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黒頭巾 おとぎの国の暗殺者  作者: 稲葉孝太郎
第1章 革命の国のアリス
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Tale2 炎の踊り子

 物語は、とある城郭都市のかたすみから始まった。名はアタラクシア。四方を川に囲まれ、そのひとつに大きな跳ね橋がかかっていた。橋を渡ると、市門がまちかまえていた。その奥には、近世ヨーロッパ風の街並みがひろがっていた。

 市門をくぐって五分ほどのところに、一軒の宿屋があった。三階建てで、オレンジ色の壁と急傾斜の屋根をもつ、小洒落たたてものだった。入り口には、わずか三段ばかりの石段がついていた。それをあがると、ドアの小窓からレセプションがみえた。

 主人はフロントに座って、わら半紙の新聞を読んでいた。でっぷりと太った初老の男性で、その体躯たいくに不釣り合いなほど小さな眼鏡をかけていた。ドアの鈴が鳴るまで、主人は客の到来に気づかなかった。

 おもむろに顔をあげた主人は、目をほそめた。

 客は黒ずくめのかっこうをしていた。

 主人は新聞をたたみ、眼鏡をなおした。

「いらっしゃい……腹でも空いたのかね。かんたんな料理ならできるが……」

「部屋をひとつ頼む。一泊でいい」

 主人は、けげんそうなまなざしをむけた。

「飯じゃなくて泊まるのか?」

「ここは宿屋だろう」

 客は淡々と事実を指摘した。

 主人は肩をすくめた。たちあがって、壁の鍵束に手をのばす。

「全室、あいているよ。どこがいい?」

「最上階の角部屋。大通りからみえないなら、なおいい」

 主人はめんどうくさそうに鍵をえらんで、ホルダーからぬきとった。

「あんたも、今夜のクエストに参加するのかい?」

「そうでない客がいるの?」

「いないさ。運営もバカなことをしてくれたよ。クエストで街を廃墟にするとは……チェッ、わしがここに宿をもうけたのは、ジオラマにされるためじゃないんだが……おっと、いまのは運営にはナイショだぞ」

 客はなにも答えなかった。黙って台帳に名前を書きこんだ。

 主人はカウンターにもどってきて、

「住民は、日没までに退去するよ。わしも出ていく。あとは冒険者たちで好きにやってくれ。器物損壊、盗難、放火、なんでもけっこう。運営から補償金はもらってある」

 と言い、音をたてて鍵をおいた。それから台帳の名前をみた。

「フェアリー・テール……変わった名前だな」

 テールは鍵を受けとり、カバンを手にした。

 らせん階段を三階までのぼる。

 どこも深閑しんかんとしていた。ろうかの窓から、陽の光がさしこんでいた。個室のドアも、ところどころ開いている。テールはそのまえを通るたびに、歩速をおとした。横目で室内をチェックする。

 だれもいない。冒険者たちの気配はなかった。

 三〇一と書かれたプレートのまえで、テールは止まった。

 なかにひとがいないか、そっと聞き耳をたてる。ゆっくりと鍵をあけた。

 室内はうす暗く、ほんのりとしめっぽかった。日光が足りないのだ。

 テールは窓を開けた。

 涼やかな空気がふきこむ。市内を流れる小川が、道のむかいがわにみえた。

 春の香り。川沿いの草地には、黄色い花が咲いていた。

 テールは風を感じながら、今回の依頼をふりかえった。

(S級クエスト名『影喰い』。リニューアル記念に街一個を破壊し尽くす、異例のイベントだ。ボクの仕事はふたつ。エンテレケイアのリーダー、アリスを優勝させること、そしてうらぎり者がみつかったときは、これを始末すること)

 テールは今回のクエストを、独自に調べあげていた。

(クエスト参加者は、締め切り時点で二七チーム、一三五名……S級クエストから始めることはできない。参加資格はA級で五〇戦以上、生還率七割以上。市民の登録も厳格で、クエストの開催決定と同時に、新規の移住が禁止された。イレギュラーな存在はボクだけだ)

