Tale1 依頼
水晶玉に光がともる。
まっくらな洋室の壁に、はなやかな映像をうつした。
軽快な音楽。
スーツを着た栗毛の少年が、おもむろにナレーションをはじめた。
「これは我が社のプロモーションビデオです。中央の五人組がエンテレケイア、このサーバでランキング首位のチームです。月一のS級クエストを、一一ヶ月連続で制覇しています」
映像がきりかわった。五人組の先頭がアップになる。
赤い竜騎兵の衣装。腰まであるブロンドの、凛とした女性だった。
「彼女がエンテレケイアのリーダー、アリス。個人ランキング首位で、サーバの人気投票でも毎回トップに選ばれています……ここまでは、ご理解いただけましたでしょうか?」
少年は水晶玉に手をかざした。映像がとまる。BGMもやんだ。
彼は部屋のかたすみへ視線をうつした。
闇のなかに黒ずくめの人影がみえた。厚手のマント、ズボン、靴、すべてが黒で統一されていた。そで口からのぞいた手だけが、雪のように白かった。顔はみえない。赤ずきんがかぶるようなフードを、目深にかぶっていた。そのフードもまた黒だった。
その人影は声を発した。性別のわからない声だった。
「会社の宣伝をするまえに、やるべきことがあるだろう?」
少年はハッとなった。
「し、失礼いたしました。わたしはこのVRMMOを管理する五龍エンターテイメントの広報部長、エイミンです。こどものような身なりをしていますが、現実世界では成人です。ご安心ください」
「ボクを召喚した理由は?」
「ひとまず、つづきをご覧ください」
エイミンは水晶玉に手をかざした。
一時停止していた映像と音楽が、ふたたび流れはじめた。
エンテレケイアのメンバーたちが、映像のなかで飛びまわる。
かわいらしい女性のナレーションが入った。
〈人気VRMMO『フィロロギア』は、今年の春にリニューアル! 次回はアルファ版最後のS級クエストだよ! 強豪チーム、続々参戦中! きみも登録しちゃおう!〉
映像はそこで終わった。画面がまっしろになる。
エイミンは、黒ずくめの人影に語りかけた。
「さきほども申しあげましたとおり、エンテレケイアは一一ヶ月連続で、S級クエストを制覇しています。次の記念大会で優勝すれば、一二ヶ月連続……これまでだれも達成できなかった、通年不敗の称号を得ます。彼らは伝説になるのです」
「会社の宣伝にもなる……そう言いたいのかい?」
エイミンはうなずき返した。
秘密をうちあけるかのように、声を落とす。
「そうです……これは宣伝なのです」
「ヤラセだ、と?」
「はい……決して口外していただきたくないのですが……いえ、あなたさまなら、そのような心配は無用でしょう。失礼いたしました。エンテレケイアには、広報部が特別なとりはからいをしているのです。つまり……」
「敵のステータスを変え、違法なアイテムを支給し、マップの構成やクエストの内容もすべて教えている……そういうこと?」
エイミンは首をたてにふった。
人影は静かにたずねる。
「イカサマチームの名前が完全現実態というのは、ジョーク?」
「わ、わたしがつけた名前ではありませんので……アリスの趣味かと……」
「それで、ボクにコンタクトをとった理由は?」
「彼らのグランドスラムを、成功させていただきたいのです」
人影は暗闇のなかで、わずかに動いた。
立ち去りの動作だと、エイミンは気づいた。
あわてて引きとめる。
「お待ちください。八百長を手伝っていただきたいというわけではなく……いえ、間接的にはそうなるのですが、黒頭巾さまにお願いしたいのは、八百長そのものではありません。次回のS級クエストが終了するまで、アリスの命を守っていただきたいのです」
黒頭巾──そう呼ばれた人影は、そばの壁にもたれかかった。
「アリスの命を守る?」
「グランドスラムを邪魔したい勢力がいるのです、正体はまだ突き止められていませんが……おそらくは五龍エンターテイメントの内部者です。わたしを部長から引きずり下ろしたい人物だと思います。さしあたり、直属の部下でも信用がおけません」
「だから部外者のボクを呼んだ、と?」
「はい」
「アリスを護衛して、グランドスラムを達成させる……これが依頼内容かい?」
「それともうひとつ、黒幕の正体が判明したときは、その者を排除してください」
「排除? 現実世界での殺しは請け負っていないけど?」
「ゲーム内で殺害していただければ十分です。あなたさまに殺害されたキャラは、登録抹消になるように設定しておきます。社内処分にするのか、それとも警察に相談するのかは、黒幕の正体しだいということで……」
「となると、ボクもそのクエストに参加する必要がある」
「おっしゃるとおりです……一点、忠告を。今回の依頼は、わたし個人によるものです。クエスト開始後、企業として支援することはできません。あなたさまおひとりの力で、クリアしていただく必要があります。それでも、お引き受けいただけますでしょうか?」
「……わかった。試す価値はある」
エイミンの顔が、外見相応にほころんだ。
「ありがとうございます。報酬は前金で、ご指定の暗号通貨をお支払いいたします」
エイミンはテーブルのポットに手をのばした。
コーヒーを、陶器のカップにそそぐ。
「どうぞ……」
彼は夜風を感じた。
みると、カーテンが揺れていた。
黒頭巾のすがたは、もうどこにもなかった。




