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とある交差点で

作者: 牛尾 仁成

 むせ返るほど鮨詰めになった人々が死んだ魚の様な目をして行き交っている。


 よくぞ他人にぶつからないものだと、いつものようにつまらない感想が浮かぶ。


 人々には向かうべき目的地がある。


 人々にとって、ここは目的地に向かうための通過点でしかない。


 だから人々にとって、ここを通過することは手順の一つ以上の意味は無い。登校するため、出社するため、スーパーに行くため、役所に行くため、帰宅するため。目的地に向かうために都合の良い場所だから、人々は蟻のように無数にこの場所に集い、離れていく。


 様々な目的や都合を抱えた人間たちが、目の前を横切り、向い、追い越して行った。


 ここを行き交う人々の目には、一体何が写っているのだろうか。


 少なくとも自分の隣の人間にはさして注意は向いていないだろう。大体の人間はうすぼんやりとした視線で、目の前を歩く人間の背中から足元に視線が固定されているようだ。スマホを操作しながら歩く者や、会話している知人の顔などに視線を注ぐ者もいる。


 詰まるところ、人々にとってここを行き交う人々は自分と自分の連れ添いの人以外はどうでもよいのだ。


 その場にいるどんな生物よりも数が多く、様々な動きをしているにも関わらず、特段の注意などはしない。せいぜいがぶつからないように周囲の人間の動きを経験則から来る予測で避ける程度だ。


 すれ違う他人が今、どんな目的を持って歩いているのか、など考えもしない。すれ違う他人が今、どんな理由から目的地へ向かっているのか考えもしない。


 そういうものだ。


 きっとこの人たちはいつもここを歩いていた人間が、ある日突然いなくなっても、誰も気にしないだろう。

 

 何故ならいなくなったからと言って、自分たちの目的には何ら影響が無いからだ。この人たちにとって自分と関係する人間だけが人で、他は人の形をしただけの「何か」に過ぎないのだから。


 だが、来る日も来る日も――


 昼も夜も、風も雨も、雷も雹も、暑さも寒さも無視してこの場所を見続けた者だけには、分かることがある。


 名前も住所も知らないが、この場所に来る人間を識別できるようになるのだ。どんな身なりで、いつ頃にこの方面からやって来て、どの方面にいつ頃去るのか。そこまで分かれば、あと少しだ。


 無数の蟻の中からたった一匹の目的の蟻を見つけ出すのに、ずいぶん時間がかかってしまった。これでようやく私の目的は果たされる。



「――すみません、ちょっとよろしいですか?」


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