に持つ十字架によって槍を弾いたのだ。
惣太郎は何歩か後ろに下がり、巨人をじっと見る。
弾かれた…僕の槍が…
惣太郎は槍が弾かれた事に対し異常なまでに驚いていた。
それもその筈で、惣太郎の槍の指し示す象徴は『突き刺す』。
突き破れないものなどない最強の槍。
それが弾かれたのだ。それも真正面から…
それを見たまみは弓を引き、何発もの矢を放つ。
巨人は十字架でそれを防ぐが何発か十字架をすり抜け、巨人に当たる。
それと同時に喜一の体に突き刺さるような痛みが走る。
「があぁぁぁぁぁぁ!」
思わず叫ぶ喜一。
余りの痛みに涙がでる。アニメなどでは剣に刺されても平気な顔をしているヤツがいるが、喜一は闘うのは初めてであり、そしてこのような痛みもまた初めてだった。
「どうやらその十字架だけみたいね。」
「なるほど。デュアル・シンボルって言っても、バラバラな訳なんだ…面白いなキミ。」
惣太郎は笑っている。
「その十字架…キミのじゃないな…どうやって奪ったんだい? それとも奪う事がキミのチカラなのかな…」
喜一には惣太郎の言っている事がまるで解らない。
…このチカラが誰かから奪った?…
痛みのせいで頭がボォーっとする。
「殺さないでね、惣太郎。あくまで、生け捕りよ」
まみもそう言いながら弓をまた構える。
…ヤベェ…今度は無理かもしれない…
喜一の頭に諦めがよぎる。
突然辺りが強い光に包まれる。
その光の発生源は喜一の後ろ10メートル。その中から二人の影が現れる。
二人とも喜一が知っている顔だった。
「お前だったのか…」
現れた二人の内の一人が呻く。
その声の主は喜一がよく知る者であり、そして喜一が知っているかっこよく、何事にも動じないような顔はどこにもなく…ただ、ただ怒りと憎しみに満ち、その声は喜一がその人からは想像もできないほど大きく、大きく。その声と顔から相当の怒りが想像できる。
「お前が拓郎をやったのか…赦さん。お前だけは絶対赦さねぇぇぇぇぇぇ…!!!」
その言葉と共にそれを中心にチカラによる余波が喜一とまみ、そして惣太郎を怯えさせていた。
そして輝きすぎるほどの光を携えて、一対の翼が生まれる。
天使の翼の如く美しく、神の如く神聖で、罪人の如く重いものを背負う者は修平。
その後ろで驚きと恐怖の色を隠せず震えているのは、今日ちょっとだけ知り合った神山 奈々の姿だった。