 風が、ひときわ強く吹いた。

 テールのフードが揺れる。春の香りが強まった。

「仮に暗殺者がいるなら、仕込みはかなり早かったはずだけど……」

 そのときだった。コンコンと、かるいノックの音がした。

「……だれ?」

「オシリスっていうチームの者だ。今夜のクエストで、相談したいことがある」

「ドア越しでも話せるだろう。用件は?」

 返事はなかった。

 テールはマントからナイフをとりだし、そばの壁に手をふれた。

 その刹那、ドアが吹き飛び、巨大な氷塊が室内をおそった。

 氷は家具を粉砕しながら、窓ガラスをやぶって向かいの川に落下した。

 塵芥じんかいのなかから、三人組の冒険者たちがあらわれた。

 短剣を持った男女のシーフと、ひとりの女魔導師だった。

 リーダー格らしき男シーフが、室内をみまわした。死体はなかった。

「こっぱみじんになっちまったか……おい、サーシャ、やりすぎだぞ」

 女魔導師は、肩をすくめてみせた。

「知らないわよ。全力で撃ち込めって言ったじゃない」

 女シーフが割ってはいる。

「ケンカしてる場合じゃないだろ。金目のものをさがしな」

 散らばった室内で、三人は物色をはじめた。

 男シーフは床をにらんで、金貨が落ちていないかどうかを確かめる。

 なにも見当たらないことに気づき、舌打ちをした。

「しけてやがる。わざわざ宿をとったから、金持ちだと思ったんだが」

 男シーフは窓ぎわへと移動した。床をしらみつぶしにさがした。

 突然、彼の背後の壁が、ゴムのようにゆがんだ。

 それを突きやぶって、テールのうでが伸びる。

 その手には、さきほどのナイフが握りしめられていた。

「おい、そっちはどう……!」

 ナイフが男ののどを掻っ切った。

 ほかのふたりがふりむいた瞬間、壁からテールがとびだした。

「ま、マップのすり抜け!?」

 女シーフがさけぶよりも早く、テールは彼女にとびかかった。

 格闘技に自信があったのか、女シーフは素手で反撃に出た。

 テールは姿勢を低くし、こぶしをかわした。

 そのままハイキックで、あいてのあごを蹴りあげた。

 女シーフは首をあらぬ角度に曲げて、うしろに転倒した。

 のこされた魔導師は、床に腰をついた。

「ま、待って、わ、わたしは、こいつらにさそわれただけで……」

「そういうセリフは、魔法を練りながら言うもんじゃあない」

 魔導師は、くちびるを噛んだ。

 背中にまわしていた手を引き、氷のつららを掃射した。

 テールは天井高く飛び、落下に乗じて魔導師ののどを切り裂いた。

 血しぶきがあがる。魔導師は息絶えた。

 テールはナイフをハンカチでぬぐった。

「戦歴をかさねても、人間性というステータスは向上しないものだね」

 数分後、テールが階段をおりると、さきほどの主人が皿をふいていた。主人はテールに背を向けたまま、「どうだ、上客だったろう」と言い、ふりむいた。

 皿の割れる音。

 じぶんに向けられた銃口に、主人は後ずさりした。

「このホテルは、アトラクション付きなんだね。なかなかおもしろかったよ」

「あ、あんたの友人だっていうから、わしは通しただけで……」

「これは追加料金だ……遠慮しなくていい。サービスには対価がある」

 主人の眉間に、赤い穴があいた。

 彼の巨体は食器棚に倒れかかり、什器じゅうきが散らばった。

 テールは死体に近づいて、そばの床にふれた。すると、床が水面のようにゆれた。

 みるみるうちに、底のしれない小さな水たまりに変わった。

 テールは死体のポケットに重りを入れた。わき腹を蹴って、水に落とす。

 死体は、ゆっくりとしずんでいった。

(治安は最悪か……そのほうが、仕事はやりやすい)

