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振り返ると、あなたは  作者: 冬咲しをり
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第1章

君と話したい

でも、その君が誰だったか

忘れてしまった

君と一瞬すれ違った

振り返ると

君はいなくなっていた


あなたと話したい

でも、そのあなたが誰だったか

忘れてしまった

やっぱり思えば

あなたを愛しすぎた

振り返ると、あなたは

最初から最後まで遠い人だった


あなたと話したい

でも、そのあなたが誰だったか

忘れてしまった

あなたは傷ついた私を抱き止めてくれた

振り返ると、あなたは最初から

存在しない人だったのかもしれない











振り返ると、あなたは











冬咲しをり






第1章 悲しみの多い人ほど







悲しみの多い人ほど

人を助けるんだってさ


君の紡ぐ旋律は

少なくとも、俺の心には

優しく響いていた



だけど俺、何も知らなかったんだ

君が1人で、自分を追い詰めていたなんて


君の近くにいたのは、俺なのにな


ストイックな奴だとは、思ってたよ












俺は君を 救えなかったんだな。









土のにおいが俺の目を覚ました。

霧の雨がしとしと降り続いている。



今の俺の耳には、目には、肌には……全てが優しい。



スマホのトークルームを見る。最後にあいつが送ったメッセージを見なければ……



もう何度も見ただろ、俺。何やってるんだよ。やめろよ。と、俺の中の俺が止めようとする。




陽翔はるとはさ、俺の嫌いなものを、好きに変えてくれる人なんや』



「なんで……」俺はつぶやいた。

嫌いなものってなんだよ。まさか……ピアノか?ピアノなのか?



俺たちは京都府立音楽大学で、ピアノを学ぶ3回生だった。



れんとは腐れ縁で、中高は違うものの、幼稚園と小学校が一緒で、大学で再会した。俺の家は途中で引っ越したが、今は京都に1人で下宿している。




蓮が死んだ。



自殺だった。




マンションの8階から飛び降りて、

即死だった。




警察が事情聴取に来てそれを知った俺は、自分のことを心底阿呆だと思った。


一昨日まで普通に飯食ってたし、悩みがあるようには、見えなかった。


気になることといえば……


あんなに熱心に練習していた蓮のピアノの成績が、ずっと平均点だったことくらいか。


だが蓮自身は、そんなことを気にはしていなかったはずだ。


だからこそ、俺にとって

彼の死は言葉にならないものだった。


去年の後期実技試験の後、

俺たちはこんな話をした。


「陽翔はいいなぁ!またトップか!」蓮は言った。


俺たちはピアノの試験の後、一緒に点数を見ることにしていた。


「蓮。蓮は点数は出なくてもいい演奏してるよ。人の心に寄り添う演奏、っていうの」俺は本心から、蓮に言った。


「ふふふ。俺施設とかで弾くの好きやしな。人の心にふれる演奏はいつも心がけてるわ」


「うんうん。そのままいけよ!」


「ありがとー」




「陽翔くん。来てくれてありがとうね」


蓮のお母さんに会うのは本当に久しぶりで、

歳を重ねても尚、美人に変わりはなかった。泣きはらした目元が、痛ましい……


「蓮とは、大学で世話になって……」


「うんうん、お話聞いてたよ」


「そうですか……」


「あんな、遺書あるねん。あの子、ほんま優しい子やった……何通もいろんな人に遺書を残して……」


「そうですか。拝読させていただきます」


俺はその場で、遺書の封を開けた。






陽翔へ



こんなことになって、ごめん。




もし、俺のしたことを許してくれるなら




妹の結月のこと、頼む。








俺は思わず、え?

という顔になってしまった。


妹の結月ちゃんのことは、

少しだけ聞いたことがある。


軽度の知的障害のある妹で、知能が小学生で止まっているとか……



「読んでくれて、おおきに」と、蓮のお母さんは言った。




「あ、あの、何か手伝えることありますか?」


「ううん、大丈夫」


「そうですか」



葬儀の後、大人たちが

これからのことを話している。


そこにぽつん、と

無表情で座っている女の子がいた。


ふわふわの髪に華奢な体躯の少女。

14歳くらいだろうか。


ファーのカバーをしたスマホを握りしめている。ラブラブラビットというキャラクターだ。


俺は見ていられなくなって話しかけた。




「こんにちは」俺は言った。


「……」その女の子は返事をしなかった。ぽかーんとした様子で、こっちをじっと見ている。こうして近くで見ると、容姿よりも幼い表情をしている。


この子が、結月ちゃんだ。



「こんちわピョン!」

俺は、おしぼりでうさぎを作って、人形のようにして喋らせた。


すると、女の子はびっくりして、そして天使のような笑顔になった。


「僕ピョンすけ!名前はピョン?」


「うち、ゆづき」


「よかった、やっぱり結月ちゃんだ!俺はお兄ちゃんのお友達、陽翔だよ!」


「?」


「いっしょに遊ぼう!」


「うんっ」


「あら、陽翔くん、結月の相手してくれるの?かんにんねぇ」 


蓮のお母さんは俺にそう言って、

親戚との会議を続けた。




行儀が悪いが、その内容が聞こえてしまう。


「どうしよか……蓮が結月を毎日作業所まで送り迎えしてくれてたけど、私は遅くまで仕事あるし……」


「おれは遠いしなぁ」


「あたしも遠いわよ。離れられないわ」


と、親戚のおじさんらしき人も、叔母さんらしき人も困った様子だ。



蓮の家は母子家庭だったはず。お父さんとはもう離婚してるし、大変だな……



「あの、俺行きましょうか?」俺は言った。


「でも……」とお母さん。


「大丈夫です。今はほとんど

授業ないですし」


「……そう?」お母さんは言った。


「結月ちゃん」俺は少女の名前を呼んだ。


「ちゃん、は、いらない」


「そっか、結月。これから陽翔が迎えに行くからね」俺は言った。


「うんっ」




優しい雨の続く中、

俺と結月との物語が、静かに動き出した。



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