★2 円城寺
女を切り刻む瞬間を想像していた。
甘く熟した極上のシャトー・マルゴーを舌の上で転がしながら、じっくりと女を観察する。
上玉だ。
きめ細やかな白い肌。滑らかな質感と弾力性が手に取るようにわかる。艶、潤い、張り、それらが醸し出す健康美。申し分ない。
ほどよく脂肪を蓄えた肢体が描くグラマラスな曲線は、僕の求めるヴィジョンをまさしく体現している。
このところ、意味のない過剰なダイエットに狂奔している女ばかりでほとほとうんざりしていたが、この女は一級品だ。
あるいは、これ迄で最高の素材かもしれない。
「怖いなあ」
ワインを啜りながら女がそう言った。
「……なにが?」
「今日コンパに来てた女の子たちに恨まれちゃいそうだよ。だって、みんな円城寺くんのこと狙ってたもん」
「そんなことないよ。それに今だから言うけど、僕は初めからユリカちゃんにしか目がいかなかったよ」
「またまたー、えへへ……」
嘘ではなかった。一目見て釘づけになってしまったのは事実だ。それほどに、この女の持っている“モノ”は際立っていた。
僕と同じ理由でこの女に惹かれる男も何人かいたようだが、さいわい女のほうから僕に擦り寄ってきたこともあり、あの場を離れてここに連れて来るまでは何の苦労もなかった。
ここまでの首尾は上々だ。およそ二ヶ月ぶりの“オペ”に、否応なく気分が高揚する。
リビングのスピーカーからは、ラフマニノフの交響的舞曲が流れていた。スヴェトラーノフの畳み掛けるようなアンサンブルが、神経の昂りをいっそう煽り立てる。
「それにしても、すごくいい部屋だね」
女がソファから腰を上げた。グラスを片手に部屋の中をうろつき始めたので、僕は女に付いて回った。
「この絵、もしかして円城寺くんが描いたの?」
女は壁に掛かった額縁を指差している。
「まさか。シャガールのリトグラフだよ」
「ふーん……綺麗だね。なんかラクガキっぽくて面白い」
「はは、そうだね」
美の到達点とも言うべき至高の逸品を、ラクガキとは恐れ入る。
「あれ? あれとおんなじやつ、わたしの実家にもあるよ」
女が慌ただしく向かった先は、オブジェを並べたオープンシェルフだった。
「ん? どれ?」
「これ、この壺」
「それは藤原啓の作品だね。有名な陶芸家だよ」
つまるところ、お前の実家にあるのはただのレプリカだ。
「へえ、そうなんだ? 雑なつくりが逆に可愛いよね。凸凹して」
「はは、そうだね」
なにが逆なのか意味不明だが、人間国宝の遺作を「雑なつくり」と切って捨てるお前の審美眼がトチ狂っていることは確かだ。
女は書棚のほうへ移動した。
「円城寺くん、読書家なんだねー」
「それほどでもないよ」
あくまでも笑みを絶やさず女に応対する。
女は書棚から一冊を手に取り、ぱらぱらとページを繰りはじめた。
「うわ、全部英語だ。読み終わるのに一〇年くらい掛かりそう、あはは」
「はは」
一〇〇年掛けたところで、フリードリヒ・フォン・シラーの思想も哲学もお前には毛ほども理解できないだろうし、ついでに言えばそれは英語ではなくドイツ語だ。
定説どおり、胸のでかい女は頭の中が空っぽのようだ。
しかし何にせよ、おつむの出来なんてものはどうだっていい。用があるのは、この女の乳房だけなのだから。
女がワインを一飲みする。口腔に含まれた液体が、舌の上で粘液と溶け合い、口峡を通過し、食道を流れ落ちる。女の喉頭がゆるやかに上下している。その白い首筋から、胸元へと視線を移す。
そこにある、はち切れんばかりの艶やかな谷間が、僕を魅了してやまなかった。