 テールは宿をあとにした。

 地元のギルドをさがす。情報収集のためだった。

 大通りを歩くと、すぐにみつかった。安物のドアを開ける。ギルドは酒場をかねていた。左手にカウンターが、奥にはイベント用の舞台があった。テーブル席はざっと一〇ばかり。先客は三人しかいなかった。

 とりわけ目を引いたのは、カウンター席の踊り子だった。白いハーレムパンツを履き、緋色のピップスカーフをまとっていた。髪は黒く、高い位置でふたつむすびにしてあった。彼女はひとりでグラスをかたむけていた。

 ほかのふたりは、いたって平凡な男の冒険者だった。入り口近くのテーブルで、瓶に入った飲み物をつぎあっていた。酒ではないようにみえた。

 テールはカウンター席をえらんだ。踊り子から、左に二席あけて座った。

「あら、遠慮しなくてもいいのよ」

 踊り子に話しかけられた。

 テールは、うつむきかげんに答えた。

「ボクのことは気にしないでくれ……ところで、店主は?」

「とっくに出てったわ。セルフサービスよ」

 テールはカウンター越しに、酒棚をいちべつした。

 ところどころ、棚にスキマがあった。店主が高級な酒を持ち出したのか、それとも冒険者が盗んだのか、それはわからなかった。

 ワインレッド、琥珀、エメラルドグリーン。

 色あざやかなガラスの瓶を、テールは目で追った。

「どうしたの? タダ酒はしないポリシー?」

 踊り子は席を立った。テールの右どなりに座りなおす。

 いつのまにか、グラスをもうひとつ持っていた。透明な酒がそそがれる。

 踊り子が水をくわえると、その酒は白くにごった。

「アラックか……きみの名前は?」

「自己紹介が先じゃないかしら、新入りさん?」

「フェアリー・テール」

 踊り子は、くすりと笑った。

「それって本名? ……VRMMOで聞いてもしょうがないか。あたしはイルマ」

 テールは、その名前を知っていた。

 ほんとうのところをいえば、踊り子の正体にも気づいていた。

「エンテレケイアの魔術担当、炎のイルマだね」

「あら? 知っててたずねたの?」

「有名チームのメンバーが、酒場で飲んでいていいのかい?」

 イルマは笑った。グラスをあげて、一気に飲みほす。

「そこのふたり組とちがって、あたしは酔っても強いから」

 入り口近くのふたり組は、ちらりとこちらをにらんだ。

 テールもイルマも、それを無視した。

 会話はつづく。

「ところで、飲まないの?」

「クエストのまえには飲まない主義でね」

「おっと、さっきのセリフは失礼だった?」

「かまわないさ……ほかのメンバーは、どこに?」

「どこでもいいじゃない。それよりも、あなたの顔をみせてくれない?」

 テールは答えなかった。

 イルマはしつこくせがんだ。

「ボクはアバターに自信がなくてね」

「初期設定のまま……ってわけじゃなさそうだけど? もしかして、おたずね者?」

 イルマの目の色が変わった。上級冒険者らしい、するどいまなざし。

 テールはフードに手をかけて、それをうしろにずらした。

 もしこの酒場が満席であれば、さぞかし大きな歓声があがったことだろう。

 雪化粧のような肌。光と影のコントラストをたたえた、アーモンド型のまなざし。

 眉は柳葉のかたちで、くちびるはうすく、桜色をしていた。

 髪はナチュラルな黒のセンターパートだった。左右の目の端が、わずかに隠れていた。耳には銀のノーホールイヤリング。それ以外にアクセサリはなかった。必要とも思われなかった。

