【短編版】「もう、辞めます」ハズレスキル<草刈り>持ちの王女は、王宮から逃げ出した。
<覇王>スキル持ちのフィリップが新国王になった。フィリップの<覇王>スキルはすさまじい。フィリップのスキルで、反乱分子は一掃され、王国を悩ませていた魔物は鳴りをひそめた。
前王マクシミリアンは<博愛>スキルの持ち主。マクシミリアンの元で、民はのびのびと平穏に暮らしていたのだが。
新国王フィリップは頭脳明晰で有能。<覇王>スキル持ちゆえか、苛烈な性格だ。なまじ有能なだけに、効率の悪い無駄を嫌う。周囲は選び抜かれたエリート揃い。フィリップの周りには、常に張り詰めた空気が漂う。
「フィリップ、国には無駄が必要だ。息苦しい場所では民は幸せになれない。清すぎる川では魚が住めないのと同じだ」
前王マクシミリアンのたしなめる言葉を、フィリップは聞き入れない。フィリップにとって、無能は税金泥棒と同義なのだ。
「無能なハズレスキル持ちは、給与を下げるか。東の国に『隗より始めよ』ということわざがある。まずは、王族の削減から手をつけよう」
<博愛>スキル持ちの前王マクシミリアン、女好きでもあった。王妃が諦めているのをいいことに、貴族から平民まで、分け隔てなく、手当たり次第、愛した。正妃との息子フィリップから始まり、王子八人、王女七人の子だくさん。
王子王女の中で、最も役に立たないハズレスキル持ち、第七王女のマーゴットが呼び出される。
「マーゴット、そなたのスキルは確か。<草むしり>だったか」
「<草刈り>ですわ、お兄さま」
マーゴットは胸を張って答える。フィリップは不愉快そうに眉をひそめる。
「どちらにしろ、王族にあるまじき、恥ずべきスキルだ。税金で保護する価値もない。王室から除名する。これからは自力で生きよ」
「お言葉ですが、お兄さま」
マーゴットは大きな瞳をギラギラさせながら、臆することなくフィリップを見つめる。
「私と母は、王室から手当てをいただいておりません。母は料理人、私は庭師として王宮で働いて給与をいただいております。王族とは名ばかりの、平民のような存在です」
「そ、それは知らなかった」
フィリップは虚をつかれたようで、ややたじろいだ。
「しかし、王宮から給与が出ているというのは、外聞が悪い。税金の手当てと変わらないではないか。どうせ、名ばかりの仕事であろう」
「まあ、心外ですわ。私も母も、真摯に働いています」
「分かった分かった。そなたらの働きが十分か、調べてみる。追って連絡するので、もう下がれ」
フィリップはハエをはらうかのように、サッと手を振った。マーゴットはもうひとこと、ふたこと言ってやろうと口を開くが、近衛に追い出される。
「何あいつ。何も知らないくせに、腹立つー」
キィイイー、マーゴットは廊下でひとしきりブツクサ言い、スタスタと歩き出す。母を見つけなければ。
「母さん」
マーゴットは調理場に行くと、入口から母を呼んだ。母はこねていたパン生地を台に置き、粉で真っ白な手をエプロンで拭きながら近づいてくる。
「どうしたの? 庭仕事は終わったの?」
「それどころじゃないわよ。フィリ、陛下がね、ハズレスキル持ちの給与を下げるって。そして、ハズレスキルの王族は、王室から除名するって」
「あらまあ、随分な言い草だわねえ」
「下手したら、ここでの仕事も取り上げられるかもしれない」
「まあ、それは困るわねえ」
困ると言いながら、母はのほほんと笑う。
「大丈夫よ、私とマーゴットなら、どこのお屋敷でも雇ってもらえるから」
母は<おいしいパンを焼く>スキル持ちだ。確かに、王宮をクビになっても、どこででも働けそうだ。マーゴットは、ほっと息を吐いた。
「いつでも出ていけるように、荷物はまとめておきましょう」
母の言葉に、マーゴットは頷く。
「<荷物まとめ>スキル持ちに相談してみるね」
マーゴットは母と別れると、大急ぎで女中部屋に向かった。大部屋には、<荷物整理><箱詰め>など、整理整頓系のスキルを持つ者がたくさんいる。
皆、マーゴットの話を聞いて、憤った。
「何それ。私たちがいないと、王宮がメチャメチャになるのに。分かってないわね」
「全員がすごいスキル持ってても、仕方ないのに」
「覇王スキルじゃ、王宮をキレイにはできないわ」
女中たちはプリプリする。
「マーゴットがクビになるなら、私たちも辞めようかしら」
「みんな、早まらないで。私と母さんは大丈夫だから」
マーゴットは焦って、皆を止める。王宮での仕事は給与も待遇もいい。王宮の女中部屋で住めるし、食事も出る。制服があるので、私服はちょっぴりでいい。衣食住が保障されているようなものだ。簡単に辞めていい仕事ではない。
「私、庭師のみんなに言ってくるね」
マーゴットは女中部屋を出ると、庭園に向かう。美しく整えられた庭園で、木を剪定しているトムを見つけて、マーゴットは顔をほころばせた。
「トム」
「マーゴット」
トムはニコニコしながら、脚立を降りてくる。乱れた前髪をかきあげ、汗を袖で拭く。
「陛下に呼び出されたって? なんか言われた?」
「ハズレスキルの王族はいらないんだって。もしかしたら、庭師の仕事もクビになるかもしれない」
「ええっ」
トムは大声を出し、慌てて手で口をおさえた。
「そんな、無茶苦茶だよ。マーゴット、王女なのに庭師の仕事してるのも無茶だけどさ。でもマーゴットのおかげで、庭園がいつも美しく保ててるのに」
「覇王様には草刈りなんて、どうでもいいのよ」
マーゴットは肩をすくめた。
