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黒頭巾 おとぎの国の暗殺者  作者: 稲葉孝太郎
第1章 革命の国のアリス
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Tale4 革命家アリス

 テールは路地の明かりをたどった。教会前の広場に出た。

 教会は、現実世界リアルのロマネスク建築を真似たものだった。南北に伸びた建物が、十字に交差している。特徴的な西正面の双塔と、交差部の採光塔がみえた。

 背後で、影喰いの声が聞こえる。

 どれほど成長したのか、ありありとわかる地響き。

 テールは教会へ駆け込んだ。翼廊よくろうには、ろうそくがついていた。

 ろうそくの灯りは、採光塔にのぼる螺旋階段へとつづいていた。

 テールは足音を殺しながら、階段をあがった。

 採光塔は木造の小部屋で、中央に金色の鐘がぶらさがっていた。

 そしてそのそばに、ふたつの死体があった。

 ひとりは白い法衣をきた女僧侶、もうひとりは軽装の少年エルフ。

 エンテレケイアの回復役レノアと、物理攻撃サポーターのザッシュだった。

 ふたりともリタイア状態となっていた。

 テールは銃を片手に、耳をすます。

「……右うしろの柱の影か」

 くすりと笑い声が聞こえた。靴の音がひびく。

 テールはふりむいた──アリスが立っていた。腕組みをして、堂々と。

「遅かったな。ウォーガンは始末したのか?」

「……」

「どうした? なぜ撃たない?」

「……」

 アリスは黒い笑みをうかべた。

「撃てないだろうな。わたしの護衛を頼まれたのだから。英雄の命を守りつつ、うらぎり者を始末する……残念ながら一人二役だ。これでおまえは板ばさみになった。どうする? なにか詭弁をひねりだしてみせるか?」

「イルマとウォーガンに偽情報を流したのは、きみだね?」

「おまえが負けてもよし、イルマとウォーガンが負けてもよし。完璧な賭けだろう」

 この返答を、テールは意外に思った。

「ずいぶんと正直に話してくれるんだね……なにか裏があるようだ」

「わたしの計画を聞けば、おまえもあきらめてくれるはずだよ、黒頭巾くん」

 アリスの態度には、異様な威厳があった。

 歴史上のカリスマとはこういうものなのだろうと、テールは思った。

「聞かせてもらおうか、きみの悪事とやらを」

「悪事ではない。革命だ。このゲームの収益は、およそプレイヤーに還元されていない。広告塔のわたしにさえだ。積み上げた富は格差を生み、いつかは革命を引き起こす。その火種が、このわたし、アリス・オブ・ワンダーランドというわけだ」

「どうやって火をつける?」

「わたしが運営になる。グランドスラムを達成すれば、わたしは真の英雄だ。このクエストが終わったあと、都市をおもちゃにした運営を非難する。住民への補償は完全ではない。ほかのゲームへ移籍すると言えば、運営は引きとめるだろう。ファンも移籍してしまうからな。妥協案として、広報部長の地位を要求する」

 アリスの計画の全貌を、テールは理解した。

(エイミンをお払い箱にする……ってことか。なるほどね、エイミンのようすをみるかぎり、八百長イベントは会社の総意じゃあない。それどころか、広報部の正式な事業ですらなさそうだ。おそらくは、エイミンが出世するための個人的な職権濫用……となれば、彼を排除するだけで、アリスの目的は達成される)

 テールは銃口でフードをもちあげ、そっとつぶやいた。

「革命の国のアリス……か」

「なかなか気の利いた名前だ。機会があれば使わせてもらおう」

「仲間を殺した理由は?」

「徒党を組めば、内紛が起こる。組織論の常識だ」

「革命に粛清はつきものか……悲しいね。それじゃあ最初の質問にもどろう。ボクにだけ秘密をうちあけたのは、なぜだい?」

「エイミンとの契約を解消してもらうためだ」

「エイミン?」

「とぼけてもムダだ。わたしに情報をもらしたのは、エイミン本人だからな。『超一流の護衛をつけてやった』と、わざわざ連絡してきたよ」

 テールは、わざとらしくタメ息をついてみせた。

 銃口をおろす。

「やれやれ、口の軽い依頼人だ……ようするにボクは、うらぎり者を見つけられなかったフリをする、と。デメリットはないね。報酬は前金でもらった。事後報告の義務もない。彼がボクに依頼したことさえ、きみの作戦のうちじゃないのかい?」