 なかでもひときわ印象深かったのは、瞳の色だった。向かって左はごくふつうの黒目だったが、右は吸い込まれるようなアメジスト色をしていた。

 ここまで完璧なアバターを、イルマはまだ見たことがなかった。

「まるで芸術品じゃない。自作? それともプロに注文? 男キャラ? 女キャラ? あ、無粋な質問だったかしら」

 テールはフードをもどした。

 グラスを手にとる。

「乾杯しよう」

 イルマは右ひじをテーブルについた。グラスを二、三度ゆらす。

「それじゃ、乾杯……」

 イルマはグラスをさしだした。

 テールも真似る。

 ふたつのグラスが接吻しかけた瞬間、ふたりはそれを後方へ投げた。

 男たちの悲鳴が聞こえる。まさに襲いかからんとしていた二人組は、目に酒が入って短剣を落とした。グラスが割れる。破片がとびちった。

 テールはふところからナイフをとりだした。イルマは即興で呪文をとなえ、手のひらから炎を出す。ひとりは心臓にナイフを受け、もうひとりは火だるまになって、その場に倒れた。

 たとえ観客がいても見えなかっただろう。神速の早業だった。

 イルマはくすりと笑う。

「気づいてたのね、このふたりが盗賊だってこと」

「……」

 宿屋で襲ってきたチームの残党だ。テールは内心でそう答えた。

 五人一組のチーム戦。三人の強盗がいれば、のこりふたりもいる計算だった。

「あなた、物理系フュジックなのね。雰囲気からして、てっきり魔術系マジックかと思ったわ」

「きみこそ見かけによらず、重火力ヘビーだね」

 イルマは両手をあげて、お褒めにあずかり光栄よ、と答えた。

「つまらない茶々が入ったところで、退店しましょうか」

 ふたりは代金をおいて、酒場を出た。

 右にイルマが、左にテールが立ち、大通りの真ん中を歩いた。

 イルマの話によれば、冒険者たちは中央広場に集まっているらしかった。

 道ゆくひとびとが、テールたちとすれちがう。彼らは市門のほうへ向かっていた。課金したアイテムをかつぎ、おたがいを警戒しあっていた。

「この先に、きれいな花園があるの。この世界からおさらばするまえに、見ておかない?」

 イルマの口調は、冗談にきこえなかった。

 テールは歩調を崩さずに答えた。

「ただの寄り道のおさそいでは、なさそうだ」

「あなた、アリスの命をねらってる殺し屋でしょ?」

 テールは反論しなかった。イルマとともに、黙って歩きつづける。

 どこで情報が混線したのか、テールはそのことを考えていた。

(エイミンがうらぎった? ……それにしては、手が混みすぎだ)

 すれちがうひとびとは、ふたりの異様な気配におののき、道をゆずった。

 人通りが減っていく。住宅街から、公共のエリアへと切り替わった。

 役人たちはとうに逃げおおせたのか、閑散かんさんとしていた。

 いばらの門がみえた。その奥には、みごとな花園があった。

 ガーゴイルの石像と、背の高い大理石の円柱もならんでいた。

 門が近づく。ふたりの歩調は変わらない。

 それをくぐり終えた瞬間、ふたりは左右に散った。唐突な爆音。

 花園は炎につつまれた。イルマは手近な柱に飛び乗る。

「いまの感触……命中したわね……ッ!」

 イルマは目を見ひらいた。

 焼き払われた花園。その中央に、黒いフードの人影が立っていた。

 そのあしもとには、さきほどまでなかったはずの池ができていた。

「ア、アーキテクチャ干渉能力……?」

 イルマの顔色が変わった。

「あ、あなた、まさか黒頭巾! 都市伝説じゃなかったの!」

 イルマは円柱のてっぺんを蹴り上げ、もうひとつ奥の柱へ飛び移った。

 両腕をかまえる。いつでも呪文を詠唱できるように。

「アーキテクチャ干渉能力を持つ殺し屋がいるって、うわさには聞いてたけど……ほんとうにいるなんてね。どうやって干渉してるの? 現実世界リアルからのハッキング? ……ま、どうでもいいわ。教えてくれるわけないし」

