コソ泥探偵と奥様による未解決事件奮闘記 緊張と我慢の潜入捜査
『コソ泥探偵が行く ごみの日は気をつけて』
今日は燃えるごみの日だ。へへへ…… 何か食えるものは無いかな。
おっと違う違う。そうじゃないだろ。
俺はどこにでもいるコソ泥さ。名前は秘密。足がついちゃたまらない。
だから自己紹介はなしだ。
一か月間の行動パターンを把握。
そう今朝も玄関の鍵を掛けずにゴミ出しさ。
大変だな主婦は。でもこれからもっと大変なことが起こる。
ほら始まった。ご近所さんとの長話。目の前だから安心してるのだろが甘いぜ。
死角があるのさ。それに長話で門が動いたのも気づいてやしない。
ではお邪魔しまーす。急いで物色物色。
夫と子供の三人暮らし。それと子犬が一匹。血統書付きだそうだ。
先月接触した時にどうでも良い自慢話ついでに聞いた。
だからもちろん初めましてではない。もうお友達だ。
ほらこれがビーフジャーキー。この子の大好物。
吠えたら食べさせるつもりだがまだ寝てやがる。警戒心の無い奴だ。
ではさっそく頂ましょうか。
まずはリビングから。ええっと足がつかないものっと。
ダメだ。しけてやがる。僅かな現金。カード類は無視、無視。
貴金属は時計ぐらいか。ダイヤはやはり寝室か。
問題は寝室が二階にあること。これではいつ戻ってくるか分からない。
もちろん二階から脱出も可能だがご近所に見つかる恐れがある。
危険は冒せない。だから出来るだけ一階に。しかしまだ物足りない。
よし五分だ。五分以内に終わらせる。これでいい。後は奥さん次第。
リビングを抜け階段に向かおうとした時ドアの開く音がした。
うわああ!
慌てて隠れる。
足音。まずい目の前で止りやがった。
今、リビングのクローゼットの中。見えてないよな?
これはまずい。テレビの前で落ち着きやがった。
これでは動きが取れない。どうする? どうすればいい?
きゃああ!
いきなり女性の悲鳴が。まさか気付いた?
いや…… 違った。どうやら録画したサスペンスを見てるらしい。
ここからだと見えないがテレビに混じってせんべいの音。笑い声も。
これは寛いでるな。そうするとここから脱出するのは至難の業。
長い戦いになりそうだ。
長期戦を覚悟したら急にトイレに行きたくなった。
なぜトイレに隠れなかったんだ? 急いで隠れたのが仇となった。
どうする? 二時間は無理だ。
非情にも笑い声。ほら早送り。早く早く。
くそ我慢するしかないか。しかしさっきから悲鳴ばかりが聞こえる。
嫌でも耳に入ってくる。
きゃあ! これで三人目だ。
一時間が経過した。もう少しだ。早送りすれば三十分ぐらいで見終わるはず。
そうすれば少なくてもここから居なくなるだろう。それこそトイレに。
その隙にここを脱出し外に出る。ふふふ…… 完璧だ。
完璧だがもう限界が近い。ここは男の意地に賭けて逃げ切ってやる。
闘志に火がつく。
まだか? まだなのか? もう三十分はたった。そろそろ終わるはず。
ほら主人公が説得している。さあ推理はすっ飛ばして犯人を確保するんだ!
そして音楽を流せ! 漏れる。漏れるじゃないか!
主人公は何をやってる!
ここに隠れて二時間が経過した。
だがテレビは一向に終わらない。二時間モノのサスペンスじゃないのか?
耳を澄まし情報を得る。
『引き続き後編もお楽しみください』
何と今が折り返し地点。どうやら二時間だと思ってたがまさかの前後編の四時間。
いや約五時間の大作だったようだ。
負けた…… 俺の負けだ。降参するよ。
クローゼットから豪快に脱出。
これくらい音を立てなければ逆に驚かすことになる。
「トイレを貸してください」
「うわああ…… 」
どうやら声が出ないらしい。決して怪しい者ではない。
取り敢えず断りを入れてトイレへ駆け込む。
そして正座させられる。
「何て恐ろしい人なの? 」
「いや奥さんの方こそどれだけ人が亡くなってるんですかそのテレビ」
少なくても三人殺された。そんな恐ろしいテレビを見ておいてコソ泥に怯えるか?
「ああそうだ。折角見ていたドラマをあなたが驚かすから消去したじゃない」
それは俺のせいではない気がするが…… とにかく謝る。
「ティーバーがありますよ」
「駄目なの! これは一か月前の。だからどこにも続きはない」
再放送を待てばとも言えず黙るしかない。
「どうしてくれるの? 犯人は? 動機にトリックは? 結局何人殺されたの?」
分かるはずないのに尋ねる。俺は隠れてただけなんだぞ。
「分からないの探偵でしょう? 」
「いえコソ泥です」
「すべて教えてくれたら見逃してあげる」
取引に応じるしかない。
「犯人は上から四番目の人。これは良く言われています。
動機は逆恨みですね。トリックは思い込みを利用したもの。
合計七名。すべて刺殺です。以上です」
どうにか推理。後は主人公の奥様が憐れんで犯人を解放するか。
ちょうど今がクライマックス。
「よろしくお願いします」
「ほらキリキリ歩け! 」
やっぱりダメだったか。
こうしてコソ泥探偵は華麗に事件解決とはならなかった。
<完>