Tale4 革命家アリス
テールは路地の明かりをたどった。教会前の広場に出た。
教会は、現実世界のロマネスク建築を真似たものだった。南北に伸びた建物が、十字に交差している。特徴的な西正面の双塔と、交差部の採光塔がみえた。
背後で、影喰いの声が聞こえる。
どれほど成長したのか、ありありとわかる地響き。
テールは教会へ駆け込んだ。翼廊には、ろうそくがついていた。
ろうそくの灯りは、採光塔にのぼる螺旋階段へとつづいていた。
テールは足音を殺しながら、階段をあがった。
採光塔は木造の小部屋で、中央に金色の鐘がぶらさがっていた。
そしてそのそばに、ふたつの死体があった。
ひとりは白い法衣をきた女僧侶、もうひとりは軽装の少年エルフ。
エンテレケイアの回復役レノアと、物理攻撃サポーターのザッシュだった。
ふたりともリタイア状態となっていた。
テールは銃を片手に、耳をすます。
「……右うしろの柱の影か」
くすりと笑い声が聞こえた。靴の音がひびく。
テールはふりむいた──アリスが立っていた。腕組みをして、堂々と。
「遅かったな。ウォーガンは始末したのか?」
「……」
「どうした? なぜ撃たない?」
「……」
アリスは黒い笑みをうかべた。
「撃てないだろうな。わたしの護衛を頼まれたのだから。英雄の命を守りつつ、うらぎり者を始末する……残念ながら一人二役だ。これでおまえは板ばさみになった。どうする? なにか詭弁をひねりだしてみせるか?」
「イルマとウォーガンに偽情報を流したのは、きみだね?」
「おまえが負けてもよし、イルマとウォーガンが負けてもよし。完璧な賭けだろう」
この返答を、テールは意外に思った。
「ずいぶんと正直に話してくれるんだね……なにか裏があるようだ」
「わたしの計画を聞けば、おまえもあきらめてくれるはずだよ、黒頭巾くん」
アリスの態度には、異様な威厳があった。
歴史上のカリスマとはこういうものなのだろうと、テールは思った。
「聞かせてもらおうか、きみの悪事とやらを」
「悪事ではない。革命だ。このゲームの収益は、およそプレイヤーに還元されていない。広告塔のわたしにさえだ。積み上げた富は格差を生み、いつかは革命を引き起こす。その火種が、このわたし、アリス・オブ・ワンダーランドというわけだ」
「どうやって火をつける?」
「わたしが運営になる。グランドスラムを達成すれば、わたしは真の英雄だ。このクエストが終わったあと、都市をおもちゃにした運営を非難する。住民への補償は完全ではない。ほかのゲームへ移籍すると言えば、運営は引きとめるだろう。ファンも移籍してしまうからな。妥協案として、広報部長の地位を要求する」
アリスの計画の全貌を、テールは理解した。
(エイミンをお払い箱にする……ってことか。なるほどね、エイミンのようすをみるかぎり、八百長イベントは会社の総意じゃあない。それどころか、広報部の正式な事業ですらなさそうだ。おそらくは、エイミンが出世するための個人的な職権濫用……となれば、彼を排除するだけで、アリスの目的は達成される)
テールは銃口でフードをもちあげ、そっとつぶやいた。
「革命の国のアリス……か」
「なかなか気の利いた名前だ。機会があれば使わせてもらおう」
「仲間を殺した理由は?」
「徒党を組めば、内紛が起こる。組織論の常識だ」
「革命に粛清はつきものか……悲しいね。それじゃあ最初の質問にもどろう。ボクにだけ秘密をうちあけたのは、なぜだい?」
「エイミンとの契約を解消してもらうためだ」
「エイミン?」
「とぼけてもムダだ。わたしに情報をもらしたのは、エイミン本人だからな。『超一流の護衛をつけてやった』と、わざわざ連絡してきたよ」
テールは、わざとらしくタメ息をついてみせた。