 テールは回転式拳銃リボルバーをとりだした。

「遠距離攻撃もばっちりってわけか。酒場でナイフを使ったのはブラフ?」

「あいての格にふさわしい武器を使うのが、礼儀というものだろう」

「光栄ね……勝負!」

 イルマは円柱のうえで一回転し、炎の渦をまとった。

 テールはその渦めがけて、引き金をひく。

 弾は炎にふれた瞬間、溶解した。

「鉛の融点は、たったの三三〇度。この世界って、へたにリアルの真似ごとだから、やっかいよねぇ。魔法支援なしで、どうやって勝つつもり?」

 テールが照準をあわせるやいなや、イルマは演舞した。

 花園に火の粉がふりそそぐ。

 コンマ一秒とおかずに、巨大な火球が落下した。

 池は一瞬で蒸発し、霧が立ちこめた。

 その霧を裂いて、一発の銃弾がはなたれた。

 しかしその弾も、イルマのまとった炎に溶け去った。

 イルマは別の柱へ飛び移った。手のひらで炎を練る。その熱で気流を操作した。

 霧が晴れていく。イルマは身をかがめ、あたりのようすをうかがった。

(……消えた?)

 テールがいた場所には、池の跡だけが残っていた。

 死体はなかった。

 イルマは最初、あいてが逃走したのだと解釈した。しかしすぐに思いなおした。

 花園は今も燃えさかっている。脱出された形跡はない。

(アーキテクチャに干渉できるとはいえ、空中に消えることはできないはず。書き換え可能なフィールドステータスが設定されていないから。だとすれば……)

 イルマは右手で、銃のようなかまえをとった。ひとさしゆびに炎を凝縮する。

 戦闘がはじまるまえの地形を、彼女は慎重に思い出した。

(ガーゴイルの像は、あの垣根のそばと、パンジーの花壇の中央……)

 記憶にない像がもう一体、柱のすぐ下にあった。そっと指先をおろす。

 火炎放射が像をおそった。火だるまになったそれは、枯れ木に正体を変えた。

「え?」

 イルマの頭上が、フッと暗くなった。彼女はその場で跳躍し、となりの柱に避難した。

 テールがナイフを片手に落下してきた。

 すこし間をおいて、空から土くれが降ってくる。

 テールがどこにいたのかを、イルマはようやく悟った。

「浮遊パネルで、上に飛んだわけね。その能力、思った以上にやっかいだわ」

 このゲームで設定可能なアーキテクチャを、イルマはリストアップした。敵の戦略は、そのリストに限定されるはずだった。魔法に干渉されない方法を、彼女は考えた。

「……これしかないか。魔力全開フル・チャージ!」

 周囲の気温があがった。美しい四肢から強大な魔力がもれる。

 煉獄の炎インフェルノで、この地区ごと消し炭にする──それがイルマの決断だった。

 住民を巻き込んでもかまわないと、彼女は思った。

「インフェ……」

 魔力が急速にしぼんでいく。

 なにが起こったのか、イルマには把握することができなかった。ただ呼吸が苦しい。

 かたちのよい鼻腔びこうから、艶やかなくちびるから、ポタポタと血が垂れた。

 白いハーレムパンツに、赤い染みができた。

「な、なにこれ……?」

 向かいの柱から、テールはタネ明かしをする。

「池を毒沼トキシックに変えておいた。きみはその蒸気を吸い込んだ」

「そ、そんな……わ、わざと気化させて……」

 イルマは吐血した。柱からくずれ落ち、薔薇ばらの垣根にとびこんだ。

 熱で劣化していた枝は、彼女を荒々しく受けとめた。

 甘い香り。それは煙に乗って、空へと消えた。

 テールはしばらくのあいだ、柱の影に身をひそめた。

 どこからか、市民のさけび声が聞こえる。消火活動をする者はいなかった。クエストの前哨戦だと思われたのか、それとも廃墟になる街の火災など、もはやどうでもよいことだと思われたのか、それはテールにも判断がつきかねた。

 ただひとつ、わかったことがあった。イルマが単独行動をしていたという事実だ。ふたりの戦闘を観察していた者も、どこかへ逃げ去った者も見当たらなかった。

 テールは銃をふところにしまい、フードをなおした。

「楽しい散歩だったよ、イルマ。これからはボクがアリスを守ろう」

 テールは花園をぬけ、中央広場へとむかった。

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