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★8 円城寺

「逃げられないよ、もう」

 慎重に距離を詰めながら、女の様子を窺った。

 下着一枚、肩に下げたポーチ、凶器になるような物は持ちあわせていないが、断じて注意は怠らない。

 女は僕を警戒しながらも、水槽の中身に気を取られているようで、ちらちらと視線を動かしている。

「この部屋に入った人間はお前が初めてだよ」

 逃げ場を失った女は、壁際でうさぎのように震えている。

「円城寺くん……これって本物のおっぱい?」

「当たり前だろう。偽物を並べて何の意味があるんだ。ここは僕のコレクションルームさ」

 実のところ、誰かに見せたくて仕方がなかった。衆目に晒されることがコレクションの本質であり、これほどの“モノ”が誰に認められることなく埋もれ続けるというのは余りに忍びない。だから今、こうして誰かの目に触れることに愉悦さえ覚えた。たとえそれが、これから死にゆく者であっても。

「見てくれ、この乳房たちを。美しいと思わないか? 神が算出した奇跡の曲線、論理を超越した神秘の形質、至高のアートだよ。ホルマリン溶液の中で半永久的に生き続けるんだ」

 女との距離はあと二メートル。

「生きてる女の子から切り取ったってこと……? あのバスルームで?」

「本当はそうしたいんだが、何かと面倒なことが多くてね。已むなく、殺してからオペすることにしてるよ。お前もその予定だったが、まんまと騙された。許さないよ」

 そこで突然、眩暈のようなものを感じた。

 視界が定まらない。空間が歪んでいる。

 僕は目を細めて意識を集中する。

 目の前に、女の足先がある。

 床が波打っている。

 僕は倒れている。床に這いつくばっている。

 何故だ。

「あ、効いてきたっぽいね……」

 女が何か言っている。

「円城寺くん、ずっとピンピンしてるから、量が足りなかったのかと思ったよ!」

 女の言葉は明瞭に聞き取れるが、話の道筋が見えてこない。

「ワインにね、こっそりおクスリ混ぜといたの。円城寺くんがチーズケーキ切ってるとき」

「……」

 クスリ? 盛られたのか、僕は。しかし何のために……?

 僕は立ち上がろうとした。

 が、脚は全くいうことをきかなかった。上体を起こそうにも、腕に力が入らない。

 気を抜くと、意識が遠のいていきそうになる。

「でもさ、ビックリしちゃったよ」

 目だけを動かし、女を見た。

「円城寺くんも、わたしと同じだったんだね。やっぱり運命の人だよ」

 なおも要領を得ない話を続けながら、女は水槽の中を眺めている。

「わたしもね、ちょっとしたコレクターなんだよねぇ。だから円城寺くんの気持ち、よくわかるよ」

 女は傍らに屈み込むと、腹這いになった僕の体をひっくり返して、仰向けにした。

 不自然に形の整った乳房が目に入り、思い出したように忌々しさが込み上げてくる。

 女は、肩にぶら下げたポーチの中に手を突っ込んだ。

「好きな人の一部を切り取ってぇ、自分のそばに置いておきたいっていう気持ち、すごくよくわかるよ」

 女がポーチから手を引き抜くと、やたらと大きなハサミが握られていた。

 ブラックライトの青い光を受け、二枚の刃が鈍く光った。

「円城寺くんの“モノ”はどうしても欲しかったんだ……。だって初恋の人だもんっ」

 何を言っているのか。

 頭のいかれた女なのかもしれない。

「色んな男の子からたくさんゲットしたけど、円城寺くんの“モノ”はわたしにとって特別だから」

 リビングから音楽が聴こえる。

 ボヘミア風奇想曲だ。

 スヴェトラーノフは右手を振りかざし、銀髪を振り乱しながら頻りにオーケストラを煽動している。

 陽気なメロディ、小気味よいテンポ、華やかで奔放な管弦楽曲。

 しかし何故だろう。

 これほどまでに僕の不安を煽るのは。

 女は僕の☆☆☆をつまみ、ハサミをあてがった。

「そうそう、円城寺くんに一つ質問です」

 逆光で女の顔が見えない。



「小松千世子って子、覚えてる?」

「……知らん」



 パツンッ。






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