銃口をおろす。
「やれやれ、口の軽い依頼人だ……ようするにボクは、うらぎり者を見つけられなかったフリをする、と。デメリットはないね。報酬は前金でもらった。事後報告の義務もない。彼がボクに依頼したことさえ、きみの作戦のうちじゃないのかい?」
「ちょっとした自演事故で、命を狙われていると信じてくれたよ。まさか黒頭巾に依頼するとは思っていなかったが……返答は? わたしは舞台裏を話した。エイミンにつくメリットは、なにもない。まさにWin-Winだろう?」
「……影喰いをたおすところまでは、協力しよう」
「そのあとは?」
「夜明けの街を颯爽と去る……っていうのは、どうかな?」
アリスはほくそえんだ。
そしてその瞬間、大きな地響きがひとつ、教会全体をおそった。
くり抜き窓のむこう、教会広場の中央に影喰いがあらわれた。
それと同時に、男女のわめき声も聞こえてきた。冒険者たちの苦悶の声が。
アリスは腰の鞘から剣をぬいた。
それがレアな竜鱗であることを、テールは見逃さなかった。
(イカサマの手口を確認……特定の部位に、特定属性の武器で攻撃……)
影喰いがほえる。闇を呑み込みながら。
巨大な花弁から、漆黒のブレスが吐かれた。悲鳴と喧騒、破壊と崩落。
夜は無限であり、影喰いの体力もまた無限だった。
アリスは欄干に立つ。風が彼女の髪をながした。
剣が月光にかがやき、闇をうっすらと斬る。
アリスは背をむけたまま、
「グッバイ、フェアリー・テール」
と告げ、闇に舞った。
着地の音。駆け去る音。音がすべてを物語る。
テールは弾倉をあけた。火炎弾をぬきとり、竜鱗製の装甲弾をハメこんだ。
欄干からそとをみる。アリスは影喰いのそばまで来ていた。
撃鉄をあげながら、テールは風に吹かれた。
フードがめくれ、その美しい顔がのぞく。
「アリス、ゲームはまじめにやったほうがいい」
影喰いにむかって、テールは銃口をむけた。
アリスの姿が、小さく視界にうつる。
「さもないと、細かいルールがわからなくなる」
アリスの動きを、テールは目で追った。
影喰いの胸の水晶、それがアリスの狙いだと、テールは気づいた。
英雄が飛翔する。勝利を確信して、怪物にたちむかう。
敗北の恐れなどない、ただの演技。
照準、アリスの後頭部、水晶──獲物が一直線にならぶ。
「グッバイ、アリス」
テールは静かに引き金をひいた。
◇
日の出──生まれ変わった陽の光が、廃墟を照らす。
一台のトラックが、瓦礫のすきまを走っていた。
男の作業員がふたり乗っていた。グレーの作業服を着ていた。
トラックは教会の前でとまった。
ふたりは下車し、巨大な植物の死体をみあげた。
「こいつをかたづけるのか?」
すこし太めの清掃員は、腰に手をあてて嘆息した。
それに合わせたかのように、黒ずくめの人影が教会から出てきた。
背の高い清掃員が、それを見とがめた。
「おい、そこの冒険者、まだいたのか? みんな解散しちまったぞ?」
「ほっとけよ、どうせ火事場ドロボウだろ。それより聞いたか。アリスのやつ、この化け物とさしちがえたって話だぞ」
「さしちがえた? ……アリスも死んだのか?」
「流れ弾に当たったんだとさ。こいつを倒したのも、その流れ弾らしい」
「だったら撃ったやつの優勝だろ」
「弾に付着したアリスの血が、先に触れてたんだよ。先着判定の原則」
「じゃあ……グランドスラムは?」
「達成したんじゃないのか。さしちがえたのなら、同時ってことだ」
のっぽの清掃員は、あきれたように笑った。
「流れ弾についた血で優勝か。さすがは英雄殿、持ってるもんがちがうね」
朝日が、いつわりの栄光をたたえる。
新たなおとぎ話を残して、空はどこまでも澄んでいた。
【第1章 完】




