第4章
第4章 結月
〜2年後〜
俺は今日施設でピアノを弾く。
会場は、懐かしい作業所だ。
自分から望んでこの施設を選んだのではなかった。何か目に見えない存在が、
俺をこの場所に導いてくれたのだ。
ピアノが置いてある談話ルームに、
俺は入ってゆく。
そこには、驚いた顔をした結月がいる。
俺はにんまりして、MCを始める。
大学を卒業して、伴奏と指導の仕事に、頭から湯気が出る勢いで打ち込んできた。
身を立てるために。
全ては、結月との思いからだった。
そして、土日はいつも施設や病院に弾きに行っている。
いろいろな思い出が浮かぶ中、演奏を続けていく。
結月と歩いた並木道、鳥居にバス停。
懐かしい情景が浮かび上がってくる。
そしてあの小さい手。
巻毛に天真爛漫な笑顔。
俺はそれを取り戻すためにここにいる。
演奏が終わった。
結月がこちらへ駆けてくる。
おいおい、転ぶなよ……
「はると!どうしてここに?」
「結月、迎えに来たよ」
「ほんと!?わたしはるとのことすきだよ!けっこんしよう?」
「ふふ……お母さんに、いいって言ってもらったらね」
「アポ無しですみません」
結月と俺はその足で、結月の家に行った。
「いえいえ、ひさしぶりやねぇ」結月のお母さんはお茶を出してくれてそう言った。
「あの……」
「隠れて会ってたの?」
「いえ、今日たまたま施設で演奏することになって、それで……
あの、お嬢さんと交際させてください。経済的にも自立してます。お願いします」
「そう。ええよ」結月のお母さんはあっさりと言った。
「実はね、うち、再婚することにしてん。いい機会やし、結月のこと、引き取ってもらえへんやろか」
「引き……取る……?」俺は答える。
「かまわんか?」
「結月、ちょっと部屋行ってて?大人の話するから」
こんなに感情的になったのも、人のことを、それも女性に怒鳴ったことも人生で初めてだった。
結月の母は、怒鳴られても何も言い返さず、毅然とした態度で「かんにんえ」と言っていた。
「おはなし、おわったの?」
ドアをノックすると結月が聞いた。
「うん。結月、はるとと一緒に、暮らせるよ」と俺は笑った。
「わーい!はるとといっしょだ!」
結月が俺の部屋に転がり込む日程だけを押さえて、俺は足早に家を後にしたのだった。
数日後、俺はドライヤーで
結月のふわふわの髪を乾かしていた。
「結月、明後日は作業所?」
「うん」
「じゃあ明日は買い物だよ」
「なにかうの?」
「食器とか布団とか……あと何いるだろ」
「うふふ。ねえねえはると」
何?と言う前にちゅっとされてしまった。
唇にふわふわな感触が残る。
幸せだ……
「でもおかあさん、ないてたよ?」
「どうして?」
「おにいちゃんもゆづきもいなくなっちゃったから」
「そっか……結月をさらって、ごめんな」
蓮の死から、俺はずっと考えてきた。
人は出会うが、別れの時が来る。
声もかけずに別れる時が来る。
一緒の時を過ごしているように思っても、
本当はただすれ違っただけかもしれない。
覚えている。
結月とのこの時を俺はずっと覚えていると心に決めた。
季節が巡り、結月と出会った6月が来る。
一緒に季節を巡り続けよう。
結月と永遠に……
了