「ちょっとした自演事故で、命を狙われていると信じてくれたよ。まさか黒頭巾に依頼するとは思っていなかったが……返答は? わたしは舞台裏を話した。エイミンにつくメリットは、なにもない。まさにWin-Winだろう?」

「……影喰いをたおすところまでは、協力しよう」

「そのあとは?」

「夜明けの街を颯爽と去る……っていうのは、どうかな?」

 アリスはほくそえんだ。

 そしてその瞬間、大きな地響きがひとつ、教会全体をおそった。

 くり抜き窓のむこう、教会広場の中央に影喰いがあらわれた。

 それと同時に、男女のわめき声も聞こえてきた。冒険者たちの苦悶の声が。

 アリスは腰の鞘から剣をぬいた。

 それがレアな竜鱗りゅうりんであることを、テールは見逃さなかった。

(イカサマの手口を確認……特定の部位に、特定属性の武器で攻撃……)

 影喰いがほえる。闇を呑み込みながら。

 巨大な花弁から、漆黒のブレスが吐かれた。悲鳴と喧騒、破壊と崩落。

 夜は無限であり、影喰いの体力もまた無限だった。

 アリスは欄干らんかんに立つ。風が彼女の髪をながした。

 剣が月光にかがやき、闇をうっすらと斬る。

 アリスは背をむけたまま、

「グッバイ、フェアリー・テール」

 と告げ、闇に舞った。

 着地の音。駆け去る音。音がすべてを物語る。

 テールは弾倉をあけた。火炎弾をぬきとり、竜鱗製の装甲弾をハメこんだ。

 欄干からそとをみる。アリスは影喰いのそばまで来ていた。

 撃鉄をあげながら、テールは風に吹かれた。

 フードがめくれ、その美しい顔がのぞく。

「アリス、ゲームはまじめにやったほうがいい」

 影喰いにむかって、テールは銃口をむけた。

 アリスの姿が、小さく視界にうつる。

「さもないと、細かいルールがわからなくなる」

 アリスの動きを、テールは目で追った。

 影喰いの胸の水晶、それがアリスの狙いだと、テールは気づいた。

 英雄が飛翔する。勝利を確信して、怪物にたちむかう。

 敗北の恐れなどない、ただの演技。

 照準、アリスの後頭部、水晶──獲物が一直線にならぶ。

「グッバイ、アリス」

 テールは静かに引き金をひいた。


   ◇


 日の出──生まれ変わった陽の光が、廃墟を照らす。

 一台のトラックが、瓦礫のすきまを走っていた。

 男の作業員がふたり乗っていた。グレーの作業服を着ていた。

 トラックは教会の前でとまった。

 ふたりは下車し、巨大な植物の死体をみあげた。

「こいつをかたづけるのか?」

 すこし太めの清掃員は、腰に手をあてて嘆息した。

 それに合わせたかのように、黒ずくめの人影が教会から出てきた。

 背の高い清掃員が、それを見とがめた。

「おい、そこの冒険者、まだいたのか? みんな解散しちまったぞ?」

「ほっとけよ、どうせ火事場ドロボウだろ。それより聞いたか。アリスのやつ、この化け物とさしちがえたって話だぞ」

「さしちがえた? ……アリスも死んだのか?」

「流れ弾に当たったんだとさ。こいつを倒したのも、その流れ弾らしい」

「だったら撃ったやつの優勝だろ」

「弾に付着したアリスの血が、先に触れてたんだよ。先着判定の原則ファースト・タッチ・ルール

「じゃあ……グランドスラムは?」

「達成したんじゃないのか。さしちがえたのなら、同時ってことだ」

 のっぽの清掃員は、あきれたように笑った。

「流れ弾についた血で優勝か。さすがは英雄殿、持ってるもんがちがうね」

 朝日が、いつわりの栄光をたたえる。

 新たなおとぎ話を残して、空はどこまでも澄んでいた。

【第1章 完】

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