「そんなあ。どうするの?」
「いざクビになったら、しばらくは教会にかくまってもらうわ。教会でもパンは食べるし、庭の雑草は伸びるでしょう」
「ああ、そうだね。よかった、マーゴットが遠くに行ってしまうかと思った」
「できれば王都にいたいけど。いざとなったら、母さんの故郷に行くしかないかも」
「だったら、俺も一緒に行く」
トムがパッとマーゴットの手を握り、ハッとしてすぐ手を離した。トムは真っ赤だ。マーゴットは手でパタパタ顔をあおぐ。
マーゴットは大急ぎで雑草を刈ると、早上がりして部屋に戻る。マーゴットと母は、隣り合わせの個室を与えられている。母は元々平民の料理人だった。母の焼いたパンに驚いたマクシミリアンが、母を褒めようと呼び出し、そして手をつけた。
手をつけただけなら、そのまま捨て置かれただろうが、母はマーゴットを産んだ。大部屋から、個室に。当然の移動だろう。母は、「私に側妃は務まりません。今まで通りパンを焼きます」そう言って、マクシミリアンを説得し、パン焼きを続けたのだ。
そして、その流れで、マーゴットも王族でありながら、庭仕事をしている。税金を無駄遣いしたと言われる筋合いはないのだ。
ところが、フィリップからの沙汰は無慈悲だった。
「私と母さんの給与を半減。大部屋に移動ですって? 大部屋はともかく、給与を下げられるいわれはありません」
「陛下のご決断ですので」
使者はにべもない。
「では、もう、辞めます」
マーゴットは、啖呵を切った。さっさとまとめていた荷物を運び出し、母と共に教会に向かう。
「クソー」
「おいしいパンを食べましょう」
雄叫びを上げるマーゴットをよそに、母はいつも通りパンを焼く。お世話になる教会の人たちと、パンを食べ、マーゴットは少し落ち着いた。
「草、刈るわ」
マーゴットは腹ごなしに、教会の庭を美しく刈り上げた。
***
「最近、パンがまずいな」
晩餐の席でのフィリップの言葉に、女中や侍従の動きが止まる。
「リタ様、マーゴット第七王女殿下の母君が<おいしいパンを焼く>スキル持ちでしたから」
侍従が小声で伝える。
「そうか」
フィリップはモソモソとパンを食べる。
「庭に魔物が? まさか」
「植物系の魔物が暴れております。マンドレイク、ドライアド、トレントなど」
「はあっ?」
フィリップが軍を率いて庭園に行くと、植物たちが荒ぶっていた。雑草は伸び放題、木も生い茂り、森のようになっている。
「なんだこれは。庭師はどこに」
「それが、マーゴット様が去られたあと、ひとり抜け、ふたり抜け。いつの間にか人手が足りなくなり」
「クッ、植物の魔物など、私のスキルにかかれば一瞬で」
フィリップは剣をふるうが、植物たちはのらりくらり、ゆらりはらりと逃げ、なかなか倒せない。その日は、植物討伐で一日が終わってしまった。
「陛下、マーゴット様とリタ様を呼び戻してはいかがでしょう。聞くところによると、マーゴット様の草刈りスキルのおかげで、庭園が平和だったようです」
フィリップは仏頂面で答えない。
次の日も、その次の日も、問題が立て続けに起こる。
「なぜ王宮が薄汚れているのだ?」
「<ホコリ払い>スキル持ちをクビにしたからです。ハタキで十分と陛下が仰せでしたので」
「穴のあいた布があったぞ」
「<針に糸を通す>スキル持ちをクビにしたからです。裁縫の効率が下がっております」
「シャンデリアがくもっている」
「<家具磨き>スキル持ちが、辞めました。王宮の雰囲気がギスギスして、働きにくいと」
「庭でまた植物が暴れておりますーーー」
「なにっ」
***
フィリップは、ついに根負けした。お忍びで教会を訪れる。教会はピカピカで、パンの焼ける香ばしい匂いが漂っている。
「陛下」
「リタ、マーゴット」
フィリップは厳重に人払いし、三人だけになったところで、頭を下げた。
「陛下。平民に頭をお下げになるのは、マズイのでは」
「家族だからいいのだ。リタ、マーゴット。私が間違っていた。許してくれないか」
フィリップはリタとマーゴットをまっすぐ見つめる。
「様々なスキル持ちが協力することで、王宮の秩序が保たれていたと実感した。王宮だけではなく、国全体もそうなのであろう。少数の超スキル持ちだけで国を回せるわけがなかった。私は傲慢だった」
リタとマーゴットは顔を見合わせた。フィリップはふたりを見ながら続ける。
「王宮に戻って、王族の公務として働いてもらえないだろうか。リタのパンでないと、私も父上も食が進まない。マーゴットに庭を刈ってもらえないと、植物が荒ぶる。もっといい部屋を用意するし、給与も手当ても増やす。王族にも戻す。公務の内容と量も話し合って決める」
「王宮に戻ってもいいですが、王族には戻りません。私、庭師のトムと結婚しましたから」
マーゴットがあっけらかんと言い放った。王族をはずれたので、さっさとトムと結婚したのだ。
フィリップは呆気に取られて口をあけていたが、ハハッと笑う。
「そうか。結婚おめでとう。義弟とともに、王宮に戻ってくれ」
こうして、リタとマーゴットとトムは、王宮に戻った。王宮をクビになったハズレスキル持ちも、王宮から請われて元の仕事に戻ってくる。
フィリップは全土にお触れを出した。
『スキルに優劣をつけ、人を差別することを禁じる。全てのスキルが尊いのだ』と。
覇王フィリップは、賢王となり、王国は隅々まで繁栄した。
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